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日常のこと以外に、自分の価値観が大きく変わる経験もしました。クリスマス休暇にカナダのイエローナイフにオーロラを見に行った時、マイナス50度の極寒の自然の中で、生きているだけで有難いことに気付き、執着心や物欲がなくなりました。坂田 現在の研究における展望などありますか。稲田 最終的な目標は、β細胞を体内でつくることですが、現在は国内外の研究者との共同研究で、膵臓や腎臓、筋肉などを対象にした研究を進めています。信頼できる友人や先生と一緒に研究できてとても楽しいです。心から感謝しています。櫻井 先生は大学院から医学の方に転身されたんですよね。稲田 高校の3年間はずっと医学部志望だったのです。それ以外は考えたことがありませんでした。ところが受験する頃、生体肝移植とバイオテクノロジーのニュースが新聞やテレビで連日放送されていて、迷った末に、後期大学受験直前に医学部から農学部に志望を変更しました。大学では、「椿」の花を対象に花の色を変える研究をしていました。神秘性はありましたが、高校生の時に想像していた遺伝子操作技術を用いた研究ではなかったので、次第に限界や物足りなさを感じるようになったのです。そして、自分は同じ生物でも哺乳類に興味を持っていたんだということに気付き、大学院進学時に思い立って方向転換しました。卒業論文を仕上げながら京都大学の大学院(修士課程)の受験勉強をするのはかなり苦しかったです。入学後はさらに大変。当初2年間は扱う対象も手技も全く初めてのものばかりで、一から理解・習得しなければいけませんでした。後にも先にも、あれほど苦労した時期はないです。最初はまわり道をしたなと思っていたのですが、最近になって、異なる分野で学んだ感覚や知識が新しい研究をする時のアイデアや勘に大きな影響を及ぼしていることがわかり、これまでやってきたことが一筋のつながりに思えるようになりました。櫻井 研究者として必要な素質などあるのでしょうか。稲田 工学系の研究は、テレビや携帯電話、ビル、トンネルなど人間がゼロから作り出すのに対して、細胞やマウスを使った実験は、すでに自然が高度に作り上げたモノが相手です。私は、そこに潜む真実を少しずつ見せてくださいと祈るような気持ちで研究しています。研究分野によって異なると思いますが、生物学や医学に関わる者は、謙虚な気持ちと態度を持って研究に臨むことが大切だと思います。櫻井 最後に、九州大学の学生の皆さんにメッセージをお願いします。稲田 大学や大学院、ポスドク時代というのは本当に恵まれた時間です。そういう時期にはいろいろな経験を積み、自分の限界まで研究に専念すべきでしょう。日常生活においても、研究においても、なんでもよく観察して、知識に頼るのではなく、知恵を使い工夫し、想像して考えることが最も大切だと思います。例えば、実験でゲルを固めるという簡単な行程一つでも、まんべんなく冷やすために揺らしながらゆっくり冷ましていく等です。目の前にあるものを丁寧に扱い、小さな工夫を積み重ねることを大切にして、手を抜かずに努力してゆけば自分らしい研究の道がいつか開けてくると思います。左から 坂田年男教授、稲田明理准教授、櫻井さんFront Runner ふろんとランナー 稲田 明理大学院進学時に一大方向転換謙虚な姿勢で真実を探る10 Kyushu University Campus Magazine_2012.9

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