「原子力政策と大学の社会史」

   今回は、吉岡 斉(よしおか ひとし)比較社会文化研究院教授にお話を伺います。
  
吉岡教授は、原子力などの個別分野はもとより、科学技術全体の構造と動態に関しても歴史的・批判的分析を進めてこられました。数年前からは、総理府の原子力委員会専門委員に任命されるなど、研究成果を積極的に政策提言へと結びつけようと努力しておられます。
   著作『原子力の社会史』でエネルギーフォーラム賞を受賞されたのを機に、九州大学の総長補佐でもある吉岡教授に、エネルギー政策の将来や、大学の進むべき方向などについてお話を伺いました。聞き手は、本誌編集主幹の酒匂法学研究院教授です。

吉岡教授と酒匂教授


原子力政策の変化

酒匂:エネルギーフォーラム賞優秀賞の受賞,おめでとうございます。この賞は設けられて20 周年ということで,贈呈式には通産大臣や科学技術庁長官も列席しておられますね。まず,受賞された御感想をお聞かせください。
吉岡:受賞の対象となった『原子力の社会史』(朝日選書)は,日本の原子力開発利用の歩みを社会史的観点から見直しその見取り図を示した初めての本で,何かの賞を貰えるだろうと思っていたのですが,意外なところからいただくことになりました。というのも,この賞はこれまで原子力開発利用を推進する立場の作品に贈られてきたからです。それで当初は戸惑いましたが,よく考えてみますと,もっともなことかなと思われてきました。前回大賞をとった山地憲治さんたちの『どうする日本の原子力』(日刊工業新聞社)も,国が原子力政策を社会主義的なやり方で推進するのは止めて民間の自主的判断に委ねた方が良いとしているものです。これは私の主張に近い。原発政策はこれまでの国家主導から転換しなければならないというのが,共通認識になりつつあるのではないでしょうか。
酒匂:電力業界も,そのような認識を?
吉岡:原子力発電所は,資源エネルギー庁の試算でも,40 年間高い設備利用率で運転しないと採算が取れません。初期投資が大きすぎるのです。さらにその試算では,核燃料サイクル費が著しく過小評価されています。しかも廃棄物処分の問題も残っている。これは電力会社にとっても負担です。
酒匂:そういう流れは,まだ政策に反映されるところまではいっていないのでしょうか。
吉岡:少なからず変化は見られます。原子力は重要なエネルギーだが将来の発電規模は適正に,という具合に。


社会的視野から科学を「批判」する

酒匂:先生の御著書は,戦前の原爆研究から最近の動燃の解体まで,日本の原子力政策の歴史を詳細に辿られ,しかも「批判的」な視点から総合的に評価を下されています。この「批判的」あるいは先生のお言葉では「非共感的」というのは,どういうことを意味しているのでしょうか。
吉岡:私は学部時代は物理学を学びましたが,研究者は専門的な研究ばかりやっていて科学が社会に及ぼす影響などといった広い視野からの批判が欠けていると感じました。そこで,科学を外から批判する学問をやりたいと思い,大学院は科学史に移りました。その意味で,批判的な視点というのは,原子力に限らずあらゆる分野に対してありました。
   科学は,人類の未来を不確かなものにしているのに,持ち上げられすぎです。そういう暴走的な発展のモードを変えるためにも,良いものを進めさせ悪いものを押さえ,社会としてセルフコントロールしていくべきだというのが私の基本的態度で,その線上での原子力批判なのです。
   そうした意味で,今回受賞した本の題名には「社会史」という言葉を使っています。科学史でこうした社会的視点を含んだ研究は以前からもありました。その第1 世代は,マルクス主義的な科学史の影響を受けた小倉金之助や武谷三男です。昭和ひとけた生まれの人たちが第2世代ですが,広重徹『科学の社会史』(中央公論社)などが有名です。
   私はそれをさらに政策決定や政策評価の過程へも関与していくような仕方で発展させようとしているつもりです。自分は第3 世代だと思っています。
酒匂:科学技術の評価を総合的に行う場合,判断の基準がいろいろあると思うのですが,先生はどのような基準で評価されるのでしょうか。
吉岡:原子力を例にとって言えば,実現可能性,経済性,生命や環境に対するリスク,資源安定供給に関わる特性,核軍縮・核不拡散に関わる特性,の5 点が重要でしょう。どのような個別の計画について判断するにも,複数の政策上の選択肢(オプション)を立てて,それぞれについて今述べた五つの基準に照らして総合的に評価して,ベストのものを採用するよう勧告するのが,政策決定に直接関わったり,あるいはそれに影響を及ぼそうとする全ての者の責務です。もちろんそうした総合的な評価が国民的さらには国際的な広がりをもって適切に行われるには,十分な情報公開が欠かせません。
   私が委員として加わっている原子力委員会の「長期計画策定会議」でも,こうした総合的判断の必要性を訴えてきましたが,他の委員や事務局の人々にはだいぶ理解されてきたと思います。年内にまとまる予定の新しい長期計画にも,一定程度は盛り込んでもらえそうです。


