「特集」線から面へ─産学官連携の新しい展開

1 企業との包括連携

 平成15年2月と3月に相次いで、九州大学と民間企業との包括連携が発表に なりました。2月は工学研究院と西部ガス株式会社(本社:福岡市)、3月は 九州大学と大日本インキ化学工業株式会社(本社:東京都中央区)です。
 いずれの記者会見でも「包括連携」の意味するところに質問が集まりまし た。共同研究はこれまで基本的に、企業と一人の教官あるいは一研究室との 間で契約が交わされ行われてきました。しかし今回の二例は、企業と九州大 学全体の複数の教官や研究グループが携わり、大学として企業のニーズに責 任を持って応え、より高度な展開を視野に入れるという点に新しさがありま した。このような連携の動きは、九州大学単独でも、また全国的に見ても、 さらに広がりつつあります。
 それぞれにユニークな経緯と内容を有する今回の二つの包括連携を、現場 からご報告します。

@工学研究院と西部ガス(株)との包括提携
工学研究院長 村上 敬宜

 工学研究院は今年三月一日付で、西 部ガス(株)と「水素と天然ガス利用 に係わる新規技術開発」に関する包括
 提携を締結しました。 提携内容は次の四つです。
(1)共同研究の実施
(2)研究者の相互派遣
(3)共同コンファレンスの開催
(4)博士課程の学生に対するインターンシップ機会の付与
 企業とのこの種の包括提携は九州大 学としては初めてであり、新しい形の 産学連携として今後の発展に注目して いただきたいと思います。

水素社会実現に向けて −分野を越えた研究協力

 包括提携に至った経緯は次のような ことです。最近、「水素社会」という 語が新聞にたびたびでるようになって います。これは、水素をエネルギーと して利用することにより、地球環境問 題が解決されることが期待されている からです。水素(H2)が燃焼すると 出てくるのは水(H2O)です。また、 水素をエネルギー源とする燃料電池で もエネルギーとして取り出すのは電気 で残りは水(H2O)です。工学研究院 では機械系部門、化学工学部門を中心 として「水素社会」の本命技術といわ れる燃料電池システムに関する研究を 行っています。現在、最も注目されて いる課題は燃料電池そのものとともに 全体のシステムの統合と安全や効率の よい水素製造技術です。
 水素は環境の面からは大変優れてい るのですが、一方で、空気中に含まれ る量が4%〜79%の広い範囲で可燃性 があり、しかも爆発の危険性が有りま す。また、水素は機器の材料中にも容 易に侵入し材料を劣化させるというや っかいな性質を持っています。今大変 注目されている燃料電池は、電解質に 高分子膜を用いるもので、その利用分 野としては、自動車用と定置用(家庭 用や業務用)が期待されています。自 動車用には、大量の水素を貯蔵するた めに高強度の高圧(現在は35MPa程度で 利用、将来は70MPaまたはそれ 以上を期待されている)の車載用容器 を開発しなければなりません。また、 水素供給のインフラ整備のために、小 型の水素製造プラントや圧縮機などか らなる水素ステーションなどに関する 技術開発も重要課題です。定置用の燃 料電池は、天然ガスなどの化石燃料を 改質(水素に変えること)して水素を 利用することになりますが、水素とシ ステムを構成する材料の関係では劣化 問題も検討しておかねばなりません。
 九州大学工学研究院では、これらの 問題について基礎研究を行っています が、基礎研究に留まらずシステムとし ての安全な統合技術を確立するには実 践の場が必要です。
 一方、西部ガスは九州で最大の都市 ガス会社で、天然ガスを供給しており、 ガスエンジンやガスタービンを用いた (注)コジェネ技術や燃料電池などに関す る研究開発を行ってきていますが、エ ネルギーの自由化の時代を迎え、天然 ガスの利用に係わる新規の技術開発に 力を入れつつあります。その目玉のひ とつが家庭用の燃料電池コジェネです が、今注目されている固体高分子形燃 料電池や将来の技術としての固体酸化 物形燃料電池のシステムはまだ開発途 上で、基礎研究も必要です。西部ガス ではこれまでも総合研究所と九州大学 の研究室との間で個別のテーマでいく つかの共同研究を行ってきています が、このような統合的なシステムに係 わる研究と現場での技術の完成までを 結びつけるためには、機械工学、化学 工学、電気工学など分野を越えた多く の専門家集団による協力が必要となっ てきています。

