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炭素は地球を救う!50年、100年―未来までつなぐ低エネルギー消費社会へ炭素は地球を救う!50年、100年―未来までつなぐ低エネルギー消費社会へ 先導物質化学研究所 先端素子材料部門 教授 尹 聖昊

先導物質化学研究所 先端素子材料部門 教授

尹 聖昊

太古から存在する石炭などの化石燃料から生まれる廃棄物を、循環型の炭素資源として生まれ変わらせて利用し、低エネルギー消費社会実現に邁進する炭素資源利用学の大立者。平成28年度文部科学大臣賞表彰(科学技術振興部門)受賞、化石資源エネルギー利用の未来を担う、まさに世界のトップ・リーダー。

太古から存在する石炭などの化石燃料から生まれる廃棄物を、循環型の炭素資源として生まれ変わらせて利用し、低エネルギー消費社会実現に邁進する炭素資源利用学の大立者。平成28年度文部科学大臣賞表彰(科学技術振興部門)受賞、化石資源エネルギー利用の未来を担う、まさに世界のトップ・リーダー。

プロフィール

韓国・釜山市出身。時代は民主化の真っ只中、ソウル大学1年次在学中は勉強よりも学生運動に夢中になり、大学新聞部の記者としての活動の方が盛んだったとのこと。2年次の中盤から進路を考え、家族のために安定した就職への道を考えたが、父の勧めで卒業後進学を決意。高分子を研究し、1986年修士課程修了。学生結婚を経て、特別制度にて半年で兵役を除隊後、1988年、韓国最大の鉄鋼メーカー「POSCO」に入社。優秀さが認められ会長から直接「ピッチ系炭素素材の開発」を依頼され、生涯の研究テーマに出合う。より良い研究環境を求め、1991年九州大学総合理工学大学院へ私費留学、持田勲教授の下で学び1994年博士(工学)学位取得。卒業後、先導物質化学研究所にて助手を務める。1995年、韓国大手「ハンファ石油化学」に入社するが、1997年韓国で起きた経済危機で研究環境が縮小され、渡米。Northeastern大学で1年間の研究生活を経て帰国するも、やはり恩師の下、最先端の環境で研究を続けたい、と再来日を決意。2001年九州大学先導物質化学研究所准教授に就任、2008年から現職。

何を研究してるの?

じっくりと丁寧に答えてくれた尹先生。ゆったりとした風貌ながら、研究のために縁もゆかりもない日本、ボストンに留学するという、抜群の行動力・勇気も兼ね備えている。

日中韓で開催されているシンポジウム『Carbon Saves the Earth(CSE)』。学生にも参加させ、国を超えて情報交換する場を大事にしている。

筑紫キャンパスE棟の2階にある「炭素センター展示室」。コークスや石炭などの実物や説明パネルなどが展示されている。写真は石炭原炭(太平洋炭)の写真(詳細はこちら)

石炭からとれる炭素(カーボン)は太古から日常で使われてきました。身近なものに鉛筆や墨、インクなどがありますよね。炭素は研究が続けられ、産業界をはじめさまざまな分野で製品化し、使われるようになりました。例えば石油や石炭から副生成物として出る重質油やコールタールなどを原料に、高温で炭素化して調製するピッチ系炭素繊維は軽くて強いので、軽量化を求めるポータブル機器や建物、橋などの補強のために必ず使われています。また、その用途は幅広く、電気自動車やロボットのアーム等のスマート機械にも応用されつつあります。

このように石炭など化石燃料から生まれた炭素材は、先端産業における技術的な選択肢として多大な役割を担っていますが、18世紀のイギリスで起きた産業革命以降、膨大な量の化石資源がエネルギー源として使われ、環境汚染などの主要因の一つにもなっています。

