マイホームは海が見える場所に。 やっぱりいつも波が 気になってるんでしょうか。(石橋)

 大学の研究教育活動は、たくさんの 人々に支えられています。”技官“と呼 ばれる人たちもその中にいますが、彼ら の活動が表に出ることはあまりありませ ん。しかし実は、今回ご紹介するお二人 のように、研究室の要として大活躍する 方も少なくないのです。

対馬のプロジェクトでは 不動産屋まで

Q こちら(筑紫地区キャンパスの応用力学 研究所)では、現在どんなお仕事をされ ているのでしょう。

丸林:増田先生(増田章応用力学研究所 附属力学シミュレーション研究センター 長・教授)の海洋物理に関する研究の周 辺が、私たちの仕事場になります。先生 の頭の中では、研究は三位一体。観測と 理論、その間をつなぐのが室内実験とい うわけで、私たちはそのうちの二つ、観 測と実験の仕事をサポートしています。 最近の大きな仕事は、対馬の海洋レーダ ー設置に携わったことです。

Q 対馬とはまた活動範囲が広いんですね。

丸林:なぜ対馬かといいますと(資料が さっと出てくる)、周囲が閉じた形の日 本海は外海の影響を受けにくく大きさが 手頃で調べやすい。その上、ミニ大洋の 性質を持っているので、海洋と気候変動 の関係を調べるにはうってつけなのです。 その入り口である対馬海峡の流況を知る ことが、日本海研究の第一歩である ……とまあこれは増田先生の受け売りで すが(笑)。
(こちらの質問を先に読んでいるように、 的確で詳しい情報を次々に提供してくれ る丸林さん。その横で石橋さんはニコニ コと微笑んでいる。)
丸林:ふだんわれわれは機械を相手にし ていればいい訳ですが、対馬ではレーダ ーを据え付ける土地探しから始めなけれ ばならず、石橋君と一緒に島中まわって、 素人の不動産屋のようなことまでやりま した。
石橋:(当時を思い出すような顔で)何 しろ山ばかりですから。
丸林:そう。対馬はほとんどが山で、レ ーダーを据える平たい空き地がなかなか ない。
石橋:この土地探しは、今年定年で退官 された草場忠夫助教授を中心にスタート しました。対馬に四ヶ所と壱岐・志賀島 にそれぞれ一ヶ所の土地を探しました。 この土地探しでは多くの方にお世話にな り、特に対馬在住の田村健二氏と井忠義 氏には土地の案内以外にもいろいろな場 面でお世話になりました。
丸林:この土地を探すのにはとても苦労 しました。まあ、いい思い出でもあるの ですが。

Q そのレーダーは、現在は どんなふうに使われているのですか。

石橋:測ったデータは、毎日一回この部 屋のコンピュータに送られてきます。レ ーダーへの指令もこちらから出していま すから、ここは中央指令基地のようなも のです。何かあったらすぐ現地に飛んで 行きます。だからつい波が気になってし まいます。マイホームには、海がよく見 える場所を選んでしまいました。
丸林:(資料を指して)対馬海峡を流れ る海流図が、こんなふうに一時間ごとに できていきます。特に潮流(潮汐:ちょうせき)は、 一度精密に測ればその結果がずっと使え ます。日本沿岸各地の潮流をレーダーで 測って廻れば「日本沿岸実測潮流図」が できあがるそうです。そうなれば「平成 潮流版の伊能忠敬だ」と増田先生は言わ れます。

何でもまず 自分で作ってみたい

Q いろんなことをされるお二人ですが、 もともとの専門は、電気だそうですね。

丸林:二人ともそうです。電気で公務員 試験を受けて、九大の技官になりました。

私が五年先輩ですが、上下関係という感 じはありません。私が鉄工所のようにメ カ部分を作って、石橋君がコンピュータ 関係を担当しています。どんな具合に分 業しているかは……あの水槽を見てもら えばよくわかりますよ。(と、別棟の” 海洋環境シミュレーション水槽“に案内さ れました。六十メートルを超えるこの巨 大なプールでは、自然の海に近い条件で、 波と風を人工的に起こして観測すること ができます。)
丸林:設計・製作は私の受け持ちで、自 動計測や波・風をコントロールするため のプログラミングは石橋君の担当です。 石橋:波の高さを電気で測る波高計とい う測器が必要なんですが、何ミリの高さ が何ボルトになるかというのをきちんと 出しておかなくてはいけない。コンピュ ータ制御による自動検定装置のメカ部分 を丸林さんが作って、私が電気回路とコ ンピュータ制御を担当しました。この水 槽は自分たちの手作りによる自動計測運 転をしています。自分たちが作ったので 修理は簡単です。ただし、ほとんど故障 しませんが…。
丸林:以前から現象を電気信号に変える センサーに興味があったのです。センサ ーの開発・改良ができたら研究が一歩進 みますから。見えないものを見るという ことは、何か夢があるじゃないですか。

