Research 研究・産学官民連携

P&Pつばさプロジェクト 研究代表者インタビュー 第3弾 :基幹教育院 木村拓也准教授

人文社会系研究紹介

異分野融合研究インタビュー第3弾:「「世代」の測定を巡る学際的行動計量学研究」 基幹教育院 木村拓也准教授

P&Pつばさプロジェクトとは
「九州大学アクションプラン2015」に掲げる新学術領域の創出・育成を実現するため、人文科学・社会科学分野の研究者が先導する異分野融合研究を推進し、次世代の異分野融合研究のフラッグシップモデルとなるような研究チームを創出することにより、本学の研究力の底上げを図り、現在及び将来の国内外における本学のプレゼンスを高めることを目的とした本学独自のプログラム。

P&Pつばさプロジェクト 研究代表者インタビュー 第3弾

「世代」の測定を巡る学際的行動計量学研究 -公衆衛生学と人文社会科学計量研究の融合-
 基幹教育院 人文社会科学部門 准教授 木村 拓也

 ―― これまでに取り組まれてきた研究についてお聞かせいただけますか。

木村拓也先生(研究室にて)

木村:統計学を活用した教育学研究を専門にしており、教育測定、教育評価、社会調査、テスト理論と呼ばれる領域が専門です。

 今でこそ、統計を用いた研究を行っていますが、修士課程まで教育哲学・思想史を研究していて、博士後期課程から教育統計学分野に移りました。

 そうした経歴を活かし、最近では、歴史資料中に埋もれている統計データを再分析して、昔どういうことが実際に起こっていたのかをよみがえらす文理融合研究が十八番の研究です。そうした研究スタイルは、ほとんど先人がいないので、研究していて非常に楽しい分野です。

木村先生共著「混迷する評価の時代」

―― その分野のパイオニアなのですね。

木村:パイオニアという大それた表現がふさわしいかわかりませんが、文系(歴史資料)と理系(統計学)を合わせた分野の面白さは実感しています。すごくマニアックな分野ですけれども社会的意義があるように感じています。
 
一例として、日頃行っている入試の研究についてお話しましょう。

 いま「大学入試を複数回実施したほうが良い」という議論がありますが、日本の歴史の中で昭和38年から43年までに行われた能研テストという大学入試のための共通テストでは複数回受験が制度として実施されていた時期があります。

 その能研テストのデータ個票を歴史資料として入手することができましたので、分析してみると「複数回実施しても意味がない」ということが分かりました。2回受けても順位がほとんど変わらなければ、1回のテストで十分のはずですよね。

 2年生、3年生の連続受験者のデータ約1000人分を分析したところ、ほぼ順位が変わらないという結果だったのです。2回受けても得点が高い人はちょっと下がる、得点の低い人はちょっと上がる。それを回帰効果というものが知られているわけですが、同一教科で実際の差得点を回帰効果で説明できる部分と、実際に上がったと説明できる部分とに計算で分けてみたいのですが、ほぼ回帰効果で説明できる範囲に収まりました。

 つまり、複数回受験の得点変動は、ほぼ回帰効果で説明できるということを実証できたのです。さらに、入学後の成績の予測率についても、複数回のテスト結果を足し込んだら、むしろ予測率が下がるという計算になりました。
 また、以前、教育社会学会で論文賞をいただいたAO入試の淵源に関する研究では、科学的に根拠付けられたとされる統計結果が実は統計の誤用から始まった、ということを論証しました。

 その統計計算では重回帰分析が行われていましたが、なんと自由度調整済みにすることなく、単なる重相関係数の結果で議論をしていたのです。当時、AO入試が賛美される中、世間の常識と全く異なる結論となりました。このように、歴史の中で埋もれているデータで世の中の常識を覆すことが醍醐味です。

―― 個票というと、受験者の成績などが記載されているのですか。

木村:そうです。歴史資料とはこのようなもので、倉庫の地下室に忘れ去られていたダンボールの中に埋もれていたものを取り出して整理しています(写真左)。実は、その中には、戦後直後に九州大学の会場で行われた進学適性検査の受験者名簿のようなものもあります(写真右)。

