著作紹介●

「九州大学の森と樹木」の出版について

農学研究院(農学部附属演習林)助教授 井上 晋

 林に関連した学科をもつ大学には、教育研究のための、すなわち林学・林産学といった学科の実習や実験試験に供する森や林が大学設置基準に基づいて具備されています。現在、九州大学にも演習林という名称の森林が、北海道の足寄町に北海道演習林、九州の宮崎県椎葉村に宮崎演習林、および福岡市近郊の篠栗町・久山町に福岡演習林、また福岡市西区生ノ松原に早良実習場の4カ所に約7100haあります。日本の北から南までの全く異なる気候帯をカバーした個性ある多様な森林は、大学の内外を問わず広範な教育研究に活用されています。

 て九州大学における演習林の設置は、1919年(大正8年)の農学部開設に先立つこと7年前の1912年(大正元年)、九州帝国大学の財産林として樺太(現ロシア領サハリン島)と南朝鮮(朝鮮半島南部)に演習林が創られたことに始まり、昨年でちょうど90周年を迎えました。これを記念して、これからなお一層の演習林における教育研究的活用の拡大を図るべく、その基盤となる森林を構成する最も重要な樹木について、カラー図鑑を出版することにいたしました。

 州大学演習林の森林は、先ほども述べましたように、日本列島の南北に位置することに加え、早良実習場の海抜0mから宮崎演習林の標高約1600mの高所までの著しい環境の差を有し、わが国の気候の亜寒帯から亜熱帯までの幅広い森林を構成する樹木、約1000種のうち71科452種の自生を見ることができます。これほど豊かな樹種を保有している大学演習林は他に例を見ません。

 の図鑑では、自生する樹木の中から代表的な62科223種を選定、演習林の森林の紹介と共に、一般の図鑑のように植物分類学に基づく分類群ではなく、演習林ごとに自生する樹木を取りまとめることで、日本列島の亜寒帯から亜熱帯に及ぶ主な植生帯をカバーしています。内容は、植物学上の形態的特徴や木材の用途について平易な解説文とともに葉・幹・花・果実などの写真を掲載、また植生学上重要となる各植生帯ごとの極相種や優占種、先駆種などについても触れています。そして何よりもこの図鑑の大きな特色として、木材の利用的価値にかかわらず木材組織の解剖写真を組み入れたことです。学生・院生諸君、研究者の方は勿論、一般の方々にもわかり易い記載のうえ、野外観察にも携帯が便利なように小冊子に作っています。なお本書が九州大学の演習林ばかりでなく、わが国の森林やフィールド科学など幅広い自然へのよい入門書となることを願っております。ぜひ一度手に取って見て戴きたいと思います。

 九州大学農学部附属演習林発行(2002年10月1日)、B6版、総カラー177ページ、定価2500円:
本学生協書籍部をはじめ市内の有名書店でも販売しております。

(いのうえ すすむ 植物分類生態学)

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