Q 何でもまず「手作り」ですか。

丸林:業者に外注してしまうという手もあるのですが、 それだと時間はかかるし、細かい調整が難しい。欲張りですから、最初は 自分たちで作ってみたい、という気持ち がいつもあります。他人がしていないこ とをするのは、大変ですけど楽しいです からね(笑)。
石橋:自分たちでやると経験として残り ますし。
丸林:自分で作れば、発注する時に値段 の見当がつくでしょう。それに、下地が あるから次にはもっといいものができ る。(と、別の水槽がある部屋へ。そ の”沿岸・陸棚域海洋環境実験水槽“で は、縦横の波や暴風クラスの風までが自 在に作り出せるとか。)
丸林:さっきの水槽の波は二次元です が、これは三次元。私たちのノウハウを 全部注いだ集大成です。この波消し(打 ち寄せた波が反射して戻るのを消す装 置)は工夫しました。私たちは、波を起 こして、測って、消すところまでは誰に も負けないと思っています。世界でも絶 対負けないと。…たぶん、ですが(笑)。 だって癪じゃないですか、自分が責任を 持った部分のせいで、データがきちんと 取れなかったりしたら。

先生にいい論文を 書いてほしいから

Q 研究室の増田先生とは、ずいぶん長いお 付き合いだそうですが。

丸林:増田先生は、その前の光易先生 (光易恒九州大学名誉教授)の時に助手 で来られて以来のお付き合いです。
石橋:もう二十数年になります。
丸林:波の研究は、光易先生から増田先 生へと続いています。ずっと知ってます から、このセンター(増田教授がセンタ ー長を務める、力学シミュレーション研 究センター)を立ち上げる時に、「どう する? 付き合うなら立ち上げるけど」 と言われて、断り切れなかったのです。 私も石橋君も。
石橋:先生は、アイデアがどんどん湧い てくる方なのですが、こっちにしてみる と「それ、誰がするのですか?」(笑)。
丸林:「私がやるのですか?」(笑)。

Q 今までにもいろんな仕事をこなしてこら れましたね。何でも頼めばやってくれる、 となると、あれもこれもとなりませんか。


丸林:やれる時はやりますが、やれない 時は簡単には「はい」と言いません。 「うーん」と一週間くらい(笑)。でも、 技術面でのサポートが我々の仕事だと思 っています。先生には研究をメインでや っていただきたい。先生がそこまでする と、時間がもったいないです。前の先生 は海洋研究の大きな賞を貰われました が、増田先生もいい論文を書いて、いつ かはきっと……。
石橋:多くの研究テーマを請けているの ですが、今の最優先の仕事は、津屋崎沖 の海洋観測ステーションで行う三つのテ ーマの計測です。海での仕事は天気次第 で、夏のこの時期を逃すとできなくなる ので。
丸林:でも難しい仕事のみが残っている ので、よほど腹をくくってやらないと。
石橋:でもまあ、たいていはうまくいっ ているようです。
丸林:増田先生はじっくり考えて実験に かかるタイプですので、私たちもよーく 聞いて、先生のイメージどおりにできる かできないかを考えて返事しなくてはい けません。

Q 先生以外の若い研究者や 院生に望むことは。

丸林:ここ(応用力学研究所)は物理系 で理論の方が主ですから、実験の現場に 出る若い人が少ない。本当は、現場で私 たちが失敗するところを見てくれるとい いのですが……。

Q 失敗、を見せるんですか。

丸林:失敗の数が先々への財産になるの ですよ。それが多いのが私たちの武器で す。そう思うと、失敗しても落ち込まず にすみます。

Q ……深いですねえ。現在のお仕事にとて も愛着と誇りを持っていらっしゃるんで すね。

丸林:はい。研究者になりたいとは思い ません。今の仕事に大いに満足していま す。
石橋:人間関係で嫌な思いをしたら、ど んな仕事も楽しくなくなる訳ですけど、 この職場はそういうこともないですから。

Q でもいつも一緒だと、お互いに「もうち ょっと頑張ってくれよ」と不満を感じた りなさらないんですか。

丸林・石橋(顔を見合わせて)そりゃ あもう、しょっちゅうです(爆笑)。

失敗の数が財産です。 それが多いというのが私たちの武器。 学生さんにも失敗するところを 見てほしいのですが。(丸林)

教授談 うちの研究室の宝です
応用力学研究所附属力学シミュレーション
研究センター長 増田章(写真中央)
 とにかく素晴らしい ですよ、あの二人は。周 囲の先生方も皆さんそうおっしゃいます。これ までいろいろな実験で、装置の製作や維持の仕 方など様々なアイデアを出して くれていますが、それが特許クラスなん ですから。最近も国際会議で、去年やっ たものすごく長時間水槽を使う実験を褒 められました。「お前のところは、よくそ んなに長いこときちんと動く装置を持っ てるな」というわけです。いや技官の人 たちが優秀だから、と言いましたよ。力 学シミュレーション研究センターを立ち 上げたのは、あの二人がいればできると 思ったからです。海洋レーダー事業も、 彼らなしでは考えられなかったでしょう。 実際には予想以上に大変な作業が次々と 出てきたのですが、技術面の他に、大学 の事務の方と一緒に渉外までやってくれ ました。雑用、と彼らは言いますが、 それを越えないと研究は前に進みません。
 技術や事務の優れたスタッフを育てよ うとせずに、研究者の数ばかり増やす風 潮には、疑問を感じますね。ああいう人 たちがいないと、お金ばかりかかってか ゆい所に手が届かない外注に頼らざるを 得なくなる。学問には細かい試行錯誤が 不可欠なのに、そのたびに外注していた らやってはいけません。
 二人の組合せも実にいい。丸林さんは 話し好きで動のタイプ。石橋さんは茶道 が趣味の静のタイプ。あの二人に当たっ た私は運が良かったと感謝しています。 うちの研究室の先代からの宝ですね。

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