生体ドミノ肝移植 〜 14時間45分の命のリレー 〜


 九州大学医学部附属病院で,平成11年7月26日(月)から27日(火)にかけて,大学内外が注目するなか,世界で2例目となる「生体からのドミノ肝移植」と呼ばれる手術が行われました。


生体ドミノ肝移植とは
生体ドミノ肝移植とは,  
 健康なAさんの肝臓の一部を切って病気のBさんに移植し,そこで取り出されたBさんの肝臓を,より重い病気であるCさんに移植するものです。移植が連続して行われるので,このように呼ばれています。肝臓には切っても元の大きさに戻る復元力があるため,生体(生きている人)からの移植が可能なのです。

■緊急避難
 生体ドミノ肝移植によってCさんへ移植されるBさんの肝臓は,アミロイド・ポリニューロパシー(FAP)という病気の肝臓です。FAPとは,肝臓が特殊なタンパク質を作り,それが体内に沈着して神経などをむしばみ,20年から30年で発症し,発症から10年ほどで死に至る可能性もある難病ですが,肝機能そのものは正常とされています。そのため,さらに重い病気の患者Cさんへ,緊急避難的にFAPの肝臓を移植するのです。その際Cさんが,自分に移植されるBさんの肝臓はFAPという病気の肝臓であり将来発症する可能性があることを了承していることが前提となるのは,言うまでもありません。

■ガン患者のために
 1995年にヨーロッパで初めて実施されこれまで40例以上行われているドミノ肝移植は,いずれも脳死移植から始まるものでした。生体からのドミノ肝移植は,今年7月9日から10日にかけて京都大学で初めて行われ,今回の九大の手術が2例目でしたが,レシピエント(移植によって臓器を受ける人)を肝臓ガン患者とするのは今回が初めてでした。
 今回のドミノ肝移植は,脳死を前提とする臓器移植法(平成9.10.16施行)の対象とならない点や,レシピエントの選定を日本臓器移植ネットワークに依頼せず,自ら基準を定めて行った点でも社会的な関心を集めました。日本臓器移植ネットワークは,脳死からの臓器移植と心臓死からの腎臓移植の患者(レシピエント)を斡旋する機関ですが,ガン患者はほかの臓器への転移が考えられることなどから登録順位が下がり,移植を受けにくくなります。このため九州大学医学部倫理委員会は,「生命の危険に対する緊急避難的な措置」として,ガン患者に対する「生体ドミノ肝移植」の実施を承認しました。

■マスコミの反応
 新聞やテレビは,これによって肝臓ガン患者の治療法の選択肢が広がったとするとともに,九大が独自に定めたレシピエントの選定基準を公表すべきであること,Cさんは移植を受けてもFAP発症の危険が伴うこと,FAP患者が潜在的ドナー(移植される臓器を提供する人)となって肝臓提供を拒めなくなる恐れもあり,自発的な提供の申し出がドミノ移植の前提となるべきことなどの意見も報じました。
 

手術までの経緯

平成11年1月21日
 第二外科の杉町圭藏教授が,「FAP患者の摘出肝臓を用いたドミノ肝移植の臨床応用」を医学部倫理委員会に申請。

4月9日,21日
 医学部倫理委員会は9日,「生体ドミノ肝移植」の実施を「生命の危険に対する緊急避難的な措置」として条件付きで承認。21日の医学部教授会に報告,了承された。
 医学部倫理委員会は,レシピエントを,日本臓器移植ネットワークに登録できず移植のほかに治療法のない重度の原発性肝臓ガン患者に限定したほか,次のような条件を付した。
 (1)病院内に独自のレシピエント選定委員会を設置する。
 (2)ドナー及びレシピエント並びにその家族のプライバシーを保護する。
 (3)公正さと公明さを確保する。
 (4)インフォームド・コンセント(十分な説明によって患者の同意を得ること)を適正に実施する。

5月26日
 レシピエント選定小委員会設置。関係規程改正。

6月8日,15日,21日,28日,7月5日,14日
 レシピエント選定小委員会開催。

7月19日
 肝臓移植委員会は,レシピエント選定小委員会の作成した選定基準を承認。ドミノ肝移植の実施に向けた作業が開始された。

杉町教授の談話
 26日に,FAP患者である女性へ弟さんからの生体肝移植を予定している。この女性が,自分の肝臓の有効利用を望んでおられ,できれば,同日その肝臓を別な患者さんに移植したい。提供を希望される一つの肝臓も無駄にしたくないし,一つでも多くの命を救うことができればと思う。

7月21日
 肝臓移植専門小委員会が,レシピエント候補者のドミノ肝移植への適応について審査。これを受けて,レシピエント選定小委員会がレシピエントの選定作業を行った。

 

7月22日
 肝臓移植委員会が開催され,最終的にレシピエント一人が決まった。

ドミノ肝移植手術進行状況

 

手術終了・そして
執刀開始

7月26日-27日
 手術。

8月6日
 Aさん退院。

8月25日
 午前にBさんが,午後Cさんが関係者に見送られて退院。

仁保病院長の談話
 一つの命が助かったことへの喜びと感謝をもって,BさんとCさんが本日退院されることを御報告する。Cさんを見て,ガンと戦う戦略が新たにひとつ加わったと思った。

 

 ※ 情報提供に御協力くださった第二外科はじめ九大病院関係者,特にAさん,Bさん,Cさんに感謝申し上げます。