最先端に取り組むファーストランナーは孤独です。
その孤独に耐えられる強さを持ってほしいと思います。

技術の進歩で人類が宇宙で生活する日も夢ではなくなっています。
今回は宇宙天気の専門家であり、
平成14年に設立された九州大学(※)宙空環境研究センターでセンター長を務める湯元清文教授の登場です。
果たして宇宙天気とは何なのでしょうか。
素朴な語り口の中にも強い信念を感じさせる湯元先生に、その研究にかける思いをうかがいました。

(※)宙空:
太陽から地表までは、太陽風に支配された太陽圏、地球磁場と電磁プラズマに満たさ れた電磁圏、大気におおわれた大気圏の3圏から構成されている。宙空とは一般的に地 表から大気圏、電磁圏までの領域を指す。

理科好きな子ども時代

宇宙や地球に対して興味を持たれたのは、いつ頃からだったのでしょうか。

幼稚園の時にIGY=国際地球観測年というのがあったんです。南極観測船の 宗谷や、南極で生き延びた犬のタロー・ジローが話題になった頃でした。また私 は鹿児島県の薩摩半島の生まれなのですが、湾をはさんで対岸の大隅半島の内之 浦には、宇宙科学研究所のロケット打ち上げ施設がありました。小学校二〜三年 の頃は、飛んで行くロケットの軌跡をよく眺めたものです。宇宙や極域に対する 興味は、幼い頃からインプットされていたのでしょうね。理科が大好きだったこ ともあり、大学では物理を専攻しました。

そうして研究活動に入られたのですね。

実は一度、本田技研に就職したんです。研究所にいたのですが、ちょうどオイル ショックになり、エネルギー節約のために昼休みには電気を消したりしていまし た。研究するには厳しい時代でしたね。それで「そんなにエネルギーに困ってい るなら、エネルギーに関することを一生の仕事にしよう」と考えたわけです。永 遠のエネルギーといえば、太陽です。核融合に関する研究所があった名古屋大学 に入り直そうと大学院を受験したのですが見事失敗。何しろ太陽については何も 知らなくて、「太陽の核融合反応を描け」といった口答試問にも答えられない。そ こで地球物理の大学院がある東北大学に入ったのですが、当時ここの先生が地球 の磁場を研究されていたんです。以来三十年、太陽と地球の磁場を研究し続けて います。

宇宙や地球を研究する面白さはどこにあるのでしょう。

自然の力を解明していく面白さですね。自然というのは神様と同じです。自然に は分からないこと、人の力の及ばないことがたくさんあります。その分からない 部分を明らかにしていきたいというのが私の気持ちです。私は田舎育ちなので、 自然が身近にあったことも大きいかもしれません。

宇宙研究の原点になった故郷、
鹿児島内之浦ロケット発射場の前で
今後必要になる宇宙天気

ご専門の宇宙天気について少し教えていただけますか。

宇宙天気は通常の天気予報より五十年遅れていると言われています。というの も、人間が宇宙活動を始めたのはごく最近のことで、その宇宙活動を安全に行う ために発達してきた分野だからです。切羽詰まって発達したと言った方が正しい かもしれません。

宇宙天気の予報では三つの要素を明らかにする必要があります。ひとつは宇宙 放射線。太陽の爆発などによって発生する放射線エネルギーは人体や人工衛星に 大きな影響を与えます。二つめは宇宙デブリ。デブリとはゴミのことです。これ は人類の負の遺産なのですが、ロケットや人工衛星の残骸が何百万個と宙空(地 球周辺の宇宙空間)を浮遊しています。しかも、そのスピードは秒速七キロに及 び、ピストルの弾丸と同じ速さです。三つめは電磁プラズマ。宙空はプラズマ (荷電粒子)に満たされており、磁気嵐やオーロラ嵐のときに放電が起こって人体 や機械に電気が流れたら非常に危険です。この三つの観点から、宙空が現在どうい う環境にあるかを明らかにします。

つまり宇宙での活動を安全に行うための予報ということですか?

そうですね。宇宙活動を安全に行うための環境整備を支援する、と言えるでし ょう。例えば、飛行機が気流の悪いところを通る時は「シートベルトをお締めく ださい」とアナウンスが流れるでしょう。二十〜三十年後、私たちが宇宙旅行をす るようになったら、宇宙天気の予報を聞いて「ただいま太陽の爆発がありました ので鉛のパンツをおはきください」といったアナウンスが流れるようになるかもし れません。あるいは「もう少し鉄板の厚い部屋に移動してください」とか。

それは面白いですね。宇宙天気という学問はこれまでもあったのですか。

宇宙天気にはいろいろな要素がありますが、これまでは各分野がバラバラで研究 していました。天文の人は太陽だけ、宇宙の人は宇宙だけ、オーロラの人はオーロラ だけ、地上の人は地上のことだけ。でも宇宙天気は太陽、惑星間空間、宙空、地上の 四つを結びつけて考えなければなりません。全体のシステムを理解するためには、 異なったさまざまな領域をひとつのシステムの中で考える必要があるのです。これを 複合系の物理学と呼んでいますが、宇宙天気はまさしく複合系物理学です。こうした 考え方を以前から唱えていた私などは、今まで保守的な人からは無視されてきまし た。ごく最近、本当にここ二〜三年で急速に発達した学問です。

