投稿/O P I N I O N
創造性の育成 理学重視と学部制度廃止農学研究院教授 橋口 公一
本学・九大においても重点化改組が完了したが,我々教官の所属が学部ではなくなったことと,多少の学部,学科間の再編成が行われただけで,今後の我国の学術の発展に繋がると期待し得るような本質的,抜本的改革は何らなされなかったように感じられてならない。
特に,我国の大学の研究活動には“創造性”が著しく欠落しており,基礎研究の面では今なお輸入の時代を脱していないのが厳然たる実態である。創造性を発揮しているのは,イスラエル(宗教:キリスト,自然科学:アインシュタイン,社会科学:マルクス,コンピュータ:ノイマン,精神分析:フロイト・・・)を頂点として,欧米,そして永く厳しい共産政権下にあったにもかかわらずロシアである。これらの諸国は,馬屋で生まれて為政者に挑んだ重罪人キリストを民衆が支持したのに対して,王族の子・釈迦の仏教の真髄はあくまで秩序の維持つまり根底からの改革ひいては創造性を評価しない社会で,それだけに,仏教国における画期的創造性は皆無に等しいことを否めない。さりとて,このままでいい筈はない。
昨年7 月22 日,社団法人・地盤工学会創立50 周年記念大会において当時の文部大臣・有馬氏による記念講演が行われた。同氏は,欧米の大学においては理学系と工学系の学生の比率がほぼ1 対1 であるのに対して,我国の大学においては理学部と工学部の学生数は1 対9 で,これは今後とも,我国の産業発展の重要な要素として維持すべきであると強調された。一方,特許の取得状況に目を向けると,欧米が画期的・原理的発明が多いのに対して,我国は残念ながら既存の技術の改良が大半であると述懐された。そして,「創造性を育てるにはどうすべきか」は目下,名案の浮かばない難題であるとの言葉で締めくくられた。
私は,今後の産業活動に求められる画期的・原理的な成果を生み出す人材の育成には,従来の工学教育ではなく,理学的基礎知識・思考力を有する人材の育成が不可欠であり,また,これらの人材の産業活動への活用が今後の我国産業の発展の鍵であると判断する。その実現のための具体策の基本は「理学教育の重視」と「学部制度の廃止」であると考える。
今や,ビル・ゲイツのマイクロソフト社や高精度・高効率な近代無人工場に例を求めるまでもなく,理学を基礎とする応用科学者により生み出される知的生産の価値が人的労働力・組織力,工業技術の総合力に基づく従来の生産作業により生み出される付加価値を遥かに上回る高度科学社会を迎えつつある。評論家・立花 隆氏は,「進化大爆発:神の領域への進入」と題して「5 億年以上前の古生代カンブリア紀に生物学的進化の大爆発が起きた。何億年後に振り返れば,今は同じ大爆発がヒトの知の領域で起きた時代と見えるに違いない」と述べている(朝日新聞「新世紀を語る」:2000 年8 月6 日朝刊1 面)。斯様な情勢下で,欧米諸国の目標は,既に,ハードな生産は中進国に譲って,知的生産としてのソフトの創出に向けられている。つまり,理学は,従来,机上の学問と見られがちであったが,近時,飛躍的に自然の摂理が解明されて物事の論理的処理の可能性が拡大し,理学が従来の工学以上に産業の発展を左右し企業競争の優勝劣敗の鍵を握りつつある。そこで求められる創造性は理学,特に理数的な基礎知識の習得と思考力の涵養によってもたらされる。
したがって,従来のレベルにおける工学研究,中級技術者の大量生産のための工学教育の重要度は低下し,理学を基礎とする応用理数科学に関する研究,理学教育による高度技術者養成の重要性が拡大している。
また,欧米の諸大学では既に,学術発展の初期段階にみられた小規模な学部を基本とする単純構造から,我国でいえば学部間の学際領域に属する応用理数科学に関する学科がきらめく多様な構造に進化,発展している。そして,高度な理学教育を受けた多くの人材が応用理数科学の研究教育に携わっている。
一方,我国においては,有馬氏の指摘のように,理工系の教育研究は工学主体である。また,諸外国の大学にみられない我国の大学運営組織の特徴は,学部制度である。そして,理,工の高い壁で仕切られた学部単位で教授会が組織され,教官人事,教育,研究の基本方針が決定,運営される。小規模な理学部の教官は,数学は純粋数学,物理学は純粋物理学等の純粋科学を対象にせざるを得ない。応用理数科学をやる余裕は無く,また,やっていては人事選考において問題外とされる。一方,理数的基礎力が不十分な人材で構成される工学部においては,応用理数科学に取り組む者は実学軽視と非難され,これまた人事昇格において不利となる。つまり,応用理数科学は,理学部と工学部の狭間にあってどちらからも敬遠される。ゆえに,本分野における我国研究者のインパクトファクターは欧米研究者に比して著しく低い。また,広く工業界で活用され,さらには大学教官自身が研究上用いている知的産物を代表するコンピュータソフトの大半は米国製で,国産は皆無に等しいのが実情である。また,学部単位で組織される教授会は,規模が肥大化し,研究,教育,人事,学位審査等の実質的審議は不可能となり,事務処理組織として形骸化しているのが実態である。
理学教育を強化しつつ学部制度を廃止して,専門分野が理学から工学へと間断なく分布して,基礎科学が社会の発展に活用され得るよう研究教育が展開され,教授会では実質的審議が可能であるよう,現在の2 〜4 学科程度からなる小組織を基本単位とする構造に分割,再編する。これは,我国が真の繁栄をみることなく衰退へと向かいつつある窮状回避のための焦眉な課題であろう。

