教育研究プログラム・研究拠点形成プロジェクト

「空間プロジェクト」シンポジウムを終えて


文学部助教授 遠城 明雄
 

「空間プロジェクト」シンポジウム風景
「空間」を通して

 平成9年度九州大学教育研究プログラム・研究拠点プロジェクト(P&P)Bタイプの「「空間」概念による人文・社会科学の方法論的統合」(研究代表者:納富信留文学部助教授,哲学)では,「時間」に比べて従来着目されることが少なかった「空間」概念を再検討することによって,人間,自然,社会に関して行き詰まりつつある現在の我々の認識を刷新するための足がかりを得ようという問題意識の下に,学内複数部局の若手研究者を中心にして積極的な研究・教育活動を展開してきた。

 平成9年度には,学内研究者による研究会を計5回開催し,各分野において「空間」という概念がどのように問題とされてきたのか等に関して活発な意見交換を図ってきた。こうした成果を土台として,平成10年度では学内研究会のほかに学外のスピーカーをお招きした研究会を二度ほど開催した。その1回目として,「風景論と空間論の現在」と題したシンポジウムを,6月20、21日(土・日)の両日にわたって箱崎文系講義棟において開催した。

 他分野の研究者が集うこのシンポジウムは,企画の段階から東京工業大学関係者と,社会学者と地理学者を中心にして結成された「空間論研究会」の方々の全面的なご協力を得て初めて可能になったもので,これだけ多分野の研究者が一同に会して「空間」をめぐる諸問題を論じる場を得たことはきわめて貴重な経験であったといえる。また両日ともに学内,学外から70名程の参加者を得ることができ,既存の学問分野の枠を超えた「空間」概念に対する関心の高まりを実感することにもなった。

 6月20日の第一セッションでは「風景を創る」という主題について,中村良夫(京都大学,土木・風景学)「反「構造」としての風景」と東京工業大学に所属される桑子敏雄(哲学)「「空間の豊かさ」と風景の創造」,山室恭子(日本中世史)「空間のゆがみと亀裂−歴史の原動力」,土肥真人(造園学)「近代空間誕生の系譜」のご発表をいただいた。とくに近代的風景や均質な空間の生成とそれを生み出す権力の問題,さらには身体感覚や視線にまつわる諸問題,またこうした近代的世界の前提となる前近代社会の形成と歴史変動といった広範な問題をめぐって議論が展開された。そして空間と風景を「創る」立場から,近代的な風景や空間概念の克服が理論的のみならず実践的な課題としても重要であることが確認された。なお同日の夕刻には,現在進行している福岡市内の大規模再開発地区を見学し,シンポジウムで議論となった問題の一部を現地で討論するという機会を持つことができた。

 

刺激的な問題提起

 6月21日の第二セッションでは「空間を再考する」という主題に関して,吉原直樹(東北大学,都市社会学)「地域研究における「場所」の意味」,吉見俊哉(東京大学,都市論・文化研究)「空間の政治学」,福田晴虔(人間環境学研究科,建築史)「空間を再考する」,石田修(経済学部,経済・政策分析)「国際経済空間の構造分析」の御発表をいただいた。とくに「空間」と「近代(モダニティ)」の諸問題が取り上げられ,従来とは異なる社会−空間のモデルを創造することが,人文・社会科学において重要な課題であるとの認識に基づいて,前日の議論も踏まえた総合的な討論が行われた。

 また同日の夕刻からは「空間論研究会」主催の発表会が行われ,姜尚中(東京大学,政治学・政治思想史)「丸山真男と国民の心象地理」と平川新(東北大学,日本近世史)「江戸の衛生と都市空間」の両先生に御発表をいただき,花田達朗(東京大学,メディア・コミュニケーション研究),水内俊雄(大阪市立大学,政治・社会地理学)両氏を中心にして,知識人における国民国家の観念と心象地理の連関,「公共性」の成立と「空間」の関連性というたいへん刺激的な問題提起に対して,午後8時すぎまで時間を忘れて熱心な討論が続けられた。

 

シンポジウムを終えて

 両日ともにフロアーとの質疑応答を含めて活発な意見交換がなされたが,必ずしも何らかの意見の収斂(しゅうれん)をみたわけではなく,また時間的制約や主催者側の力不足もあって,「風景」と「空間」という概念を多分野から論じることの難しさを再認識することにもなった。しかしながら自然と人間,技術,社会の関係性を見直すことが緊要の課題となっている現代世界において,「空間」や「風景」という問題構制が,既存のパラダイムの批判的な検討のうえに新たな視野を開きうるのではないかという感想を抱いたことも確かである。

 また「空間」を主題としたこれほど大規模なシンポジウムは九州は言うに及ばず,全国的に見ても今までになかったのではないかと考えられ,さらに九州という地から新しい問題認識に立った情報の発信を行うという点でも,今回のシンポジウムは一定の役割を果たし得たのではないかと思われる。最後にこうしたシンポジウムを可能にしていただいた学外,学内の協力者の皆様方に深く感謝すると同時に,今後もこのような情報発信を続けていくために今まで以上に皆様方の参加と御協力を得ることができればと思います。