研究紹介
人間環境学研究院助教授 遠藤利彦
心の発達と親子関係

 私の専門は,一言で言えば発達心理学です。 その中でも,特に,どのような親子関係あるいは家族関係の下で, 子どもの社会情緒的な発達(主に対人関係の側面に現れる情緒的側面の発達のこと)が いかなる形で進行するのかに興味の焦点があると言えます。

 こうした領域のキーワードとして,しばしば「愛着」という術語が挙げられることがあります。 これは,元来,誰か特定の対象にとにかく「くっつこうとする」傾向, あるいは特定対象との近接関係を維持しようとする傾向を意味する言葉です。 生まれて間もない人間の乳幼児は,他の生物種に比べて際立って, 特に栄養摂取や運動能力という点で未熟であり, そばに養育者等の存在がなければ,ほとんどの場合,すぐにでも息絶えてしまうでしょう。

 だからこそ,この愛着というものが際立って重要になる訳ですが,この愛着には, 非常に難しい側面があるのも事実です。 それは,1 人の側に誰かにくっついていたいという強い気持ちがあっても, 相手側が常にそれを受け入れてくれるとは限らないということです。 大人であれば,すぐにでも諦めて他の人に気持ちを切り替えることもできるでしょう。

 しかし,赤ちゃんは,いくら何にもしてくれない親だからといって, その親自体を変えることなどできるはずがありません。 ここに親子関係の本質的な問題があります。 子どもは,どんなに不適切な親との間でも,最低限,「くっついていたい」という欲求, そして安全・安心でありたいという欲求を満たせるよう,ふるまわざるを得ないのです。

 例えば,子どもが泣けば泣くほど,それをいつも嫌がって離れていく親がいるとします。 こうした場合,子どもは大概,泣くことを止め, あえて回避的な態度を親に対してとるようになると言われています。 無理にくっつこうとしてどこかに行かれてしまうくらいなら,ぴったりとくっつけなくとも, とにかくその場にいてもらった方がいいという選択をする訳です。

 あるいは,時々は,とてもやさしく接してくれるけれども, その一方で,気まぐれにふらっとどこかに行ってしまったりする親がいるとします。 こうした場合,子どもは大概,親の存在にいつも用心深くなり, 親がちょっとでもどこかにいなくなりそうな素振りを見せると, 激しく泣きや怒りなどの感情をあらわにするようになると言われています。 気まぐれで予測がつかない親を自分の方からコントロールしようとして, とにかくべたべたしたり,泣きわめいたりして,親を自分の近くに置いておこうとする訳です。

 愛着の研究者たちは,こうした幼い頃の子どもと親の関係のパターンが, 子どものその後の対人関係の基礎となり, ひいてはパーソナリティの形成にも影響を及ぼすと考えました。 現在それを検証すべく様々な研究が行われている訳ですが,特に問われているのは, 愛着の質は本当に生涯に亘って連続するのか,そして, 愛着の質は世代を超えて親から子へと繰り返されることがあるのかという問題です。

 私が取り組んでいるのは,特にこの後者の問題,もっと具体的に言えば, 人は自らが育てられたように子どもを育てるようになるのかという問題です。 従来,こうした世代間伝達の問題は専ら欧米圏においてのみ研究されてきました。

 私は,現在,茨城大学の数井みゆき先生と共同で日本で初めて この世代間伝達に関する体系的な研究を進めています。 そして,現在までに親の愛着の質がかなりのところ その子どもにも引き継がれていくという結果を得ています。 また,何かおもしろい結果が得られましたら,またこの場を借りてご報告したいと思います。

(えんどう としひこ 心理学)

「お詫び」
第11 号の「学部長からのメッセージ」で,先生のお名前に誤りがありました。
坂井克己先生(農学部長)は,「さかい こっき」
桑野信彦先生(医学部長)は,「くわの みちひこ」が正しい読み方です。
お詫びして訂正いたします。

前のページ ページTOPへ 次のページ
インデックスへ