納豆のネバネバから納豆樹脂の開発とその利用



農学部附属遺伝子資源開発研究センター
助教授 原   敏 夫

はじめに
 21世紀のキーワードは「食糧」と「環境」。1990年代に入り,世界はこれまでとはまったく違った時代を迎えています。着実に増大してきた食糧生産に陰りが差しはじめたことに多くの人々が気付きだしたのです。地球の自然システムが限界に達し,環境破壊が耕地の表土流失などによる生産性の低下,そして収量改善のための農業技術に限界が見えてきました。一方,世界の人口は毎年9,000万人のペースで増大しています。食糧不足と人口爆発の挟み撃ちにあって,地球は重大局面を迎えようとしています。

 納豆の糸にガンマ線を照射してできる納豆樹脂は自重の5,000倍の水を吸収します。しかも,土中の微生物により炭酸ガスと水に分解される地球にやさしい「ニュー・グリーンプラスチック」です。この納豆樹脂を活用し,砂漠緑化と食糧増産に役立てる研究を進めています。

納豆の糸から吸水性樹脂の合成
 納豆の糸がネバネバするのはポリグルタミン酸というポリアミノ酸のしわざ。どれほどのグルタミン酸かというと,まだはっきりわかりませんが,大体5,000個はつながっているといわれています。ところがこのアミノ酸ポリマー,ちょっと変わっています。自然界に存在するアミノ酸はL型なのに、納豆のネバネバの中にはなんとD型のグルタミン酸が含まれているのです。しかも納豆の熟成につれて,このD型のグルタミン酸の割合が80%以上にまで増えてきます。納豆の糸を巡るもう一つ不思議なことは,一般に地球上のタンパク質はL型の20種類あまりのアミノ酸がアルファー結合しているのに,納豆の糸をつくるグルタミン酸とグルタミン酸の間のつながり方は大変珍しいガンマー結合をしたヘリックス構造をとっています。納豆が糸を引くヒミツはここいらにありそうだと考えられています。

 納豆の糸(ポリグルタミン酸,再生産可能なバイオポリマー)に放射線(コバルト60,ガンマ線)を照射すると納豆樹脂(写真1左手前)ができます。納豆樹脂は、100%天然素材からなる生分解性、吸水性及び可塑性を特徴とするきわめて新規性の高いエコマテリアルです。現在,「食べられる容器」の試作にも成功しています。

 この納豆樹脂,水を吸収すると,膨潤して透明なハイドロゲル(写真1ビーカーの中)になります。保水能力は抜群。納豆のネバネバたった1グラムで5gの水を蓄えることができます。市販の紙オムツや生理用品の5倍の吸水力。ガンマ線照射量と納豆の糸の濃度の組合わせでいろいろな性状を持つ納豆樹脂が得られます。放射線照射で適度の橋架けを受け,納豆の糸の間で三次元構造を取り,できた透き間に水分子が閉じ込められて吸水力が生じるというわけです。

グリーン・リサイクルシステム
 近年,高吸水性樹脂は,紙オムツなどの用途のみならず,体液吸収材などの医療分野,建設分野,鮮度保持剤などの食料分野,緑化や土質改良剤などの農業・園芸分野など多くの分野に利用されています。高吸水性樹脂とは,イオン性基を持つ電解質ポリマーを架橋したもので,自重の数百から千倍の水を吸収する保水材です。

 納豆菌が生産するポリグルタミン酸は重合度が5,000以上の生分解性ポリアミノ酸で,納豆として古くから摂取されており,安全性は折り紙つきです。納豆のネバネバからできる驚異的な吸水作用があるエコ対応型納豆樹脂。逆に,いったん水を含むと蒸発しにくく,乾燥地帯の給水に適しそうです。

 現在,電子線照射による納豆樹脂の量産技術を確立し,エポキシ樹脂などの架橋剤を用いた水系での合成技術も完成しました。また,納豆樹脂分解微生物の分離とその分解酵素の精製もすでに終わっています。

 このような高吸水性樹脂の特性を生かした環境リサイクルシステムとして「グリーン・リサイクルシステム」を考案しました。納豆樹脂を利用して「シード・ヘドロ・ペレット」をつくり,砂漠や乾燥地帯に埋め,給水すれば穀類などの作物がすくすく育ち,実るというわけです。収穫された大豆から納豆をつくり,新たな「シード・ヘドロ・ペレット」にするほか,加工して食糧にし,アレルゲン・フリーな機能性たんぱく質として摂取します。「シード・ヘドロ・ペレット」を使えば,砂漠の緑化と食糧の供給が同時に可能となり,資源の無駄がなくなります。

 一方,納豆樹脂の生分解性と高吸水性を活用した生分解性高吸水剤を開発し,生ゴミ・ヘドロ・し尿・家畜糞尿や地域産業から排出される産業排水をコンポスト化するような自然界が有する自浄力,修復力を利用した環境に負荷を与えない環境調和型処理システムや,新規流体輸送システムの構築など,納豆樹脂の用途はさらに広がることが予想されています。

終わりに
 砂漠の総面積は1,600万km2もあり,地球の全陸地面積の約16%を占めています。劣悪な環境にもかかわらず世界の全人口の約25%に相当する十数億もの人々が住んでいます。過放牧,地下水の汲み上げ,あるいは開発・都市化の波などが生態系の許容量を大きく越えるため毎年,四国と九州の面積を合算した広さに相当する6万km2もの土地が砂漠化しています。

 砂漠化による生物生産性の低下は多くの人々の食糧を奪い,深刻な食糧不足をもたらします。このことは,食糧不足からもたらされる「飢餓」とそれによる人類存続の危機を意味します。

 21世紀のキーワードは「食糧」と「環境」。一見,複雑そうな事象もじっくりと観察してみると,バランス感覚に富む「納豆」の一筋の糸でスーッと意外なほどスッキリ解きほぐすことができそうに思えてなりません。


写真の説明

(写真1)納豆の糸の成分,ポリグルタミン酸に放射線照射して合成した納豆樹脂(左手前)と吸水後のハイドロゲル
(写真2)地球の砂漠化を納豆が救う