Research Results 研究成果

アーキアのDNA複製酵素が効率よく機能変換して作用する機構の解明

〜アーキアのDNA複製機構の解明に期待〜 2020.11.09
研究成果Life & HealthPhysics & Chemistry

 DNA複製は生命の維持にとって必須の現象であり、多くのタンパク質が複合体を形成して機能的に働くことによって、迅速、正確に遺伝情報を複製しています。アーキア(古細菌)*1はバクテリア、真核生物*2とともに、地球上の生物の3ドメイン*3の一つを形成しており、特に超高温、低温、高塩濃度、強酸性など、極限環境下で生息する微生物として知られてきましたが、通常環境下にも存在して、地球の環境変動にも関係していることも分かってきています。また我々真核生物の直接の祖先という説もあり、生物としての興味がもたれています。更にアーキアの酵素は広く医学、生命科学での応用が進んでおり、例えばDNA複製酵素ポルBはPCR検査等においてキーとなる重要な酵素として有名です。
 九州大学生体防御医学研究所の真柳浩太助教は、同大学大学院農学研究院の石野良純教授、長浜バイオ大学の白井剛教授らとの共同研究により、アーキアが、どのようにして遺伝情報を担うDNAを複製するのかを解明するため、その必須酵素であるDNAポリメラーゼDが補助因子とともにDNA上で複合体を形成した状態を最先端のクライオ電子顕微鏡*4技術を用いて解析して、その立体構造を明らかにしました(図1)。
 石野教授らの研究グループは、超好熱性アーキアを用いて、他の生物ドメインには存在しないアーキア特有のDNA複製酵素を発見し、DNAポリメラーゼD(ポルD)と名付けて研究してきました。今回の研究でポルDを構成する二つのタンパク質DP1、DP2が補助因子であるPCNA*5とともにDNA上で作用する様子を解析し、ポルDがDNA鎖を合成する時と、合成を間違えた際に校正する時の2種類の立体構造を明らかにしました。その結果、PCNA上にホック機能を有する部位が3箇所存在し、ポルDがそれぞれのホックとの結合を切り換えることでDNA鎖合成モード、校正モードが安定に保持される複製装置モデルを提唱しました(図2)。本研究成果により、第3の生物アーキアのDNA複製機構を理解するとともに、バクテリア、真核生物との比較による「DNA複製装置の進化の研究」が加速され、今後の発展が注目されます。

 本研究成果は、国際生物学研究誌「BMC Biology」誌のオンライン版で2020年10月28日(米国時間)に掲載されました。

研究者からひとこと
近年発展著しいクライオ電子顕微鏡を用いてポルDのDNA複製過程の2状態を直接「見る」ことで、複製装置の制御機構を理解することができました。 正に「百聞は一見に如かず」で、この手法のパワーに改めて驚かされました。
 

【用語解説】
*1 アーキア(古細菌)
細菌と似た形態をもつが、系統的に全く異なる生物であり、1つのドメインを形成する。超高温、高塩濃度、強酸、強アルカリ等の極限環境によく生息している。アーキアのDNA複製のシステムは細菌よりも真核生物に近いことが分かってきている。 
*2 真核生物
我々ヒトを含む、細胞中に細胞核を有する生物の属するドメイン
*3 ドメイン
生物の分類において最上位の分類。3つのドメイン、細菌ドメイン、アーキアドメイン、真核生物ドメインからなる
*4 クライオ電子顕微鏡法
溶液中の生物試料を急速凍結することでガラス状の薄い氷に閉じ込め、液体窒素温度の極低温下で溶液中での機能構造をそのまま電子顕微鏡で観察する技術。近年、高速高感度のカメラとデータ解析ソフトウエアの開発により、分解能が驚異的に向上した。2017年のノーベル化学賞はこの技術を開発したJacques Dubochet, Joachim Frank, Richard Hendersonに与えられた。
*5 PCNA
(Proliferating Cell Nuclear Antigen)DNAポリメラーゼを活性化する補助因子として見つかる。分子3つでリングを形成しDNAをクランプすることからDNAクランプとも呼ばれる。
DNAポリメラーゼはDNAをクランプしたPCNAに結合することでDNAから外れることなく効率よくDNA伸長反応を行える。これまでの研究から、PCNAにはDNAポリメラーゼ以外にも、DNAの複製や修復、組み換えなどに関与する数多くの蛋白質が結合することがわかっている。

【研究助成】
本研究は、JSTさきがけ(JPMJPR12L9)、日本学術振興会 科学研究費(JP18K06089、JP16H01410、JP17H01818、JP26242075、JP18K05442)AMED-BINDS(JP19am01010690673、JP19am01010720231)、九州大学生体防御医学研究所共同利用・共同研究拠点「多階層生体防御システム研究拠点」の支援を受けて行われました。

 

論文情報

タイトル:
著者名:
Kouta Mayanagi, Keisuke Oki, Naoyuki Miyazaki, Sonoko Ishino, Takeshi Yamagami, Kosuke Morikawa, Kenji Iwasaki, Daisuke Kohda, Tsuyoshi Shirai, Yoshizumi Ishino
掲載誌:
BMC Biology
DOI:
https://doi.org/10.1186/s12915-020-00889-y