包括連携の展開と高まる期待

 最近は、大企業といえども一つのプ ロジェクトに必要な技術者と研究設備 を全て自前で揃えて技術を短期間で完 成することは経済的にも大変困難にな ってきました。国際競争に勝つために は、短期間に世界の最先端技術を投入 することが必須となってきたのです。 現在の日本の経済状況を考えますと、 この種の包括提携はもっと進めていく 必要があります。
 技術的課題の解決ばかりが産学連携 ではありません。次世代を担う優秀な 技術者を大学と企業が協力して育成す ることも重要なことです。特に博士課 程の学生については狭い専門に閉じこ もる傾向が産業界から指摘され続けて きました。西部ガスとの包括提携では 博士インターンシップを受入れていた だくことも提携項目の一つになってい ます。
 もう一つの提携項目は共同コンファ レンスの開催です。去る四月四日に共 催シンポジウム「水素社会と機械工学」 を九州大学で開催したところ、企業、 大学、官庁などから三百二十名の参加 があり、「水素社会」への関心の高さ を感じました。このシンポジウムに対 しては九州経済産業局、(社)九州・山 口経済連合会、九州電力(株)、トヨタ 自動車(株)、(社)日本機械学会九州 支部の後援と(財)九州産業技術セン ターの協賛をいただきました。
 この包括提携のニュースは日経新聞 等に掲載されごく簡単に紹介されまし たが、その直後カナダ大使館から内容 について問合せがありました。カナダ は、燃料電池技術で世界をリードする バラード社があり、安価な水力発電を 利用した水電気分解による水素製造技 術などを国家戦略として進めていま す。カナダは国家戦略として世界の水 素技術に関する情報を常時収集してい ることがうかがえます。米国の国家的 な戦略も新聞で報じられていますが、 「水素」をめぐる技術は二十一世紀の 国際競争へと発展することは間違いあ りません。我が国も政府が国家戦略と してNEDOなどを通して「水素社会」 実現のための技術を支援する方針を打 出しています。九州大学は西部ガス (株)とのこのような包括提携を契機 にして二十一世紀に期待される水素技 術を展開する世界のCOEとなること を目指しています。

(むらかみ ゆきたか/機械工学)

(注)コジェネ技術:コジェネレーション技術。 元々あるエネルギーをできる限り有効に使う技術の ことで、ここではジェネレーションは発電の意味。

工学部本館第二会議室での記者会見。
(左から)西部ガス(株)曽我部常務、九州大学村上工学研究院長、井上工学研究院教授。

A大日本インキ化学工業との包括的連携研究
産学連携推進機構 技術移転推進室 リエゾン・グループ助教授 古川 勝彦

技術移転推進室

 九州大学では、産学官連携の窓口と して技術移転推進室を設置していま す。技術移転推進室には、先端科学技 術共同研究センターのリエゾン部門の 教官を中心に、法学研究院、経済学研 究院、工学研究院、システム情報科学 研究院、農学研究院等の各分野の協力 教官及び研究協力課の事務官が配置さ れています。更に学外者に推進室アド バイザーを委嘱するとともに、TLO と連携し、企業等への研究シーズ情報 の発信及び産学官交流に関する業務、 産業界等からの技術相談・共同研究等 のコーディネート業務、研究成果等の 保護業務及び特許の企業等への移転業 務等に取り組んでいます。
 現在、技術移転推進室は、「企画G (グループ)」、「リエゾンG」、 「技術移転G」、「起業支援G」の四つのグルー プに分かれて、学内各部局、教官及び 学外の民間企業、産学官連携組織、国 公共団体との連携の下、産学官連携業 務を推進しています。このうちリエゾ ンGでは、産学官からの要請に対応し た連携コーディネートおよび産学官プ ロジェクト企画・コーディネート(大 企業と大学研究者グループとの包括連 携研究の企画・コーディネートを含 む)を主な業務としています。

