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昆虫ゲノム科学は、人体を、世界を救う― カイコの可能性が新産業を生み出す!“昆虫ゲノム科学は、人体を、世界を救う― カイコの可能性が新産業を生み出す! 日下部 宜宏

九州大学大学院農学研究院資源生物科学部門 昆虫ゲノム科学研究室 教授

日下部 宜宏

アジアでもトップクラス、100年の歴史を持つ九州大学昆虫ゲノム科学部門。その中心となる蚕学研究の重鎮。人々の生命に有用な蚕の遺伝子組み換えタンパク質を生産、常に複数のプロジェクトに並行して挑み続けるTHE“カイコ博士”。

アジアでもトップクラス、100年の歴史を持つ九州大学昆虫ゲノム科学部門。その中心となる蚕学研究の重鎮。人々の生命に有用な蚕の遺伝子組み換えタンパク質を生産、常に複数のプロジェクトに並行して挑み続けるTHE“カイコ博士”。

プロフィール

生まれも育ちも福岡市。虫取り、魚釣りに明け暮れた少年時代を経て、九州大学農学部へ入学。遺伝子工学に興味を持ち、蚕学を専攻。当時の先生の勧めで九州大学に籍を置いたまま、佐賀医科大学へ“国内留学”、1990年修士課程修了。同年、明治乳業株式会社に就職、ヘルスサイエンス研究所研究員として麹カビの研究を行う。1993年同社退社後2年間、佐賀医科大学医学部生化学講座の助教を務めながら、1994年、博士(農学)学位取得(九州大学)。その後、再度先生の勧めで1995年〜1997年、米国ハーバード大学医学部で博士研究員として、DNA複製における研究に従事。研究の場を転々と渡り歩き、かつての学び舎へ戻ったのは1997年。原点である蚕学講座助手に就任し、2011年から現職。『農学研究院附属昆虫科学・新産業創生研究センター』設置に携わり、蚕を使用した昆虫工場を工学部と連携して事業化、2018年4月、九大発「昆虫」ベンチャー1号『KAICO株式会社』を設立。九大で脈々と受け継がれてきた蚕学を率い、次世代へ繋ぐトップリーダーである。

何を研究してるの?

明瞭かつハキハキとした言葉で話す日下部先生。九大発「昆虫」ベンチャー「KAICO 株式会社」の誕生もあり、メディアからの注目が集まる。

研究室には、九州大学蚕学教室初代教授の田中義麿博士の銅像が佇む。静かに後継の研究を見守る。

研究室メンバーとともに、蚕から抽出したタンパク質のデータを、比較、検証、実験、の日々。地道な作業が続くが「実験結果が予想通りだと嬉しいし、乖離していても理由が知りたくてワクワクする!」

明瞭かつハキハキとした言葉で話す日下部先生。九大発「昆虫」ベンチャー「KAICO 株式会社」の誕生もあり、メディアからの注目が集まる。

一言でいうと、蚕のバイオリソース(生物遺伝資源)によるタンパク質の効率的な生産について研究しています。様々な生物から人の役に立つタンパク質を取り出し、蚕に感染するウイルスにその遺伝子を組み込み、さらに組換えウイルスを蚕に感染させることで組換えタンパク質を生産しています。

研究室には、九州大学蚕学教室初代教授の田中義麿博士の銅像が佇む。静かに後継の研究を見守る。

2017年、7年越しでワクチンなどの原料となるタンパク質を大量に作ることのできる蚕を探し出しました。通常、感染症などの予防に使用するいわゆる“生ワクチン”は、弱毒性ウイルスを増殖して作ったもので、鶏の受精卵や動物の細胞に感染させて増やしていきます。しかし外国の特許のものがほとんどで、作るのに時間がかかるというデメリットもあり、副作用を考慮してもリスクがゼロというわけではありません。対して、遺伝子組み換えワクチンは国内ですぐに作れて安全、コストもかからないというメリットがあります。しかし既に現行ワクチンがあり、遺伝子組み換えによるワクチンを作るシステムがまだできていないことから、国内のワクチン開発市場が小さいのが現状です。

研究室メンバーとともに、蚕から抽出したタンパク質のデータを、比較、検証、実験、の日々。地道な作業が続くが「実験結果が予想通りだと嬉しいし、乖離していても理由が知りたくてワクワクする!」

しかし、未知のウイルスが日本へ入ってきたら…?従来の弱毒性ウイルスの作り方だと約10カ月はかかってしまい、パンデミックが起きた時には間に合いません。しかし蚕を大量に使った、“昆虫工場”を稼働させれば、遺伝子組み換えワクチンがすぐにできるという大きな可能性を持っています。ヒトについてのワクチン生産は現在実験室レベルですが、いずれ国が感染症から国民を守れるようなシステムづくりに、蚕の昆虫工場は一番有力な選択肢の一つだということを訴えていきたいと思っています。
その手始めとして2018年4月、農学部・工学部連携で研究を事業化するまでにいたりました。それが『KAICO株式会社』です。事業展開としては、「試薬」、「診断薬」、「ワクチン」の3本柱で行っています。現代の医療分野におけるニーズに、開発的立場から応えることができるという点で可能性は広がる一方ですが、すぐに答えが出るものではありません。しかしそんな地道な研究や開発がいずれは、人体に有用なワクチン生産等に影響するモノとなり、国レベルで国民を新たな感染症から守ることができる、そう確信しています。

研究科目の「魅力」はココ!研究科目の「魅力」はココ!

