Research 研究・産学官民連携

ひとに優しいデザインを科学する -福祉・生活用具の人間工学的研究-

芸術工学研究院 研究紹介

ひとに優しいデザインを科学する -福祉・生活用具の人間工学的研究-

芸術工学研究院デザイン人間科学部門
兼 応用生理人類学研究センター(アクティブライフ部門)
教授 村木 里志
(認定人間工学専門家)

 近年、高齢者や障がい者の生活を支援する福祉・生活用具が発展しています。これらの支援用具は心身機能に働きかけるため、「根拠に基づいたデザイン(Evidence Based Design)」、「人間の特性に基づいたデザイン(Human-characteristics Based Design)」が望まれます。私は身体動作を支援する用具を例として、そのデザインプロセスの確立に取り組んでいます。そのためには人間の身体動作とその老化・障害を理解する基礎研究と、その知見を用具設計に役立てる応用研究の両輪が欠かせません。
 研究のコンセプトはタイトルの通り、「ひとに優しいデザインを科学する」です。「優しい」とは「楽にする」ことではありません。「より主体的な生活」につながるデザインから「ひとに優しい」を目指しています。

■まずはユーザの特性把握から

 例えば、現在パーキンソン病患者の起立支援イスの開発を試みています。パーキンソン病の不自由の一つとして、動作の開始が上手くいかない問題があります。支援するイスを考えるためには、まずはその問題の把握です。イスから起立するためには、全身の多数の筋肉をそれぞれ絶妙なタイミングにて順序よく動員する必要があります。しかし、パーキンソン病患者の筋肉の動員を筋電図という手法により可視化すると、健常者と異なる順序にて筋肉を動員すること観測されました(図1)。現在、この知見に基づいて起立をスムーズにするためのイスを開発中です(平成29年度 橋渡し研究・新規開発シーズ採択内定、日本人間工学研究奨励賞受賞)

図1 パーキンソン病患者の起立動作時の下肢筋電図(文献(1)の図に加筆)。健常者と違い、起立開始時に前頸骨筋と大腿四頭筋が同時に動員される。

■ユーザの特性を製品開発に活かす

 研究では、冒頭で述べたデザインを実践するため、様々な支援用具や生活用品にアプローチしています。産学連携はそれを実践する貴重な機会になります。これまで企業との共同研究では、携帯電話、スマートフォン、電話子機、階段、住宅内環境、靴(図2)、インナー、介護用ベッド、車いす、発泡スチロール箱、タッチパネル画面ゲームに取り組みました。これらの主なターゲットユーザは高齢者、障がい者や子どもです。ユーザがそれらの製品を利用する際の特性を科学的に検討した上で、望ましい製品設計を提案していきます。

図2 高齢者の歩行特性をモーションキャプチャにて解析し、高齢者用のウォーキングシューズを検討(写真・図はイメージ)。

■当事者との交流はアイデアの宝庫

 一方でこの領域の研究は、当事者や関係現場の実状を理解することも大事です。特に力を注いでいるのが地域高齢者との交流です。研究室では、足腰年齢を簡易かつ安全に計測する手法の開発に成功し、それを用いた出張計測を地域で実施しています。計測結果の説明は個別に行い、一人一人の生活状況や日常の悩みも聞き情報収集しています(図3)。このような取り組みから、研究の種が生まれることもあります。新たな試みとして2017年度からは、より良い生活のための術を実践する「アクティブライフ教室」(公開講座)を一年通して開講します。 

図3 足腰年齢測定会(いきいき生活応援プロジェクト):結果説明の様子(この10年、計測会を通して個人面談した人は延べ2千人以上)

■(今後の展望)ロボット・アシストテクノロジーを「技術の人間化」から考える

 テクノロジーの発展により、アシスト機器やロボットが身近になってきています。一方でこれらの開発は、新しい技術を何かに応用できないかといったシーズから始まる場合が多く、このような開発入口は「テクノロジーオリエンテッド」と呼ばれます。この言葉の裏にはユーザのニーズや生活、人間の特性に応じてテクノロジーを開発すること、「ユーザオリエントッド」の必要性が込められています。「技術の人間化」を目指す芸術工学研究院の一員としても、人間の特性や生活に基づいたアシスト機器やロボットの開発に貢献したいと考え、科学研究費挑戦的萌芽研究(課題No.15K14619)にて取り組み始めています。

■参考文献
(1) 北村奨悟, 村木里志, 大江田知子, 澤田秀幸,田原将行, 植田能茂, 渡久地政志 (2014) パーキンソン病患者の椅子からの起立動作の特徴. 人間工学 50 (5): 265-270
(2) 村木里志, 岩切一幸 (2015) 特集:分野別人間工学の現状と将来(12)-高齢者の人間工学研究の現状と将来-. 人間工学 51(2): 79-85


■関連サイト
福祉人間工学研究室
応用生理人類学研究センター


■お問い合わせ先
大学院芸術工学研究院 デザイン人間科学部門 教授 村木 里志