『冬の目覚め―ロバート・グレイヴズの詩と批評―』
園井 英秀 著

 20 世紀30 年代までのイギリス詩はどちらかといえばだらしなく,中心的詩作を欠き, 他方,時代の先端的芸術性を誇示するモダニストの存在がいかにも大きく イギリスの伝統的詩人はかすむとする見方が一般にある。 本書はこの批評を誤りとし,イギリス詩の伝統的精神がしたたかに継承され今日に至っていることを, この命題の検証に相応しい一詩人の状況を検討することによって証明するものである。

 ロバート・グレイヴズ(1895−1985)という詩人がいる。 10代習作期の作品はおおむね古風で田園的である。詩的感情は甘い。 オックスフォード大入学目前の1914年,対独宣戦布告が起こり, グレイヴズは直ちに志願して軍隊に入りフランス戦線で重傷を負う。 この経験がシェルショックとして長くグレイヴズを苦しめ, 精神衰弱のため詩作断念の直前まで追い込まれる。 この頃,アメリカの文学的風土に見切りをつけた 天才肌の詩人ローラ・ライディングと運命的に出会う。 ライディングの斬新な詩と批評意識は, グレイヴズにコペルニクス的転回ともいえる刺激を与える。 グレイヴズはこの状況において過去の価値すべてを捨象し, 新しい芸術に目覚めるというスタンスを強く自覚する。 ライディングの芸術性はモダニストの感覚といってよい。 特にその唯我論的詩作理論は妥協を拒み,攻撃的かつ閉鎖的である。 この芸術的エリティズムはイギリスの詩作感覚にはない。 グレイヴズがそれゆえに惹かれたという意味もある。 二人は地中海マヨルカの寒村デヤに居を定め,孤高の創作活動を行う。 この環境はグレイヴズの詩的修練を可能にし,事実,緩みのない表現, 深い洞察を詩は示し,詩人の葛藤と精神的集中を証明する。 この意味でライディングの存在はたしかにポジティヴな意味を持つ。 他方,グレイヴズの本質はモダニストの感覚とは究極的に不調和であり, ライディングの影響はグレイヴズ詩作には正確には存在しないと本書は見る。 この認識はグレイヴズの詩的ディシプリンにおける葛藤が, イギリス詩の反モダニスト的性質を示唆すると解釈し得ることに基づく。 これが本書の主張点である。

(九州大学出版会,1999年12月,337頁)
筆者:園井 英秀(そのい えいしゅう)
人文科学研究院教授

自己組織化とは何か−生物の形やリズムが生まれる原理を探る−
都甲 潔,江崎 秀,林 健司 著

 雪の結晶,それは星,樹枝,針状と様々な形をとる。自然の作り上げた芸術である。 またミョウバンの結晶化は自宅でも簡単に実験できる。 ミョウバンの溶液に,ミョウバンの小さなタネをつけた糸をたらすと, 一晩で数ミリメートルの正八面体の結晶ができあがる。 またシャボン玉は太陽の光を受けて,美しい虹色を呈する。 これは,セッケンと水からなる,とても薄い膜が,光と干渉しているためである。

 これら三つのことに共通することは何か。それは,自分で組み上がる,形を作る,というものである。 雪やミョウバンの結晶はそれぞれ水分子,ミョウバンの分子が集まったものだし, シャボン玉の膜もセッケン分子の巧みな配列による。 つまり,このような秩序状態を自ら作り上げる力を自然は有しているのである。

 しかし,一般には,その辺に散らばったゴミが一晩のうちに集まって芸術作品に仕上がったり, 壊れた電化製品が新品同様にひとりでに生まれ変わったりといった,うまい話はない。 つまり,よほどのことがないかぎり,無秩序(ランダム)から秩序へとはならないのである。

 ランダムから秩序へ,またはミクロからマクロへと自分で組み上がってしまう現象のことを 自己組織化と呼ぶ。

 自己組織化が,どういうところで起こり,なぜ起こるのか, つまり一体どういう現象であるのかを見るのが本書の目的である。 カオス理論とともに,複雑系の科学を支える自己組織化という考え方は,何を生み出すであろうか。

 本書では,単細胞生物,鞭毛,植物の生長,脳などに見られるパターンやリズム, 次にこれらをお手本にした自己組織化する材料などについて興味ある話題が次から次へと展開する。 自分で自分を作り上げるマイクロマシンの可能性など, エキサイティングに展開する現代科学の新潮流を展望する。 読者は,21世紀に実現する自己組織化能をもった夢の機械の活躍する舞台を堪能することであろう。

(講談社,1999年12月刊,253頁)
文責:都甲 潔(とこう きよし)
システム情報科学研究院教授

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