歴史資料個票

個票 進学適性検査 受験者名簿

 大学入試の歴史というのは、あまり知られていなくて、例えば、昭和22年から29年、昭和38年から43年までは知能テストや適性検査を行っていたとか、昭和38年から43年までは、高校2年生と3年生の複数回の共通の教科テストを入試で課していたとかは、よっぽど詳しい人でしか知らない事実です。

 そのようなマニアックな歴史資料を収集していると、「木村先生、こんな資料が出てきたけど、何だかわかる?」と声をかけて下さる方が多くいらしゃいます。写真の資料もそうした経緯でお声がけいただいたものの1つです。

―― 今回、「「世代」の測定を巡る学際的行動計量学」というテーマでP&Pつばさプロジェクトに採択されましたが、これまでとは少し異なる研究ということですか。

P&Pつばさプロジェクト「「世代」を巡る学際的行動計量学研究」概要

木村:高年次基幹教育では、社会調査法Iの授業も担当していまして、さらに「専門社会調査士」という専門資格も持っていますし、社会調査は私にとって研究でよく行う研究手法の1つです。

 将来的に大規模な社会調査を実施してみたいという想いがあったのですが、当たり前ですが、大規模調査には費用がかかります。大規模社会調査は、最近、国とか学会レベルのものが多いのですが、大学がベースになる地域特有の問題解決に資するものがあってもいいのではないか、と常々思っていました。

 このP&Pの公募を知った時に、大規模研究費を獲得する準備段階として、その予備調査として研究費を使わせていただければありがたいと思いチャレンジしようと思いました。

 私はアドミッションセンターも兼務しており、入試に関する業務の中で、自分野だけでなく、学内の様々な分野の研究者と知り合う機会が多いのですが、バラエティある研究者を集めて学際的で大規模な社会調査を福岡発でできないかと考えました。それも、複数回続く調査、将来的にはコホート調査を考えているのですが、それなら、「世代」が一番いいテーマなのではないかと考え、本テーマで応募しました。

―― 今回のメンバーの先生方とはどのような繋がりが。

木村:まず、全員30代の同「世代」です。浦川邦夫先生(経済学研究院:応用経済学)からはメールをいただいてつばさに応募しようと思うのだけど、という話で「実は私も」という話になり、お互いの研究グループにそれぞれが入っています。

 また、山田祐樹先生(基幹教育院:認知心理学)とは部局の同僚で、藤田雄飛先生(人間環境学研究院:教育哲学)は兼担している大学院での同僚です。田山淳先生(長崎大学:公衆衛生学)は前職の長崎大学の同僚で、常日頃から学際的にワイワイ学内外で議論してきた友人です。

 さらに、現在は、西郡大先生(佐賀大学:社会心理学)と山形伸二先生(基幹教育院:行動遺伝学)の2名に加わってもらいました。これは、将来の大型科研費の申請を睨んでのことです。

 1回目の研究会は、自分の研究テーマを話す異分野交流を行った上で、「世代」に関する調査票を作りました。互いの研究領域の話は刺激的で、アイデアもたくさん出て、さらに飲み会も行いました。とても楽しかったです。それぞれが私とだけつながっていた。それをこのつばさで同一研究グループが形成でき、私の友人同士で繋がりができたことがもしかしたら一番の収穫かもしれません。

―― どのような研究を行えたらと考えていらっしゃいますか。

木村:大型研究費が得られたら、もう少し大規模な調査を九州発で行いたいと思っています。さらに、ゆくゆくは海外調査も行っていきたいとメンバーで話しています。日本でデータをとって、同じ調査票で中国や韓国、豪州等のアジアでも行い、比較したい。そのためには、日本固有の課題ではなく世界でも共通する課題がいいのではないかと。

 それぞれが応用経済学、認知心理学、公衆衛生学、社会心理学、教育哲学等専門が異なるため、いろんな専門分野の研究者が作った質問票を持ち寄って、分野横断の質問票を作りました。通常、経済学だと経済学関連の質問項目、社会学なら社会学の質問項目を作りがちですが、そこの垣根を越えた「世代ごとのデータ」を作ってみる、それを分析したら、面白いのではないかと考えています。