石炭から製造されるコークスが製鉄には不可欠なことはご存知でしょうか?しかし、鉄を造るためには1600℃以上という高温への加熱が必要で、鉄鉱石(酸化鉄)が鉄へと還元される際にコークスはCO2に変換されて消費され、多くのCO2を生み出す原因となっています。また、20世紀末頃まで、莫大な量の化石燃料からエネルギーを創出することで、先進国を中心に経済発展してきました。近年の中国、インドおよび東南アジアなどの発展途上国の急速な経済発展もまた、石炭などの化石燃料の低効率・過剰な消費に支えられており、その傾向は2050年以降も増加の一途を辿ると予想されています。

化石燃料は、安価で生活に必須なエネルギーや工業原料を有効に得る貴重な資源ですが、その埋蔵量には限りがあり、今世紀末には枯渇されることも予測されます。そのため、化石燃料の安定的な確保と効率的な利用は今後の継続的な発展のために極めて重要であり、国を挙げた政策が必要です。

私はこの課題に対し、化石燃料の高効率利用と高性能材料開発によって貢献することを目標とし、省エネルギー・環境保全関連産業において用いられる機能性炭素材の創製とその応用の研究を主に行っています。主な研究テーマとして、(1)工業的に利用可能な機能性炭素材の開発と物性改善(炭素繊維、活性炭および人造黒鉛など)、(2)石炭および石油のエネルギー源としての高効率利用(石炭ガス化および石油改質など)、(3)新規環境改善材を用いた大気汚染低減(キャパシタ、吸着式ヒートポンプ、脱NOx(窒素酸化物)、脱SOx(硫黄酸化物)および脱VOC(揮発性有機化合物)など)、および(4)このような炭素材の学術基盤としての人造炭素材の生成機構とその基本構造の探索、があります。これらに加え、九州大学では水素利用を中心とした未来エネルギーの研究が最先端の研究環境の下で行われていますので、最も安値な水素製造手法として、石炭ガス化による水素製造についても研究提案をしていく予定です。

これまで、日本の炭素産業は学問、技術共に世界を先導・主導してきました。しかし最近は中国や韓国等の急速な技術発展とマーケット拡大によってその先導的地位の維持が脅かされています。このような現状を踏まえ、私は近年開発されてきたナノ炭素の新規機能性を伝統の機能性炭素材の製造技術に上手く融合させることで、既存の炭素材の大幅な物性改善や低価格化によるマーケットの拡大を追求しています。このように、化石資源利用の高効率化と環境保全炭素材開発に係る研究を続けることで、日本の炭素産業の先導的地位を維持したいと思っています。

石炭・石油などの化石資源は神様から与えられた至高のプレゼントです。この資源の高効率利用によるゼロエミッション社会の実現は、我々の自覚と努力によって実現可能な現実的な目標だと信じています。私はその目標の早期実現を目指し、日々努力して行きたいと思っています。

研究科目の「魅力」はココ!研究科目の「魅力」はココ!

古くて新しい、奥が深い素材が“炭”高難度の技術で世界の問題を解決できる!古くて新しい、奥が深い素材が“炭”高難度の技術で世界の問題を解決できる!

炭素(カーボン)については最先端の研究が世界的に主流でした。日本で初めて発見されたカーボンナノチューブなど、最近はナノテクノロジーにばかり目が向けられていたのです。しかし最先端の研究は比較的楽に製造できるもの。対して太古からある石炭、つまり燃やすと廃棄物になるという素材の“炭”そのものについては存在が当たり前すぎて、なかなか研究対象にならなかったのです。しかし私はそこにこそ目をつけるべきだと思い、この30年間研究を行ってきました。

炭素研究は「人間の役に立つよい研究」だと確信していますし、使命感も感じています。最近、中国が実用可能な伝統炭素材の研究を圧倒的な勢いで進め、今や日本を追い越そうとしています。これは、彼らが炭素材の工業材料と環境解決材としての重要性を深く認識し、その技術的進化を強力に進めようと考えているためでしょう。炭素に限らず研究は実用化されるまでが大変ですが、今後も先導的地位を維持しながら、健全な競争相手として手を取り合っていきたいと思っています。

太古からの贈り物である石炭や石油から製造される炭素材は、産業の発達によっていつも新規な機能性や性能を持つ姿に生まれ変わっていく…炭素の魅力は“古くて新しいこと”。今後も私たちの努力によって、創製される炭素材が日本の最先端製造業を牽引して行けると信じています。それこそが炭素研究の魅力ですし、面白さですね。

九大での学びについてひとこと!九大での学びについてひとこと!

