釜掛けの松
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天正15年6月,秀吉は来るべき高麗への進軍基地を整備するために博多に滞在した。6月18日に は利休が,箱崎松原の海よりの道の南,夷堂の東北にあたるところで,松の枝に鎖をかけ,雲龍の 小釜を吊り,松葉を焚いて,さわさわと湯をわかし,茶をたてて秀吉に奉った。貝原益軒の『筑前 国続風土記』には,「今も其所に老松十株許あり。其松を後人利休松と称す。其辺の松原を御茶屋 松原と名付く」とある。現在九大医学部構内に,この事跡を伝える「釜掛松」の碑がある。この碑 は大学の都合により,原地点から東におよそ250メートルほど移されている。
出典引用「ふくおか歴史散歩」
昭和52年3月31日発行
編集:福岡市市長室広報課
発行:福岡市