健康をネパールに学ぶ
健康科学センター教授 川崎 晃一
健康科学センター教授 大柿 哲朗
健康科学センター助教授 斉藤 篤司
はじめに
近代化は,物質的な豊かさをもたらした反面,様々な弊害ももたらしていま す。そのひとつが,生活習慣病(成人病)です。私たちは1977年からネパール 王国で調査を開始し,1987年からは専門を異にする研究者が協力しあって,健 康科学的な調査研究を行っています。
なぜネパールか
生活習慣病は,食習慣,運動不足,ストレスにさらされた生活などが原因で す。それは工業先進国に特有のもので,開発途上国では稀です。事実,ネパー ルには虚血性心疾患を疑わせる心電図異常,糖尿病,肥満などがなく,高血圧 者が全く認められない地域もあります。工業先進国の主要な健康問題である生 活習慣病を解決するためには,生活習慣病のない世界に注目し,本来“ヒトと はどのような動物か”を明らかにする必要があると考えています。そこで,ネ パールで調査研究を行っている次第です。
物が貧しく,心の豊かな国
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ネパールには,国土の3分の2を占める標高4,000m以下の土地に,約2千万人 が住んでいます。約8割が農民です。国民一人あたりのGNPは約2万円で,日本 の100分の1しかありません。最近,平均寿命が50歳を超えたばかりです。それ は,子供の4人に1人が5歳までに死ぬのと,感染症が多いためです。このよう に書くと,貧しい国の様に思われます。確かに,“物質的な豊かさ”はありま せん。一部の都市を除けば,電気・ガス・上水道もなく,どこに行くにも歩か なければなりません。この貧しさ故に,感染症が多く,乳幼児死亡率が高く, 女性の平均寿命が男性より短いのです。しかし,人々は実に純朴で,“心豊か” です。日本のような残虐行為もありません。「物と心は反比例する」と言いま すが,物が豊かな日本,心が豊かなネパールといえます。
ネパールに学ぶ
左下図は,ネパールの丘陵地農民の1年間の体重の変動(20〜74歳の男性: 87名,女性:94名)を追跡したものです。農繁期の6〜9月には農閑期に比べて 体重が平均3.4kgも減少し,農閑期には戻っています。農繁期には食糧が少な く,労働量が増えるためです。このような季節変動は,体重だけではなく,血 液や血圧にも認められます。
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おそらくヒトは,長い歴史の中でこのようなゆらぎの中で生活をしてきたの でしょう。
ネパールに生活習慣病が認められない要因として,まだヒト本来の食習慣を 維持し,運動不足や精神的なストレスが少ないことなどが挙げられます。また 心豊かなのは,お金や物に囚われない生活,自然や他人との共生によると思わ れます。純朴な国ネパールから,私たちの健康問題の解決の糸口を学びたいと 思っています。
文責:大柿哲朗(おおがき てつろう)
E-mail : ogaki@ihs.kyushu-u.ac.jp