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概要

九大広報Vol.97

遺伝子Irf5タンパク質IRF8タンパク質IRF5タンパク質IRF5核ATPATP受容体P2X4活性化型ミクログリア細胞神経細胞触刺激感覚異常遺伝子P2xr4特別な因子―― そこから神経障害性疼痛へと繋がっていくわけですね。井上:痛みというのは、一般的にはモルヒネで抑えることができるのですが、世の中にはモルヒネでも抑えられない痛みが存在します。そのひとつが神経障害性疼痛です。何よりもおかしな現象として、肌触りが心地よいはずの絹のガウンが肌に触れるだけでも痛みを感じます。このような痛みに効く薬がないために、苦しんでいる患者さんがたくさんいらっしゃると聞いて、いい薬が見つからないのは発症メカニズムがよくわかってないからだろうと考えたのです。そこから、神経障害性疼痛の発症メカニズムについてみんなで研究するようになりました。―― それまでほかの研究者は取り組んでいなかったのですか。井上:神経障害性疼痛の痛みについては、世界中で研究されていました。ただ、痛みは神経から来るものですから、神経細胞に集中して研究されていたのです。いろいろな説が出ても、的を射たものがなくて、どれも不完全な説でした。―― 井上先生は、まったく別の視点から仮説を立てて取り組まれたのですか。井上:いや、実は偶然の産物なのです。僕たちの研究グループは、痛みについて研究する者もいれば、一方で脳や脊髄の免疫細胞と呼ばれるミクログリア細胞について研究を進めている者もいました。実はミクログリアの研究は、やりたくて進めていたわけではなくて、僕の兄貴分的な研究者の高坂新一先生(現・国立精神・神経医療研究センター神経研究所所長)に言われて渋々やっていた研究です(笑)。ところが、ある時、痛みを研究していた津田誠先生(現・薬学研究院ライフイノベーション分野教授)から「神経障害性疼痛のモデル動物の脊髄でミクログリアが活性化している」と報告があったのです。そこで別々に研究をしていた痛みとミクログリアが結びついたんですよ。その報告データを見たときには、鳥肌が立ちました。これはすごい発見だ、と感動しましたね。そして、それから一所懸命研究を重ね、2003年の『ネイチャー』誌で成果を発表しました。それ以来、世界中で研究が進められるようになり、痛みとミクログリアの関係は、ひとつの大きな研究トレンドになっています。痛みによる人格破壊を薬によって救いたい。―― 先生は以前、痛みには「いい痛み」と「悪い痛み」があるとおっしゃっていましたよね。井上:「いい痛み」は生体の警告系として働いていて、危ないところから逃げたり、どこに病気があるかを知らせてくれたりするものです。ところが、神経障害性疼痛は、傷が癒えた後に出てくることがあります。傷はすっかり治って表面的には悪いところがまったく見えなくても、なぜか痛い。それは生体の生理的な意義がない「悪い痛み」で、抑えてやった方がいいのです。―― 病気と闘おうとしていても、そのような痛みがあると気持ちが萎えてしまいますよね。井上:まったくそのとおりです。歯が痛いだけでも人生最悪のような気分になりますからね(笑)。社会的な地位があって、周りから尊敬を集めているような人でも、末期の癌によるとんでもない痛みで人格を崩して、ぐちゃぐちゃになってしまうこともあると聞いています。僕自身も痛みに弱いので、人生の最後に痛みで苦しんで、人格を失うのは嫌だなと。僕自身を井上和秀として最終章を迎えさせるた九州大学は、痛みの分野では日本一進んでいると思いますね。神経損傷を起こしているミクログリア細胞では、タンパク質IRF8の増加によりI RF5の生産が増加し、細胞膜上にATP受容体P2X4が大量に現れる。ここで、細胞外のATPがP2X4に結合すると、ミクログリア細胞から特別な因子が放出され、それが神経細胞へ作用し、皮膚などへの触刺激が激痛に感じる感覚異常(神経障害性疼痛)を生じる。井上理事・副学長が発見した神経障害性疼痛の発症メカニズムKYUSHU UNIVERSITY Campus Magazine 2015.01 05