ミレニアム座談会
21世紀の九大を考える


杉岡:本日は,中央で御活躍の九大の先輩方に様々なお立場から 御意見,御提言を賜りたいと「ミレニアム座談会−21世紀の九大を考える −」を企画いたしましたところ,お忙しいところお集まりいただき,御礼 申し上げます。
 「九大広報」は,国立大学が社会への説明責任を果たしていないことを 痛感し,これではいけないということで発行しているもので,大学外にも 多数お配りしています。また外国に向けて英語版も発行しています。
 廣田学長はかつて九大の理学部教授をお務めで,九大教官OBとして大学 のお立場から御意見をお願いします。増田会長は工学部の御卒業です。古 川内閣官房副長官は法学部,箱島社長は経済学部で,これは実にうまい取 り合わせと申しますか,工法経の御出身,新聞社と工業界のトップのお二 人,政府の中枢におられる内閣官房副長官,そして大学の学長さんと,い ろいろなお立場から御意見を賜ることができるものと楽しみでございます。 よろしくお願いいたします。

 

社会は大学に何を期待しているか

杉岡:まず九州大学の現況を御説明します。
 九州大学は,平成7年に「九州大学の改革の大綱案」を評議会決定し, 「国際的・先端的な研究教育拠点(COE:センター・オブ・エクセレンス) の形成」と「自律的に変革し,活力を維持し続ける社会に開かれた大学の 構築」の二つをコンセプトに改革を進めてまいりました。例えば平成12年 度の概算で要求している「研究院制度」。これまで大学院の教育研究組織 であった「研究科」を再編し,教官の所属する「研究院」と,大学院の教 育組織「学府」とに 分離して,研究と教育の柔軟な連携を図ろうという この制度は,他に誇ることのできる改革の成果だと思っております。

 増田会長,古川内閣官房副長官,箱島社長にも講義をお願いした総合科 目「社会と学問」は,各界で御活躍の先輩方の謦咳に接することで,九大 に入学したばかりの学生諸君にやる気を起こしてもらおうと始めたもので す。教官から研究課題を公募し,選考して総長裁量経費から重点的に研究 費を配分するP&P(教育研究プログラム・研究拠点形成プロジェクト),学 生から研究課題を募って面白そうなものを支援するC&C(チャレンジ&クリ エイションプロジェクト)ということもやっております。また各教官が自 らの教育研究や社会連携活動について記述したものをデータベース化して, ホームページで公開しています。

 これまでに「大綱案」の骨格はほぼ達成され,現在は各部局に中・長期計 画の提出を求め,経営,教育,研究についての三つのプロジェクトチームを 作って,第2次の改革大綱案作成に向けた作業に入っています。そして,ど んな設置形態でもいかなる評価にも耐え得る九州大学を創っていこうとして います。

 大学はこれまで象牙の塔などと呼ばれ,社会に無関心であると思われてい ました。それが最近では,社会の変化に伴い大学も変わるべきだと言われて います。私はむしろ逆で,大学は自らを変えるとともに,積極的に社会に働 きかけて社会を変えるところまで参画しなければならないと思っています。 社会連携に関する窓口を一本化して「社会連携推進機構」を設け, TLO(※) が全教官出資の株式会社としてまもなく立ち上がる状況でございます。
 それではまず社会における大学の役割ということで,皆様の忌憚のない御 意見をお伺いしたいと存じます。

 

「大学も同じで,社会に貢 献できないのでは存在意義がないと思います。」(増田)

 

増田:大学は長いこと象牙の塔に入り込み,社会と遊離しているとい う批判はありました。私どもも,大学では基本をしっかり教えていただけばい いと割り切り,あとは我々が会社で教育するという考えでやってまいりました。 しかし段々それではいけなくなってきているのでしょう。「九大広報」を読ん で,九大がいろいろ改革をやっておられることに驚きました。大学もずいぶん 変わってきたのだなあという感じを持ちました。

 大学の社会における役割りというのは,やはり,社会に役立つ研究をしてい ただく,社会に役立つ学生を送り出していただくということでしょう。私は, 「企業は社会に貢献しなければならない」と思ってやっています。大学も同じ で,社会に貢献できないのでは存在意義がないと思います。ですから,杉岡総 長の仰有ったように,大学が社会をリードするようになれば,それはありがた いことです。アメリカのことはあまり言いたくないのですが,アメリカの大学 というとハーバード,MITなどすぐいくつかの名前が思い浮かびます。日本の 大学ではどうでしょう。すぐには名前が出てこない。それは,大学が社会をリ ードするところまでまだいっていないからではないでしょうか。ぜひそこまで いってほしいと思います。

 

「大学院重点化で学部の教育 が手薄になってはいけない。」(廣田)

