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や、海外を行き来する中で生じる時差ぼけなどが、体内時計を狂わせる要因です。ですから、国際線のフライトアテンダントのような職業の人は、リズム障害があり、それによって乳がんや前立腺がんの発症リスクも上がることが統計的にわかっています。坂田 次に時間治療についてお聞きしますが、いつ頃から研究されるようになったのでしょうか。大戸 1950年頃から分析技術が発展し、時間治療の研究が注目されるようになりました。しかし、時間生物学の研究者の多くは、生体に存在するリズムのメカニズムに興味があっても、外から与えた薬の反応を研究するのは邪道とする考えが深く根付いていて、この分野の研究はあまり進んでいませんでした。それが、時計遺伝子の発見によってさまざまな可能性が見え始め、この十数年は研究が活発になっています。坂田 時間治療はどの程度、医療の現場に導入されているのでしょうか。大戸 時間治療は〝時間治療〞と意識することなく、さまざまな治療の中に取り入れられています。例えば、薬の副作用を考慮して、朝に大量投与して夜は少量投与に抑えるなど、薬に対する感受性や病態の一日のリズムを考えて、量やタイミングを調整しています。また、喘息の発作のリスクは、一般的に朝方の4時頃に数百倍高まると言われていることから、個人の呼吸機能を診断してリスクが高まる朝方の時間帯に薬を投与し、大きな効果を得ようとしています。しかし、毎日夜中の3時に起きて投与するとなると不眠症になりかねません。そこで現在は、夕方に飲んでおいて数時間後に薬を放出するといった製剤が使われています。坂田 時間治療はがん予防や治療にも有効とお聞きしましたが、現在どのような研究が行われているのでしょうか。大戸 昔からがん細胞の抗がん剤に対する感受性には「時刻」の違いにより変動があることがわかっていました。 がん細胞の増殖には、トランスフェリン受容体というタンパク質が関わっています。私たちは、トランスフェリン受容体が約24時間のリズムを持っており、時計遺伝子の制御下で、がん遺伝子(c-myc)によって制御されていることを突き止めました。さらにマウスを使って、トランスフェリン受容体の発現量を測定したところ、夜の9時坂田  先生のご研究は「体内時計」を利用した「時間治療」と伺っています。体内時計という言葉はよく耳にしますが、どのようなものなのか、簡単にご説明いただけますか。大戸 生体には元来、昼間起きて夜休むといった睡眠覚醒サイクルなど、生理機能の恒常性を保つためのリズミカルな動きがあります。それを制御しているのが脳に存在する体内時計です。体内時計は視神経が交差する視交叉上核(SCN)に位置し、時計遺伝子により制御されています。昔から遺伝子の関与については指摘されていましたが、哺乳類において時計遺伝子の存在が明らかになったのは、1997年です。坂田  体内時計が狂うということはあるのでしょうか。またその要因はどのようなことが考えられますか。大戸 遺伝的要因のほかに、生活環境でも体内時計は狂います。交代制勤務など昼と夜が逆転した生活8  Kyushu University Campus Magazine_2013.9薬に対する感受性や病態のリズムを考慮した「時間治療」。人の生理機能を正常に保つ「体内時計」。がん治療にも有用性が高く、今後の研究に期待。Front Runner :大戸 茂弘

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