―― 自分の分野だけでは想定していなかった質問票を作成できるということですか。

木村:そうですね。教育社会学の伝統的な属性項目として親学歴、例えば、ファースト・ジェネレーション論といって、家族の中で本人が初めて高等教育機関に進学した世代といったものを測定する指標もあります。

 他には、教育社会学の立場から言えば、当人の学校歴も重要な項目になります。そういったものと世代をクロスで見て行った時に、何のどこまでが世代の問題であるか、ということを研究することは今後の社会設計においても非常に重要なことだと考えています。
 
 そうした世代の問題として、経済的な指標、あるいは、そこから派生する幸福感、心理学的感情である嫌悪感や不安による行動抑制、報酬に対する行動活性化、公衆衛生学の分野でいう過敏性腸症候群の指標、あるいは権威主義的パーソナリティなどにどういう関係性が描けるのか、あるいは、世代効果が見られるのは、どういう領域なのか。

 同一人物に複数分野の質問項目で尋ねることで、それぞれの研究分野を超えて、学際的な論文を書きたいと考えています。自分の分野だけでは想像もしていなかった結果がでると面白いですね。

―― まだまだ始まったばかりですが、今後興味がある対象というのはありますか。

木村:たとえば、「世代」の認知というのも興味があります。年代ごとに、同世代を何才から何才までと考えているのか、そういう問題にも興味があります。認知が広い世代と狭い世代があるのか。社会的な公共性というものを作りあげていく時に、世代認知が狭まっていくのか広がっていくのかということを知っておくことは非常に社会政策上、重要なことだと思っています。認知心理学の山田先生にメンバーに加わっていただいたのはそういう意図があります。

 また、質問項目やテスト問題の作成にも、最近では認知科学の成果を用いた方法論が模索されており、まさに文理融合で、どんな質問票やテスト問題だと、人間は適切に測定できるのか、というところも興味深いと思っています。このつばさプロジェクトで簡単な実験ができるといいですね。

 また、世代間の差が仮にあったとして、それがどうしても社会的に解決できないものだったら、それはそれで認識をするしかないのですが、解決ができるものであるならば何かしらの援助をしなくてはいけない。その意味で、社会政策や教育政策につながっていくと思います。健康格差、経済格差、教育格差、家族間格差など。

 今の日本の現状で、このような世代問題は、計量研究でどのようなマッピングを描けるのか、このテーマは一度やってみたら面白いのではないか、と思っています。

―― 最後に、九州大学の雰囲気はいかがですか。

木村:今回のP&Pのようなチャンスをいただけるのは非常にありがたい大学だと感じています。同僚の先生方も研究野心とアイデアに溢れていて、議論していてもとても面白い方が多いと感じています。

 このように若い研究者が野心を持っていて、それを叶えてくれる懐の広さがあるので、九州大学は若手研究者にチャンスを与えてくれる「良い」大学なのではないかと思います。

 私もこのつばさプロジェクトを活用して、様々な分野の先生と、同じテーマ「世代」で研究し合う。しかも九大の先生方中心に、ということにとても魅力を感じています。

先生の研究室でのインタビュー風景

―― 今日はお忙しい中、お話を聞かせていただいて、本当にありがとうございました。

聞き手:学術研究・産学官連携本部 研究推進専門員(URA) 米満彩 (2016年1月)

 

P&Pつばさプロジェクト 研究課題
  「世代」の測定を巡る学際的行動軽量学研究 -公衆衛生学と人文社会科学計量研究の融合- 

チームリーダー:  基幹教育院  木村拓也
メンバー: 経済学研究院 浦川邦夫
  人間環境学研究院 藤田雄飛
  基幹教育院  山形伸二
  基幹教育院  山田祐樹
 (学外) 長崎大学 教育学部 田山 淳
 (学外) 佐賀大学 アドミッションセンター  西郡 大
     (氏名をクリックすると研究者情報へ)