年頭所感


杉岡 洋一総長  明けましておめでとうございます。九州大学の教職員,学生の皆様は新年を迎えるに当たり,大きな抱負と希望を胸にされたことと存じます。

 昨年も,我が国は金融機関の破綻に始まる経済危機から脱することはおろか,省庁の不祥事も続発して「信頼の危機」は募る一方で,また景気浮揚を目的に国債の発行を余儀なくされ,先進国最大の借金財政を担うという,次世代に大きな負担を課す結果となりました。

 その一方で,国家財政の破綻から,国の将来を決する高等教育のあるべき姿が論ぜられることもなく,国立大学の民営化論から独立行政法人化の論議がなされました。これは,短期の経済効率,企業経営理念を高等教育に導入しようとする危険な短絡的思考であります。

 国立大学としても,従来のままの形であり得ないことは自明の理であり,常に変革を重ねてきましたが,多くの制約の中において動きも鈍く,必ずしも世間に強烈な印象を与えるものではありませんでした。私自身は,社会変化に応じて大学が変わるというより,大学が社会を変える主導的立場を保つべきものと思っており,日々より良いものを求める姿は研究そのものでもあり,大学にとって改革は不得意ではないはずです。 また,国立大学の社会への貢献を含めたアカウンタビリティーの不足が,世間一般の理解から遠く乖離(かいり)する結果を招いたことは大いに反省させられました。

 去る10月26日に大学審議会において「21世紀の大学像と今後の改革方策について」の答申がまとめられました。本学では,すでにこの中のかなりの部分を先取りした形で進めておりますが,全国的にみて,自己点検・評価の不十分なことが強く指摘され,第3者機関による国立大学の評価と,それに基づく資源配分が平成12年度にも実行に移されることが示唆されております。

 先端的研究を志向する大学院重点化大学は厳しい競争環境に置かれ,一段と高いハードルが課せられることになります。一方,評価機構は多彩な専門分野での正当な評価能力をもち,透明かつ公平なものであるべきで,国大協でも特別委員会を設けて積極的な提案を行う予定であります。しかし,現代を超え未来を拓く研究において,すべてが現在の学問的常識で評価できるかというと,むしろ正しい評価を下せるものは限られる可能性があります。これは過去の歴史の中で,多くの正しい学説が排除された事実がそれを物語っております。

 学問には,目を奪われがちな応用科学と,地味で速効性に乏しいが重要な基礎科学の両輪があり,人文,社会学などを含めた基礎的研究は国家の施策として守られるべき分野であり,また教育への投資は国家百年の計で,短期効率で計ることのできないものであります。そこで個々の国立大学において,守るべき重要な基礎的研究分野は大学全体として擁護し,育成する姿勢を貫くことが不可欠であり,これが国家の将来を決め,その存亡を左右すると思われます。

 さて,このような極めて不安定な一年でしたが,本学自体としては順調な歩みを続けてきました。すなわち,P&Pの学際的研究の場として,「リセウム悠遠」が2月に竣工され,3月からは待望の新附属病院建設工事が進められております。また,大学院重点化は2年目の工学,医学系研究科と共に理学研究科,生物資源環境科学研究科が整備されることになり,人間環境学研究科も設置されました。移転では造成基本計画が決定され,市公社による実施設計に移っておりますが,同時に私の念願でありました,福岡市から糸島半島,唐津に及ぶ地域に九州大学学術研究都市を構築する推進協議会が,九経連を中心とした経済界,県,市,その他政府機関などと本学とで結成され,実質討議が進められております。また,100億円の土地購入費が補正予算で認められ,学内で未来型キャンパスやゾーニング計画などが着実に進行しております。

 さらに,本学の現状を学内外に御理解いただくための広報誌「九大広報」が創刊,本号で第4号を発刊し,自己点検評価の一環として,教官の教育,研究,社会連携における実績と自己記述型の自己指針がすでにホームページに公開されております。

 11月にはフランスのグルノーブル大,ストラスブール大との学生交流協定が調印され,本年より実施されます。また11月30日には,大韓民国 金鍾泌 国務総理が日韓閣僚懇談会の帰路来学,「韓日関係の過去と未来」と題して講演され,本学は名誉博士の称号を授与いたしました。警備の関係で約200名が入場できない不測の事態が生じるほど記念講堂は満席となり,将来の日韓関係を若い世代に託したいとの熱意から,総理が,学生諸君に直接語りかけたいと異例にも日本語での講演を決断されましたことは,誠に感銘深く,本学の歴史の一頁を飾る感動的な一日でありました。また,御自身油絵を嗜むなど芸術に御理解があり,歓迎の演奏を行った九大フィルの伝統と演奏にくり返し讃辞を述べられたのは,大変印象的でありました。総理は九州大学に対して特別の感慨をもっておられ,過去の歴史からも学術的に極めて重要な働きをなした本学に日韓の将来を託されたわけで,本学は今後もより一層アジアとの学術交流を深め,国際理解と平和の礎石としての役割を果たすべきことを痛感した次第であります。

 2度目のゴードンリサーチカンファレンスも成功裡に終了しましたし,中野三敏教授の紫綬褒章を始め多くの教官が輝かしい学術賞などを受けられました。学生諸君もC&Cで数々の優れた研究成果を挙げ,大学院理学研究科博士課程・佐藤禎治君が「化学用語に特化したデータベースの構築と日本語インプットメソッド用和英辞書の開発」で最優秀賞を,また九大フィルが第13回全日本大学オーケストラ大会で最高の大賞を受賞しました。スポーツの面では第37回七国立大学総合体育大会で3回目の総合優勝を成し遂げ,アメリカンフットボール部は平和台ボウルを,航空部は西部学生グライダー競技会でそれぞれ優勝を飾るなど,極めて活力に溢れた一年でありました。なお,図書館機能の整備充実,文系地区の講義室新営や環境整備と中央食堂の拡張工事,記念講堂内にファカルティークラブの設置などが行われております。大学の宝である学生諸君が自己を把握し,自ら求め,自らを高める意欲を持ち続け,確固たる考えを身につけた学問的にも人格的にも国際人として通用する人材に育って欲しいと願うものです。

 今年も我が国にとって決して容易でない,いや一層厳しい年となるものと思われますが,本学ではすでに進行中の大学院重点化とともに法・薬学研究科の整備,アドミッションセンター新設などの内示を受けており,今年の一層の飛躍が期待されます。本学は教育と研究の成果を常に世界に問う従来の姿勢を貫き,いかなる環境においても創造性と人間性に満ちた学問の基本を忠実に守っていくことで,「強くて,高い大学」を維持することを願って年頭の挨拶といたします。

九州大学総長     
杉 岡 洋 一