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概要

九大広報Vol.97

――それはどのような点が似ているのでしょうか。入江:電話は、100年以上の歴史を持った、誰がかけても安定しているシステムですよね。かけ方も決まっていて、外国にかけることもできます。一方、インターネットは、ごく最近できたシステムで、電話よりもはるかに柔軟で、いろいろな使い方ができます。会社の隣同士の席でチャットを使って会話することも可能なら、留学している人とインターネット電話を使って会話をしたり、国際会議をしたりといった具合です。でも、信頼性という観点では電話の代替が完全にできるわけではありません。ローマ時代から続く裁判が電話であるなら、現代の調停は、柔軟で使い道もたくさんあるけれども、未熟なところもあるという点で、インターネットのようなものです。インターネットがおもしろいように、調停は現代社会の問題解決ツールとして新しくておもしろいと思っています。アメリカで出会った調停機関の人々に惹かれて。――どのようなきっかけで調停を研究されるようになったのですか。入江:私はもともと理系出身の人間で、民間のシンクタンクで12年間働いていました。そのシンクタンク時代に、経済産業省の依頼を受けて調停人の人材育成の調査をやることになったのです。私は専門ではなかったのですが、たまたま業務が空いていたという理由だけでやることになりましてね。その仕事でアメリカの調停機関をインタビューする機会があったのですが、そこで出会った方々がとても魅力的だったのです。アメリカ人らしい押しの強さがあるわけではなく、人の話をじっくり聞きます。パワーとお金と論理で相手をやっつけるようなアメリカの文化とは異質なものを感じました。彼らとの出会いをきっかけに、調停にのめり込みまして、会社も辞めて法学の大学院に入ったというわけです。日本の調停制度の問題点は人材育成にある。――法学というのは、外国の制度や理論を日本と比較する研究が多いのですが、入江先生はやはりアメリカが対象となりますよね。アメリカと日本の調停の違いについてお話いただけますか。入江:日本の調停にもおもしろい歴史はあります。私の著書『現代調停論』でも、歴史を含めた日本の話を随分書いています。ですが、アメリカの1960年代以降のモデルが、アジアを含めて世界的に広がっています。日本はその影響を受けつつも、まだ中途半端ですね。一番大きな違いは、調停人の人材育成の部分だと考えています。誰がどのようなやり方で調停を進めていくのか、その考え方や育成のシステムには大きな違いがあると感じています。――やはり、人材育成には技法やマニュアルの整備など、やるべきことは多いと思いますが、入江先生は日本の調停の現状に対して、アメリカ法の研究からどのようなことを学ぶべきだとお考えですか。入江:例えば同席型の調停をするか、別席型の調停をするかといった実践のやり方の違いが議論されることもありますが、まずは、どのような理念で話し合いの構造や枠組みを定義して、どのように教育するかだろうと思います。裁判所の方々は「そんなことはない」とお怒りになるでしょうが(笑)、日本の調停制度は人材育成がされていないに等しいのが現状です。昔ながらの、立派な調停人に委ねることにエネルギーを割いていて、その方々にやり方をお任せしている段階に止まっているのが日本の調停です。ある意味、そういう人たちの我流のやり方に委ねられているわけです。調停は裁判とは違う理念と構造を持った手続ですから、アメリカを含めた世界の基本的な流れでは、裁判官を含めて紛争解決手続に関わる人たちは皆調停固有のやり方を学ぶ必要があると考えられています。学んだことをもとに、自分なりに工夫することは許容されますが、一定のフレームワークをしっかり学んでいるかどうかという点は大きな違いですね。日本の調停制度も急には変わらないにしても、少しずつ変えることは可能だと思っています。そして、日本の社会にあった現代調停の仕組みを作れる日が来ることを願い、私は、その条件整備をやっていきたいと思っています。▲インタビューに答える入江准教授。▲2013年1月に出版された入江准教授の著書『現代調停論~日本ADRの理念と現実』。10 KYUSHU UNIVERSITY Campus Magazine 2015.01