リサーチコアを柱に受け止めた打診

 このような中、昨年八月に大手化学 メーカーである大日本インキ化学工業 梶i以下、DICと略す)から十三の 社内研究テーマについて、且Y学連携 機構九州(UIP)経由で、九州大学 に対して連携研究の打診がありまし た。
 この打診は、九州大学以外にも複数 の大学に対して行われており、いわば コンペ方式で行われたものです。リエ ゾンGは、根本紀夫高分子機能創造リ サーチコア長(総合理工学研究院教授) と相談のもと、DICからもたらされ たテーマの内容分析・関連研究を行っ ている学内教官へのヒアリングを行 い、十三テーマの内、九のテーマ(十 二名の教官が関与)に関し、大学提案 を取りまとめました。さらに研究提案 に加えて、この提案を高分子機能創造 リサーチコアが対応する組織対応型の 共同研究として、DICに逆提案を行 いました。その後、DIC研究者と九 州大学各教官との直接協議を経て、D IC側と大学側がマッチングする部分 だけを進めることにして、DICと高 分子機能創造リサーチコアに属する工 学研究院、総合理工学研究院、農学研 究院、機能物質科学研究所の教官七名 との包括的連携研究がスタートするこ とになりました。ちなみに、DICが 全国の大学へ向けて行った提案の中 で、このような大規模な連携に至った のは九州大学だけです。

協議会による運営と計画策定

 この包括的連携研究は、DICの 様々な研究開発ニーズを解決するだけ でなく、各種の要素研究の融合を図り ながら独創的なコンセプトを創出し、 両者が共同して国際競争力に優れた最 先端の実用化技術を開発することを目 的としたものです。本包括的連携研究 の運営は、九州大学の総長特別補佐 (産学連携担当)及びDICのR&D (研究開発)担当役員、九州大学・DI Cの研究代表者・産学連携担当者など からなる「連携協議会」が担当します。
 また各研究プロジェクトの具体的研 究計画などは、目標とする成果やスケ ジュールなどを示した「研究計画案」 を両者の研究担当者が共同で策定し、 それを連携協議会で議論し、新たなコ ンセプトの導入など必要な修正を加 え、決定します。この連携協議会を通 じて、九州大学とDICは研究に対す る認識の相違を克服し、九州大学は個 別研究室による縦割り的研究のやり方 から脱却するとともに、各研究室の有 する要素研究を融合し、両者が相互に 納得する革新的技術の創出促進を目指 しています。研究の進捗状況は定期的 に連携協議会に報告され、研究開発方 針の軌道修正や個別研究テーマの差し 替えなどを迅速に行います。さらに本 包括的連携研究では、DICからの提 供資金に加えて公的資金の導入を図る などして研究開発力の一層の強化を図 る方針です。包括連携研究の概念を下 の図に示しました。

研究のスタートとさらなる展開

 第一回目の連携協議会において、本 包括的連携研究契約の最初の研究テー マとして「光機能性有機材料の開発」 が取り上げられ、その開発に向けて
(1)安価で省エネ型の新規表示デバイスの開発
(2)ナノ微粒子有機材料の製造技術の開発
(3)新規光機能性材料の利用研究
(4)バイオプロセスによる機能性高分子材料の開発
(5)機能性ポリマーの重合用触媒の開発
の五つのプロジェクトを進めることが 了承されました。設定された研究プロ ジェクト以外にも、九州大学教官とD ICの幅広い部門の技術者とが本音に よる技術交流を活発に行い、新規研究 プロジェクトの企画や互いの研究者の 活性化・レベルアップを図ることも予 定しています。
 技術移転推進室リエゾンGでは、こ れからも組織対応型の共同研究の企 画・コーディネートを積極的に推進い たします。今後とも、学内教官の方々 のご協力・ご支援の程よろしくお願い いたします。

(ふるかわ かつひこ/産学連携、物理化学

東京で行われた記者会見で発表する(左から)九州大学の中野仁雄副学長、梶山千里総長、
大日本インキ化学の奥村晃三社長、古畑文弘取締役。


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