 

廣田:私は同じ大学人として,杉岡総長のやっておられることをすご いなと思って拝見しています。私も科学技術会議の政策委員会のメンバーとし て,「研究が社会にどういうふうに役立つか」ということを常々考えております。
 大学人が持っているものと社会の期待との間には相当なギャップがあり,お 互いにそのギャップを埋める努力が必要です。九大は日本のリーディング・ユ ニバーシティの一つですから,長期的な展望に立った質の高い研究をぜひおや りいただきたいと思います。と同時に,増田会長の仰有るような,社会に直接 役立つ研究もお考えいただきたい。大学のシーズが社会に出てこない原因の一 つに,特許の手続きが煩雑であるというようなこともございます。この点TLO に期待しているのですが,大学の社会貢献を進めるために,もう少し国全体で 考えるべきこともあると思います。

 それから,大学院重点化(※)で学部の 教育が手薄になってはいけない。4 年間で十分な教育を行わなければなりません。「学生の質が落ちた」と仰有る 先生がいらっしゃいますが,そうではない。進学率が上がり,学生が多様化し ているのです。学生の求めるものが多様化している。九大の大学院重点化,研 究院構想に期待するとともに,学部教育もぜひ工夫してしっかりやっていただ きたいと思います。

 

「ピンチはその人の姿勢によ って大きなチャンスにつながる。」(古川)

 

古川:21世紀に向けて想像を超える変革が進んでいます。「大学が社 会を変える」とはすばらしいお考えだと思いますが,そういう状況はまだでし ょうか。例えば,九大の入学式での総長のお話が社会全体の関心を呼ぶように ならないと。
 この変革は,ある意味では大学にとって大きなピンチですが,一方では大き なチャンスだと言うことができます。私は行政官として40年くらいやってきま したが,「ピンチはその人の姿勢によって大きなチャンスにつながる」という 実感を持っています。

 大学に何を期待するかということでは,まず,見識を持った社会にとって有 用な人材,リーダーをいかに育てるかということ。次に,専門化と総合化をど うとらえるか。物事を総合化して人を引き付けリードする人間が少なくなって いると,行政の中にいて感じます。例えば学際交流と申しますか,多くの学部 がいっしょになって,総合化する力,別の視点や別の立場から物を見る能力を 身に付けさせるというようなことはできないでしょうか。それから産学連携, 技術移転を進めなければならない。これは国立大学の先生が会社の役員になる ことや特許の問題なども含めて,政府も環境整備をどんどん進めていきたいと 考えています。

 最後は文科系学生についてです。私は自分が九大出身であることに誇りを持 っております。しかし文科系を卒業した人の中には,大学には4年間籍を置い ていただけで,教官や学生同士の付き合いが主な活動だったというような感覚 を持っている人が多いのではないでしょうか。文科系の学生が大学でどれだけ 触発され,意識を持って勉強しているか。これはとても疑わしい。何となく過 ごしている,そうであれば日本の将来に不安を感じます。九大には,荒々しく 他をリードしていってほしいと思っています。特に文科系の学生に,そういう ものが植え付けられないかという気がします。

 

箱島:私が九大生だった昭和30年代には,大学には象牙の塔的な雰囲 気や,またそれを良しとする気風もあったように思います。碩学という言葉が 生きていた,そういう時代でした。それから現在までの間に,高等教育への進 学率が上がり,学問自体の専門化,細分化が進んでいます。高度成長期には, 企業の求めるものと大学の供給する人材との間にギャップ,ミスマッチが出て きた。大学はこれに理系の学生を増やしてこたえようとしました。そういう変 化の中で,大学はアイデンティティーを喪ってきた。社会も,大学に求めるも のはあってもはっきりした大学像を打ち出してこなかったし,大学も社会のニ ーズにこたえる能力は低かった。そこで今,根本的な見直しが迫られているわ けで,「九大広報」を読んだり大学担当記者の話を聞いたりしますと,今大学 では革命的なことが進行しており,平成7年の「大綱案」決定以来,九大はそ れを先頭に立ってやろうとしている。卒業生として心強く感じます。

 21世紀の大学は,やはり知のセンターでなければいけない。もちろん,効率 ということも軽視すべきではないでしょう。効率と申しますのは,レンジの長 い,ベーシックな成果を社会が大いに期待しているという意味でです。20世紀 の日本は,工業立国として成功してきました。しかしこれからの21世紀は,も っと先端的な分野でも力を発揮しなければならないでしょう。その分野で外国 に追い付くのでなく創造していく,それは社会が大学に期待することだと思い ます。

