[研究紹介]
肥満抑制ホルモン・レプチンは
甘味感受性を調節している

◎ダイエットがうまくいかない理由◎

歯学研究院 口腔常態制御学講座 口腔機能解析学分野
教授 二ノ宮 裕三

ヒトを始め多くの動物が甘味を嗜好する(英語ではsweet tooth と表現されます)ことはよく知られています。これは糖や糖源性アミノ酸など甘味物質の多くが動物にとって欠かせないエネルギー源であり,動物がそのエネルギー源の推定に甘味情報を利用していることに由来すると考えられています。私たちは酸っぱいだけのイチゴをあまり好みませんが,少し甘味がのった甘酸っぱいイチゴは食べます。逆に,もし,甘酸っぱく感じていたイチゴが甘味が消え酸っぱくしか感じなくなれば食べるのをやめるかもしれません。最近,私たちは,マウスを用いた研究で,その甘味感受性が,脂肪細胞から分泌される肥満抑制ホルモン・レプチンの血中濃度の上昇により低下することを発見し,食の調節に食欲中枢の存在する中枢神経系だけではなく,末梢の味覚器からの情報も大きな役割を果たしていることを明らかにしました(Kawai et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 97,11044-11049,2000)。

私たちは遺伝的変異マウスを用いて,甘味の受容・識別・嗜好性に関与する遺伝子について研究していました。その過程で,マウスに高度の肥満と糖尿病を誘発させる第4染色体db(diabetes)遺伝子の作用について,その変異系のdb/db マウスを用い,調べることになりました。その結果,このdb/db マウスは,まだ全く肥満や糖尿病の兆候のみられない生後7 日齢ですでに糖や他の甘味物質に対する感受性が高まっており,閾値(いきち 限界値)も低く,低濃度でも水と区別でき強い甘味嗜好がみられることが分りました。食塩や酸や苦味物質に対する感受性には変化がないことから,甘味選択的に感受性の上昇がみられることがわかりました。しかし,その時点では,db 遺伝子の味細胞における作用点は全く不明でした。その後,1994 年に肥満遺伝子ob がクローニングされ,その遺伝子産物がレプチンと命名されました。レプチンは,脂肪細胞から分泌される新しい飽食因子であり,主に視床下部に存在するレプチン受容体を介して摂食抑制とエネルギー代謝亢進をもたらし,肥満の進展を制御することがわかりました。また,さらに,その後db/db マウスの変異はこのレプチン受容体の細胞内ドメインにあることが判明し,db遺伝子はレプチン受容体をコードすることが推定されました。

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図1

この発見により,私達が見いだしたdb/db マウスにおける甘味応答の増大はレプチン受容体の変異によりもたらされている可能性が示唆されました。そこで,私達はレプチンによる味覚修飾効果について検討しました。その結果,レプチンの腹腔投与により正常マウスの味覚神経の甘味応答がコントロールの約35%に減少したが,db/db マウスには無効であること。このレプチンによる抑制効果は甘味選択的であること。パッチクランプ法で単離味細胞の電流変化を調べると,レプチンにより外向きK +電流が増大すること。さらに,味蕾(みらい)を含む組織からレプチン受容体のmRNA の発現が確認され,免疫組織学的検索により味蕾中の特定の味細胞に受容体発現がみられることが明らかになりました。これらの結果からレプチンは味細胞(おそらく甘味感受性をもつ)にある受容体を介して,K +チャネルを活性化し,細胞の興奮性を低下させ,脳に伝えられる神経インパルス頻度を低下させることが示唆されました。このレプチンによる末梢味覚感受性のフィードバック抑制による食調節系を,db/db マウスは遺伝的に欠損していることになり,糖尿病発症前の幼若期においても甘味に対する味細胞の感受性増大と閾値低下,さらには極めて高い甘味嗜好性がみられるものと推定されました(図1)。

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図2

私たちのこの研究論文はなぜか米国科学アカデミーの科学ニュースとしてPress release されてしまい,論文が発表される一週間前からイギリスBBC 放送をはじめとした連日の取材攻勢を受けることになりました。欧米では肥満に対する感心度が高く,特にこの私たちの発見がヒトの肥満予防やダイエットにどのように役立つかなど質問が相次ぎました。私はこのマウスにおけるレプチンの甘味抑制調節が仮にヒトでもあるとすれば,欧米人がフルコースの食事の最後に高甘味,高カロリーのデザートを食べるという食習慣が,レプチンによる生理的食調節系に対する抵抗性を高めることになっているのではないかと警告を述べたのですが,その点については問い合わせを受けたPress すべてに全く無視されました。食文化の否定につながるような発言は受け入れられないということであろうと思います。最後に,Lancet という雑誌の記事のタイトルが少しユニークであったので紹介し ます(図2)。それは,このレプチンによる甘味抑制系の発見はヒトがダイエットに失敗する原因を説明するというものです。ダイエットにより脂肪が減少し,レプチン濃度も下がると,甘味感受性が上昇し,食べ物をよりおいしく感じてしまうため,強いリバウンドがおこることになるということのようです。

(詳細については下記へご連絡下さい。)
nino@dent.kyushu- u.ac.jp (にのみや ゆうぞう)


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