Research 研究・産学官民連携

夜の光と体内時計 - 明るい夜にあなたの時計は大丈夫?-

芸術工学研究院 研究紹介

夜の光と体内時計 - 明るい夜にあなたの時計は大丈夫?-

芸術工学研究院 兼 応用生理人類学研究センター 兼 未来デザイン学センター
教授 樋口重和

■研究の背景

 人工衛星から撮影された夜の地球の写真をつなぎ合わせると、光によって世界地図が浮かび上がってきます。夜の光は私たちが安心して生活を送るためには欠かせません。しかし、最近の研究で、明るい夜がヒトの概日時計や睡眠に悪影響を及ぼしていることが指摘されています。私たちの研究室では、健康で人間に優しい光環境をデザインするために、光がヒトの生体に及ぼす影響を明らかにしています。

世界の夜の光。衛星からの写真。右端には日本が見える。アジアの中でもひときわ明るいことがわかる。(写真はWikipediaより引用

■概日時計とは?

 概日時計とは体内時計の一種で、その中枢は脳の視床下部に存在し、約1日の周期で時間を刻んでいます。この概日時計は、地球の自転に伴って生じる明暗サイクルに体を同調させる役割もあります。目から入った光は明るさや色の知覚とは異なる経路(図左の点線)で脳の概日時計に伝わります。私たちの研究では夜にだけ分泌されるメラトニンと呼ばれるホルモンが、光によって抑制されるという特徴を使って、光の影響を調べています(図右)。

光の二つの伝達経路とその影響。(子どものからだと心白書2015より引用

■子どもは大人以上に光の影響を受けていた

 夜の光の影響は誰でも同じでしょうか?大人と子どもで夜の光の影響をメラトニンで調べてみました。驚いたことに子どもは大人の2倍も光の影響を受けていることがわかりました。コンビニくらいの明るさの光で実験をしてみたら、子どもはほぼ完全にメラトニンの分泌が抑えられていました。最近では、30泊31日の子どものキャンプ(ハローウッズ主催)の中で、人工照明の影響を調べるために、あえて人工照明の無い中でキャンプ生活を送る子どもたちの概日時計について調べています。

白色の蛍光灯の影響を調べた実験風景(左)とメラトニンの結果(右)。下向きの矢印が光の影響の大きさを示す。グラフは以下の論文から引用して改変。
Higuchi et al. (2014). Influence of light at night on melatonin suppression in children. J Clin Endocrinol Metab, 99(9), 3298-3303 (PDF free)

夏のガキ大将の森キャンプ」30泊31日が行われているキャンプ場。人工照明の少ない自然の中で生活した時の子どもたちの睡眠や概日時計を調べている。

■夜に働く人たちのための光

 夜勤や交代制勤務は体のリズムや睡眠を乱します。夜に働くには欠かせない光ですが、皮肉なことにその光が健康のリスクを高めているのです。私たちの研究室では、夜勤者を光の悪影響から守るためのアイデアを考え、その効果を科学的に検証しています。最近では、宇宙航空研究開発機構(JAXA)との共同研究で、24時間体制で働く管制室の照明についての研究も行っています。

夜勤時の仮眠の効果を調べた研究はNHKのクローズアップ現代「“からだの時計”が医療を変える」で紹介された。実験風景(左)と撮影の様子(右)。実験は芸術工学研究院の環境適応研究実験施設内の人工気候室で実施。

■桿体と錐体以外の別の視細胞があった!

 光の概日時計への影響は青色光で強いことがわかっています。これは、メラノプシンと呼ばれる光受容体を含む神経節細胞の存在によるものです。2000年に入る直前ごろに発見され、世界に大きな衝撃を与えました。この視細胞は光の情報を概日時計に伝えています。私たちの研究室でも、ヒトのメラノプシンの遺伝子の多型に着目した実験を行いました。簡単に言えば、タンパク質の設計図が違えば、反応が異なることを明らかにしました(Higuchi et al., 2013; Lee et al., 2013)。その内容の一部は九大広報の新しき挑戦者たち(平成24年11月発行)でも紹介されています。

九大広報で紹介されたメラノプシン研究の記事(当時博士課程の学生だった李相逸さんの研究)

■興味のつきない研究テーマ

 エジソンによって白熱灯が発明され、その後に蛍光灯が急速に普及し、近い将来にはLEDや有機ELなどの新しい照明に取って代わることでしょう。技術開発が進む一方で、ヒトへの影響についてはまだ知られていないことがたくさんあります。基礎的な研究を通して光と概日時計の関係を明らかにし、それらの成果を健康的なライフスタイルや光環境のデザインに役立てたいと思っています。

■参考文献

詳しい情報をご覧になりたい方は以下の総説記事などもご参照ください。
樋口重和, 李相逸 (2015) 光のサーカディアンリズムとメラトニン分泌への作用の個人差. 照明学会誌 99(1), 22-24(PDF
樋口重和 (2011) 光の非視覚作用-光環境への適応-. 日本生理人類学会誌15(1), 21-26 (PDF

■お問合せ先
大学院芸術工学研究院 デザイン人間科学部門 教授 樋口重和