 それから,大学はもっと国際的な存在感を,魅力を持たないといけないと思 います。私は30才代後半に特派員として英国におりましたとき,英連邦のこと を調べたことがあります。もはや実体はないのだろうと調べたら,そうではな かった。英連邦の30以上の国々をなおもつなぎ止める力は何か。それは文化の 力であり,大学の魅力です。連邦内の国からなら,比較的楽にオックスフォー ドやケンブリッジといった大学に留学することができます。そういうことは大 きい。九大は特にアジアの中で貢献しないといけないと思います。今九大には 800人以上の留学生がいるということですが,もっと増やして,日本の魅力は大 学の魅力,福岡の魅力はそこに九大があるから,というふうになっていただき たいと思います。

 

杉岡:古川内閣官房副長官に私も同感で,危機は好機であると考えて おります。また産学連携という点では,日本と比べてアメリカは研究において 常にお金を意識すると言いますか,特許を取ってさらにそれが新たな研究分野 を生むというようなことに積極的だと思います。

 

増田:私はそれを研究がお金と直結しているというふうには考えてお りません。アメリカという国は若い国で,これからどういうシステムを作るか ということを自由に考える素地がある。何が社会を変え社会を作り上げるかと いうことを考えながら何事もやっているのでは,と思われます。何が社会に役 立ち社会をリードするのか,絶えず考えながら研究しているのではないでしょ うか。なにしろバイタリティーがある国です。全てが実験,大実験をやってい ると思って私は見ています。

 

廣田:私の知り合いに,双子の娘さんを,一人はアメリカで,一人は 日本で教育を受けさせたという方がいまして,その二人を比べると,アメリカ で育った方はとにかく活動的でいろいろやる。日本で育った方は優等生で礼儀 正しい。これには学校教育の仕方,周囲の環境が影響しているのでしょう。

 日本は今でも組織や分野間のバリアが高い。アメリカは組織間の交流が盛ん で,大学で得た研究成果を持って大学を飛び出してベンチャー企業を作り,し ばらくやって飽きたらまた大学に戻るというようなことができる国です。日本 の企業も大学に人を送り込むなど積極的にやっていただきたい。日本は企業も 堅い。

 

増田:大学にアプローチしてもダメだと思ってしまうのです。こうい う研究を大学に頼んでもやっていただけないだろうと。それより自分たちで教 育研究をやろうという面があり,実際に研究所などを作ってやってきました。 でも「九大広報」を見ますと,社会連携へも積極的に取り組もうとしていらっ しゃることが分かりました。これからは我々も近付きやすくなるだろうと思い ます。

 

廣田:シーズはたくさんありますから。

 

箱島:私が学生の頃には,産学連携はマイナスのイメージでした。大 学が金をもらって,一企業に奉仕するような。今は違う。企業は国際化され, 最先端の研究もやっています。企業から大学へ先生が来るケースも増えつつあ りますし,これからはもっと交流は加速すべきでしょう。朝日新聞の社長にな ってから,定期的に大学の先生方から意見を聞く機会を設けていますが,ほと んどは企業から大学に来られた方です。朝日新聞でも,政治部の記者が東大の 政治学の非常勤講師をしたりしています。大学ももっと積極的に民間の知恵を 取り入れていただきたいし,お互いもっと活発にいいところを吸収し合うべき だと思います。

 

古川:産学連携がうまくいかないのは,環境整備が十分でないからと いう面があります。政府としても,法律の面でも環境を整備していきたいと思 っています。ときどき国公立の大学の先生が収賄容疑で捕まるのを見ると,な ぜだろうと考えてしまいます。心がけが悪いからそうなったということの他に も,例えば研究費が少なく共同研究のルールがしっかりしていなかったからと いう面がなかったか。そういう背景をもっと知りたい。もし誠実にやっている 先生が罪に問われるようなことになるなら,大学も企業も萎縮してしまい,そ れは日本の損失です。とにかくルールがはっきり確立していないということは ある。政府としても環境整備とセットにして,産学連携を推進したいと思って います。


※TLO
 Technology Licensing Organizationの略。技術移転機関。大学の研究成 果の発掘,特許取得,企業への情報提供及び研究成果の実施許諾,実施料の徴 収及び大学への収益還元など,大学の技術や研究成果の民間への移転事業に関 する諸業務を実施する機関。株式会社,有限会社,財団法人などの形態がある。

※大学院重点化
 大学院の教育研究組織である「研究科」を再編・充実するとともに,従来「 学部」にあった教官の所属組織である「講座」を大学院に移すことなどによっ て行う,大学院の重点的整備。九州大学はさらに,研究組織と教育組織が一体 となっている「研究科」を,教官の所属する研究組織である「研究院」と大学 院の教育組織である「学府」とに分離して,相互の柔軟な連携を図る。