(はしぐち こういち 生産システム科学)


大学ランキングを眺める 九州大学 内と外アドミッションセンター講師 渡辺 哲司
最近は日本でも大学ランキングが流行っているが,九大を愛し気にかけている人のために,若干の情報をお伝えしたい。
まず,『朝日オリジナル大学ランキング2001 年版』(朝日新聞社,2000 年5 月)。本書は「偏差値に頼らない大学選び」を謳って,研究費の獲得状況から論文の掲載・引用数,メディアへの発信度まで様々な角度から大学の格付けを行っている。とりあえず高校の進路指導担当教諭を対象とした調査(pp42- 49 )をみると,九大は「生徒に薦めたい大学」の15 位「進学して伸びた大学」の16 位「広報活動が熱心な大学」の13 位「選抜方法が良好な大学」の10 位「パンフレットが役立つ大学」の16 位で,総合で13 位につけた。上には旧帝大と関東関西の名門私大がいる。国公私立600以上ある中,かなりのパフォーマンスと言えるだろう。
さて次に,少し前の香港の雑誌ASIAWEEK 1999 年4月23 日号の "The Best Universities in Asia"(pp61- 65)をみると,論文の公表・引用数や学生教員比など一般的な項目から,教員の標準的給与や「学術的評判」までを総合した評価で,九大は18 位になった。アジア・オセアニア全地域が対象だから,これも相当な評価だ。
ただし,どちらも調査方法に問題なしとは言えない。
例えば,朝日の『大学ランキング』の調査対象になった「全国の進学実績のある高校1,229 校」や「回答のあった424 校」は,どこの高校だろう。424 校など,東京都だけで賄える数だ。「福岡の国立は福大」などと思っている東京人に九州と九大の密着ぶりは分かるまいから,どこの誰が答えるかで結果は変わるはずだ。一方,ASIAWEEK の調査は,予め「ノミネート」された僅か149 大学の自主的回答に拠る(回答したのは114 大学)ため,前年1 位の東大が不参加だったりする。また,今回1 位の東北大では,教員のサラリー(中央値)が京大,名大,九大の2 倍近くもある。
そうした穴があるから無視しても悪くはない。しかし,大学にとって深刻なのは,これらの結果が人々に素直に受け止められ,偏差値にかわる新たな序列が定着することだ。朝日新聞のような巨大メディアの所業は,一民間企業だなどと捨ておけるものではない。大学がこの手の情報に敏感でなければならないのはそのためだ。
ところで,朝日の『大学ランキング』の総合評価順位を地域別にみた場合,「評価指数」95.5 の九大は,九州・沖縄ブロックではダントツの1 位(2 位の第一工業大は31.1 )だ。このような突出ぶりは,北海道・東北ブロックにおける東北大と北大以外にはない。これまでの九大は,過去の伝統に基づく地域の人々の厚い尊敬の念に支えられてきた。現在でも九州の俊秀の多くが九大を目指し,全入学者の75 %が九州・沖縄出身者だ。しかし,この割合も変化しており,1980 年代半ばには80 %を超えていた。
それ以降毎年のデータに当てはめた直線の傾きは,平均年率マイナス0.13 %。解釈は難しいが,九州内外における九大の位置づけは着実に変化しつつある。
「旧七帝大の一」というホコリも,九大のことを首都圏の県名大学ほども知らない東京人の前では,ボロ家のホコリに同じかもしれない。彼らに近現代史を勉強させるより,こうした九大内外のギャップを埋める方が大切だ。現下九州一らしいことを喜びつつも,同時に他の旧帝大や名門私大に対し,多少の競争意識を持ちたいものだ。それから,「まず研究・教育内容の充実が先」というお説はごもっともだが,人々がそれを知ってくれなきゃ仕方がない。ユニークで効果的な広報・宣伝戦略にも知恵を絞りたい。今や,大手シンクタンクと戦略を練った私大が他大学を蹴散らしにかかっている。我らの準備も抜かりなく。

(本学入試データの調査には,学務部入試課,廣瀬史明氏の協力を得た。)

(わたなべ てつじ 教育学)


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