私が五年先輩ですが、上下関係という感
じはありません。私が鉄工所のようにメ
カ部分を作って、石橋君がコンピュータ
関係を担当しています。どんな具合に分
業しているかは……あの水槽を見てもら
えばよくわかりますよ。(と、別棟の”
海洋環境シミュレーション水槽“に案内さ
れました。六十メートルを超えるこの巨
大なプールでは、自然の海に近い条件で、
波と風を人工的に起こして観測すること
ができます。)
丸林:設計・製作は私の受け持ちで、自
動計測や波・風をコントロールするため
のプログラミングは石橋君の担当です。
石橋:波の高さを電気で測る波高計とい
う測器が必要なんですが、何ミリの高さ
が何ボルトになるかというのをきちんと
出しておかなくてはいけない。コンピュ
ータ制御による自動検定装置のメカ部分
を丸林さんが作って、私が電気回路とコ
ンピュータ制御を担当しました。この水
槽は自分たちの手作りによる自動計測運
転をしています。自分たちが作ったので
修理は簡単です。ただし、ほとんど故障
しませんが…。
丸林:以前から現象を電気信号に変える
センサーに興味があったのです。センサ
ーの開発・改良ができたら研究が一歩進
みますから。見えないものを見るという
ことは、何か夢があるじゃないですか。
Q
何でもまず「手作り」ですか。
丸林:業者に外注してしまうという手もあるのですが、
それだと時間はかかるし、細かい調整が難しい。欲張りですから、最初は
自分たちで作ってみたい、という気持ち
がいつもあります。他人がしていないこ
とをするのは、大変ですけど楽しいです
からね(笑)。
石橋:自分たちでやると経験として残り
ますし。
丸林:自分で作れば、発注する時に値段
の見当がつくでしょう。それに、下地が
あるから次にはもっといいものができ
る。(と、別の水槽がある部屋へ。そ
の”沿岸・陸棚域海洋環境実験水槽“で
は、縦横の波や暴風クラスの風までが自
在に作り出せるとか。)
丸林:さっきの水槽の波は二次元です
が、これは三次元。私たちのノウハウを
全部注いだ集大成です。この波消し(打
ち寄せた波が反射して戻るのを消す装
置)は工夫しました。私たちは、波を起
こして、測って、消すところまでは誰に
も負けないと思っています。世界でも絶
対負けないと。…たぶん、ですが(笑)。
だって癪じゃないですか、自分が責任を
持った部分のせいで、データがきちんと
取れなかったりしたら。
先生にいい論文を
書いてほしいから
Q
研究室の増田先生とは、ずいぶん長いお
付き合いだそうですが。
丸林:増田先生は、その前の光易先生
(光易恒九州大学名誉教授)の時に助手
で来られて以来のお付き合いです。
石橋:もう二十数年になります。
丸林:波の研究は、光易先生から増田先
生へと続いています。ずっと知ってます
から、このセンター(増田教授がセンタ
ー長を務める、力学シミュレーション研
究センター)を立ち上げる時に、「どう
する? 付き合うなら立ち上げるけど」
と言われて、断り切れなかったのです。
私も石橋君も。
石橋:先生は、アイデアがどんどん湧い
てくる方なのですが、こっちにしてみる
と「それ、誰がするのですか?」(笑)。
丸林:「私がやるのですか?」(笑)。
Q
今までにもいろんな仕事をこなしてこら
れましたね。何でも頼めばやってくれる、
となると、あれもこれもとなりませんか。
丸林:やれる時はやりますが、やれない
時は簡単には「はい」と言いません。
「うーん」と一週間くらい(笑)。でも、
技術面でのサポートが我々の仕事だと思
っています。先生には研究をメインでや
っていただきたい。先生がそこまでする
と、時間がもったいないです。前の先生
は海洋研究の大きな賞を貰われました
が、増田先生もいい論文を書いて、いつ
かはきっと……。
石橋:多くの研究テーマを請けているの
ですが、今の最優先の仕事は、津屋崎沖
の海洋観測ステーションで行う三つのテ
ーマの計測です。海での仕事は天気次第
で、夏のこの時期を逃すとできなくなる
ので。
丸林:でも難しい仕事のみが残っている
ので、よほど腹をくくってやらないと。
石橋:でもまあ、たいていはうまくいっ
ているようです。
丸林:増田先生はじっくり考えて実験に
かかるタイプですので、私たちもよーく
聞いて、先生のイメージどおりにできる
かできないかを考えて返事しなくてはい
けません。
Q
先生以外の若い研究者や
院生に望むことは。
丸林:ここ(応用力学研究所)は物理系
で理論の方が主ですから、実験の現場に
出る若い人が少ない。本当は、現場で私
たちが失敗するところを見てくれるとい
いのですが……。
Q
失敗、を見せるんですか。
丸林:失敗の数が先々への財産になるの
ですよ。それが多いのが私たちの武器で
す。そう思うと、失敗しても落ち込まず
にすみます。
Q
……深いですねえ。現在のお仕事にとて
も愛着と誇りを持っていらっしゃるんで
すね。
丸林:はい。研究者になりたいとは思い
ません。今の仕事に大いに満足していま
す。
石橋:人間関係で嫌な思いをしたら、ど
んな仕事も楽しくなくなる訳ですけど、
この職場はそういうこともないですから。
Q
でもいつも一緒だと、お互いに「もうち
ょっと頑張ってくれよ」と不満を感じた
りなさらないんですか。
丸林・石橋(顔を見合わせて):そりゃ
あもう、しょっちゅうです(爆笑)。