ゼロからイチをつくる、発見の喜び!アジアトップの環境で新産業の礎を築く。ゼロからイチをつくる、発見の喜び!アジアトップの環境で新産業の礎を築く。

九州大学は創立当初から遺伝学の材料としての蚕に力を入れていて、昭和初期から数十年にわたる、純系の九大オリジナルカイコを管理、約480系統のカイコバイオリソースを近交系系統として維持しています。またいつでも昔の系統が復活できる凍結保存技術も持っていて、蚕学の研究においてはアジアトップクラスの環境といってもいいでしょう。

大学での研究はコツコツとした地道なものですが、その研究が未来へ繋がっていることを肌で感じるのも大きな魅力です。現在、私がセンター長を務める『農学研究院附属昆虫科学・新産業創生研究センター』では、分類学のトップを走る昆虫科学研究者の先生たちとともに、リソースと統合ビッグデータを共有してグローバルな昆虫科学研究のプラットフォームを作り、昆虫新産業の創生へとビジョンを持って運営しています。大学での日々の研究が、外部との連携によって大きく可能性が広がっていくプロセスを作っていくのは、とてもやりがいがありますね。

今はいろんな立場から蚕学に関わっていますが、基本は一研究者。研究者としての魅力は、やはり、世界で誰も知らなかったことを、最初に知れるという点です。自分の好奇心が発見となり、いずれは世界に影響を及ぼすモノとなる。ゼロからイチをつくる、発見することは、どんなに時間がかかってもやめられない面白さですね。

DAILY SCHEDULEDAILY SCHEDULE


OFFの1コマ

昔はよく釣りに行っていたという日下部先生。今は忙しくてなかなか休みがとれない上、「道具を揃えて持っていくのが面倒になってきてしまって(笑)」ともっぱら釣りをしている人を眺める“釣りびと鑑賞”を楽しんでいるとか。愛車を海の中道や奈多海岸まで走らせ、大好きな海を眺めてリフレッシュ!

昔はよく釣りに行っていたという日下部先生。今は忙しくてなかなか休みがとれない上、「道具を揃えて持っていくのが面倒になってきてしまって(笑)」ともっぱら釣りをしている人を眺める“釣りびと鑑賞”を楽しんでいるとか。愛車を海の中道や奈多海岸まで走らせ、大好きな海を眺めてリフレッシュ!

先生の必須アイテムはコレ!

①注射針

蚕に注射し、遺伝子を抽出する注射針。サイズは小さいが結構重い。

②ピペットマン

研究には必須で、トップ部分のダイヤルを調節して定量が量れるようになっている長めのスポイト。「もう30年以上同じ形のモノを使っていますね」。

③キュベット

内部に大腸菌と遺伝子を入れて約1500ボルトの電圧をかけることで、遺伝子導入を行う実験用器具の一つ。

学生へのメッセージ

面白いことは自分で見つけようと思わないと見つからない。
一歩踏み出す!そこからが始まり。

将来何かになりたいと思っていたら、専攻学部はすぐに決まるでしょう。それに対して農学部は何でもできますし、研究対象は選び放題、将来もいろんな職が広がります。だから今、コレといってやりたいことが決まっていない人には可能性がある学部でもあるんです。

しかし、やりたいことを見つけるにはパワーが要ります。今の生活をずるずると引きずりながら見つけたことは、きっと研究や職業につながるようなモノにはなりません。本気で面白い、やりたいと思うモノに出会うためには、自分で見つけようと思わないと見つからないですよ。それが何かがわからなくても、少しでも「面白そうだな」と思ったら、とにかくやってみる。一歩踏み出すことが始まりで、そこから広がりがあるんです。

学生のうちは時間があるので、やりたいことを探すことができますが、探すこと自体がメインになってはダメ。やりたいことを見つけて、その後に行動することが本当のメインです。研究が続くのは面白いか、面白くないか、です。先生や人から言われたことをただやっても面白くはありません。自分でやりたいことを見つけ、計画を立て、予測を立てて、その予測を証明するためにどういう研究、実験をすればいいのかを自分で考える。それこそが研究の醍醐味。だから学生さんには入学前の今からでも常に自分で考えて、毎日本気で行動する、ということを意識してほしいですね。「アッ」と思ったままにせず、すぐに行動すること。やってみないと…何もわかりませんから。

取材日(2018.6)

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