「自由な思考と相互協力的な人間関係」によって学ぶ環境づくりが重要だと信じています。私の研究室では半数が留学生で、卒業後は母国の大学、産業界、政界で活躍する生徒も多数います。今、アジアの優秀な若者はアメリカ留学に目を向ける人が多いですが、日本にはアメリカに勝てる学問分野が多くあることをPRすべきだと思います。しかし日本人は日本の長所や短所をあまり知らないんですね。より多くの留学生や海外大学との交流やプロジェクトに参加することで日本の強みを再認識し、よりハイレベルな人間に成長できると思っています。その優れた環境が九大には備わりつつあると思います。

DAILY SCHEDULEDAILY SCHEDULE


OFFの1コマ

福岡猟友会に属する安田先生。有害鳥獣捕獲の依頼があれば福岡市内の山へチームで出向くそう。また「お肉100%、米80%、野菜30%」の自給率を誇る安田家。畑の手入れもオフの時間に。「いつか釣りも極めて食糧自給率を上げたいですねぇ」という先生の理想のオフは、“ファミリー狩猟キャンプ”。現在は子どもたちが小さいのでピクニックで自然に触れる程度だが、「子どもたちと一緒に大自然の中、鹿を獲りに行きたい!」と夢見ているそう。

福岡猟友会に属する安田先生。有害鳥獣捕獲の依頼があれば福岡市内の山へチームで出向くそう。また「お肉100%、米80%、野菜30%」の自給率を誇る安田家。畑の手入れもオフの時間に。「いつか釣りも極めて食糧自給率を上げたいですねぇ」という先生の理想のオフは、“ファミリー狩猟キャンプ”。現在は子どもたちが小さいのでピクニックで自然に触れる程度だが、「子どもたちと一緒に大自然の中、鹿を獲りに行きたい!」と夢見ているそう。

先生の必須アイテムはコレ!

チャッカマン

ピッチ(石油や石炭、重油、コールタールなどの副生成物)に熱を加え炭素化した繊維“ピッチ系炭素繊維”をつくるのに、必要不可欠なのは“火”!

鉄のスパチュラ

スプーンとスパチュラが1本になったもの。石炭から生成された燃料“コークス”を乗せ、チャッカマンで熱を加えて溶ける状態を観察。コークスをつぶしサイズを測る時も使う。

ホワイトボード&赤青マーカー

日々、加熱する温度やコークスの量を変えて実験。毎回結果が違うので、そのプロセスの複雑さをホワイトボードで学生に常に説明している。

学生へのメッセージ

人間のために役立つ研究を!
どんな小さな疑問でも追求していこう。

「神様に見られても良い、という研究をしなさい」。私がよく学生に言う言葉です。もともと世の中は混乱の状態(無)から、秩序の状態(有)になり、その過程を神様の創造といいます。科学はその神様の秩序を人間が発見し、常識化することだと思っています。研究をしていると時々、まだ神様が許してない領域があることを感じる時があります。これは科学の世界ではよくあることです。しかし私たちの研究室では、神様が許す限り人間に役立つモノを開発し商品化を目指したいと思っています。すべての研究は「何故?」から始まります。この疑問こそが最も重要で、人間が抗いがたい好奇心という本能です。疑問という混乱や無秩序の状態は神様が私たちに与えたギフト。どんなに小さな疑問でも真剣に考え、必ず自分の手で確認することが大事です。さらに、どんなことにも感謝の心を忘れず、チャレンジしていくことが大事です。研究は人間がよりよく生きていくためのクリエーションなのですから。

取材日(2018.10)

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