これからのエネルギー政策

酒匂:原子力開発は今後は大きな展望は見えないということですが,他方で石炭・石油などの化石エネルギーへの依存も,1997 年のいわゆる京都会議(国連気候変動枠組条約第三回締約国会議)などで問題が指摘されています。先生は,これからのエネルギー政策についてどうお考えですか。
吉岡:基本は無駄なエネルギーを使わないということではないでしょうか。省エネ技術は急速に開発が進んでいますし,環境税の導入など制度的な措置も,もはや是非の問題ではなくどう実行するかの問題になっています。

   原子力についていえば,基本的には斜陽産業になったとみるべきでしょう。既設の施
設の多くは寿命が来るまで残すとしても,新規立地はきわめて困難ですし,増設も容易ではない。電力会社も40 年先でないと元が取れず,しかも将来の不確実さの大きい投資には必ずしも積極的でない。石炭・石油などの化石エネルギーも,NOX ,SOX や二酸化炭素などの問題を含んでいます。自動車は減らすべきです。
   新しいエネルギーとしては,自然エネルギーなどもありますが,当面は天然ガスが環境面でも効率面でも有望だと思っています。また,全体として小規模分散型の設備のネットワークを構築した方が,無駄が少なく融通もききます。


大学のあり方、教育の大切さ

酒匂:先生は総長補佐も兼ねていらっしゃいますので,少し大学のあり方に関する話をお聞かせください。今回の受賞の対象となった歴史的,総合的見地から政策を批判するというようなお仕事は,大学においてでなければできないのではないかと思いますが,いかがでしょうか。
吉岡:大学でなければできないとは思いませんが,たしかに政府関係の研究所などでは,普通の研究員だけではなく理事といった地位にある人でも自由にはものが言えないこともあるようです。その点大学は,そういうことが少ないというメリットはあるでしょう。
   しかしそれよりも,大学においてさえこうした基本的見地から政策形成に問題提起を行う研究が,ほとんどなされてこなかったということが重要です。理系は技術移転といった仕方で社会に貢献する研究があり得ますが,文系の研究者たちも,批判的な視点もこめて政策に関わっていくような研究をして,開かれた政策形成へ貢献すべきだと思います。
酒匂:大学改革が色々と進められてきています。先生の総合的,歴史的評価という観点からみたとき,これからの大学における教育研究のあり方について,今後どのように進めるべきだとお思いですか。
吉岡:独立行政法人化については大学が政策提言をやるべきで,インサイダーによる閉ざされた形での合意を追求して利権を守るという,日本の政策決定の悪い形を繰り返してはいけない。
   教育研究ということで言えば,社会が大学に主として期待するのは,研究よりも教育ではないでしょうか。卒業までに大きな知的な付加価値を一人一人に明確に与えられるような教育に再編しなければ,国際競争に負けてしまいます。九大を出るよりアメリカの大学を出る方が就職に有利だということになれば,大学は空洞化してしまう。大学教育に関する社会の要求には厳しいものがあります。大学は,それにこたえないといけません。
   研究費を現在より増やす正当性は少ないと思っています。対GDP 比では,日本の研究費はどこの国よりも多い。重要なのは合理的に配分することです。たとえば,すべての研究費を科研費などの競争的資金とすることも考えられます。今の研究費配分の制度は,選考の公正さをいかに保証するかなど多くの問題があります。そうした点を改善した新たな提案を,大学人自らが行うべきだと思います。


今の学生に望むこと

酒匂:最後に,学生へのアドバイスのようなものがありましたらお聞かせください。
吉岡:最近は,大学院生でも明確な目的意識のない学生が多いと感じます。そういう目的意識を高める機能を,以前は学生自身が果たしていました。たえず知的に努力していないと,仲間から相手にされなくなるような雰囲気があった。
酒匂:今は教官がそういう機能を果たすべきでしょうか。
吉岡:大学や教官が学生に目的意識を教えるということはできません。お互いに啓発しあって知的能力を高めていくという雰囲気作りが必要なのです。
   平成13 年度からスタートする「21 世紀プログラム」(※)は,エリート学生を育てるのかという批判もありますが,そういう雰囲気作りの一環です。原子力は斜陽になりましたが,大学はこれからの社会にとって重要な役割を果たさなければなりません。これまでの大学のあり方を総合的に評価して,新しい大学のあり方を政策的にも実践的にも考えていかなければなりません。
酒匂:お忙しいなか,どうもありがとうございました。

(インタビューは,7 月25 日(火),六本松地区キャンパスにある吉岡教授の研究室で行われました。)

※21 世紀プログラム
21 世紀を担う専門性の高いゼネラリスト育成を掲げて,九州大学が平成13 年度からスタートさせるプログラム。学生はアドミッション・オフィス方式で選抜され,4 年生課程のいずれかの学部に籍を置くが,指導教官による個別指導のもと自主的に専攻テーマを決め,全学の開講科目から科目を選んで履修する。


吉岡教授
吉岡 斉(よしおか ひとし)
大学院比較社会文化研究院教授
1976 年 東京大学理学部物理学科卒
1983 年 東京大学大学院理学系研究科科学史・科学基礎論専門課程博士課程単位取得退学
1997 年から 総理府原子力委員会 専門委員
1999 年から 同 長期計画策定会議委員

酒匂教授
聞き手:酒匂一郎(さこう いちろう)
大学院法学研究院教授
九州大学広報委員会広報誌編集部会主幹










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