恩師東北大学加藤愛雄先生
(喜寿祝賀会で)
東北大学の恩師との出会い

先生が以前からマクロな視点を持っていらしたのは何か理由があるのでしょうか。

性格が大らかだからですよ。東北大学時代は細かいことでよく怒られました。 論文の誤字脱字とかね。一〇〇%の完全なものを目指すと大変なエネルギーがい ります。けれども八〇〜九〇%の出来でも、不思議なもので人の評価はほとんど 変わらないのです。それならば細かいことにエネルギーを費やすより、もっと大 局を考えようと思いました。

そんな湯元先生にとっての恩師は?

もうお亡くなりになられましたが、日本の磁場観測のパイオニアでもある東北 大学の加藤愛雄先生です。私の直接の指導教官は厳しい先生でしたが、加藤先生 にとって私は孫のようなものだったのでしょうね。まるでおじいさんのような存 在で、とても可愛がられました。また加藤先生からは、自然に対して何が一番大 切かを教えてもらいました。

それは何でしょうか?

自然に対する素直さです。自然というのは不思議なもので、信念を持って対す れば必ず応えてくれます。一九八九年に日本で初めて本格的な低緯度オーロラ観 測を北海道で行いました。低緯度オーロラは、太陽活動度の十一年周期の極大期 あたりで年数回観測されます。いつでも観られるとは限らないのです。でも北海 道に入ったその日にオーロラが発生したのです。素直な気持ちで向かえば自然は 必ず応えてくれます。反対に素直でなければ受け入れてくれないのです。

観測活動は国際交流

世界各地に観測ネットワークがあると聞いていますが。

環太平洋地域を中心に世界五十四カ所に磁力計を設置して観測しています。一 九九〇年から十年かけてつくったネットワークで、最終的には三百カ所ぐらいの 観測地点を設けたいと思っています。これは「地球を手のひらで観たい」という 私の希望があり、そのためには地球規模で観測しないといけないからです。最近 はITの発達で十年前に比べると非常にやりやすくなりましたね。

先生自らが現地に出向いて設置するとか。

はい、これは現地の人と仲良くならないとできない仕事です。まず電気やイン ターネットといったファシリティの問題があり、次に設営後の盗難といったセキ ュリティの問題があります。現地の人に維持してもらう必要があるので何より人 間関係が大切です。だから最初は酒を飲んで仲良くなることから始めます。私の キャラクターのせいか、酒とカラオケですぐに仲良くなれますよ。設営後も毎年 ウイスキーを持って訪ねて行きます。これはお金を置いて行くだけのアメリカ人 にはできない仕事だと思っています。私はこの活動から国際交流を学んでいる感 じです。

これはセンター長を務めておられる九州大学宙空環境研究センターの活動でもありますね。

手のひらで地球を観たいという希望を実現するには、どうしても大きな組織や ネットワークが必要になります。地球規模の観測はひとりではやれませんから。 そのためのセンターとして、九州大学宙空環境研究センターが設立されました。 これだけグローバルに観測を行っているのは世界でも九州大学だけだと思います。 こんな地道で泥臭いことは、あまり研究者の人はやりたがらないのです。

設立にはいろいろとご苦労があったのではないですか。

新しいものを創ろうとすると、周囲を説得するのに時間がかかります。教室の 教官から学部長、総長、さらに事務局の方々まで、いろいろなレベルで周囲の理 解を得ていかなければなりません。その点、九州大学ではさまざまな方に協力し ていただいて、私が来て六年目でセンターが実現しました。これは素晴らしいこ とだと思います。最先端を開拓する人間、つまりファーストランナーは常に孤独で す。けれども、その孤独に耐えられないと道は切り開けないのです。

シベリア北極圏チィキシーで
全天オーロラ観測機材設置後、現地研究者と
ロシア カムチャッカIKIR研究所 
観測地点での国際会議参加メンバーと

人生は運・根・鈍

最後に九州大学の学生にメッセージをいただきたいのですが。

志を持って頑張ってほしいと思います。以前いた東北大学の学生には「国の礎に なって社会貢献したい」といった気概がありました。残念ながら九州大学の学生 には、そうした印象をあまり受けません。頭はいいのですが、どん欲さが足りない ように思います。やりたいことをとことん追求する姿勢がほしいですね。その点、 最近は男性より女性の方がどん欲です。

では後輩の研究者たちにメッセージは?

やはりファーストランナーになってほしいですね。運というものは最初につか みに行った者、ファーストランナーだけがつかめるものです。自然も運と同じで す。「人生は運・根・鈍」という言葉がありますが、研究には運はもちろん、粘り 強く続ける根気、また世間に左右されずに信念を貫くための多少の鈍感さが必要 です。この運・根・鈍で、自分なりの研究をまっとうしてほしいと思います。

フィリピン ムンランルパ観測所 
機材設置風景
アラスカ大学との共同研究
オーロラ全天カメラ(日本から持ち込み)と

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