著作紹介 −知への誘い−
剖検率100%の町
−九州大学久山町研究室との40年−
袮津加奈子 著
ライフサイエンス出版(ライフサイエンス選書)
A5版156ページ(2001)
 九大医学部第二内科久山町研究室が、昭和36年以来続けている久山町研究は、九大が世界に誇る研究のひとつである。
 今、医療の世界では「EBM」という言葉が盛んに使われている。日本語で言えば、根拠に基づいた治療といった意味である。経験や間に漫然と頼らず、科学的なデータに基づいて検査や治療を行おうという考え方である。この言葉や考え方自体が欧米からの輸入品だが、残念ながら日本にはEBMの根拠となるべきオリジナルな研究データが殆ど内のが実情である。そうした中にあって、あらためて見直されているのが、久山町研究である。
 脳卒中の実態解明を目的としてはじめられたこの研究は、成人病集団検診と対象者の追跡調査、死後の剖検を骨子とした疫学研究である。古典的疫学研究と称される研究は他にもあるが、対象町民の剖検まで行う研究は世界でも久山町研究だけである。そこからは、日本の脳卒中の実態のみならず、動脈硬化や高血圧、心疾患、さらに各種成人病や消火器疾患など、貴重な日本の疫学データが示されてきた。
 だが、この研究が成立し、持続するために、どれだけの人間のエネルギーと涙が費やされてきたかは、あまり知られていない。親からもらった体に傷を付けるなどとんでもないと言っていた久山町の町民が、なぜ剖検に協力し、誇りさえ抱くようになったのか。そこには、「カンオケかつぎ」とまで呼ばれた研究員たちのひたむきな努力と、その努力に報いようとする町民や開業医、行政側の素朴な思いがあった。  今、日本で失われつつある医師と患者の「信頼」という言葉が、この研究には確かに存在するのである。本書は、こうした華々しい研究の影で働いた人々の40年にわたる物語である。本書によって、研究のあり方を再考するとともに、人間の素晴らしさを今一度思い出していただければと思う。
(ねつ かなこ 医療ジャーナリスト)

※この原稿は、医学部付属病院第二内科の清原裕先生のご紹介で、著者の祢津さんにご執筆いただきました。
精度保証付き数値計算
チュートリアル応用数理の最前線
中尾充宏・山本野人 共著
日本評論社
149+vi ページ(1998)
 九大の数学研究は、我が国でもっとも早くから計算機に関する体系的な研究で成果を挙げるなど、研究上の冒険心や先見性を発揮してきた。さらなる研鑚と充実を重ねた今日、九大数理は我が国でもっとも可能性の有る世界水準の数学の研究機関となった。多岐にわたる成員の著書の中から本書をあえて選んだのは、計算機と数学との関わりで、将来へのインパクトのある基礎的な研究の手頃な紹介であり、九大の数学研究の伝統の理想的な展開の方向を示しているからである。
 数学研究における計算機の役割は存外悩ましい。われわれを巡る諸現象は数値化された世界への投影を通じて理解され応用され処理されている。数理技術と大容量高速計算機が投影された数値の世界と現実の世界とを渾然とさせており、科学技術計算などの高速円滑な処理に伴う問題は数学研究の重要な要素にもなっている。しかし、計算機に投影される数値的世界は、数学が対象とする理念的な数の世界の本質的に狭隘な一部に留まっている。数学研究の主題は基本的に概念の相互関係であり、その記述は概念を表す記号の変換に帰着するが、数値化は必ずしも可能ではないのである。
 本書は、数値計算を区間演算として実行するための基礎理論と計算技法を著者などの研究を中心にまとめたものである。区間演算は、数値化に際して必然的に発生する誤差の処理に有効なことは誰でも想像できようが、さらに、社会科学や人文科学でも適用可能な形の不動点定理が扱えることは概念操作への道程を示唆するものとして興味深い。現段階では、応用対象や計算速度・計算量の制約から科学技術計算で定着した手法の展開が中心になっている。求める解の存在範囲の限定管理は応用ソフトの設計思想にも影響が及び、工学上も重要である。本書を手にされることがあったら、ページを一通りめくっていただきたい。精度保証計算の創始に深く関わってきた著者等の意外にわかりやすいアイデアの一端が伝わって来よう。
(吉川敦 よしかわ あつし 数理学研究院教授)

私のお薦め

工学研究院教授 松村 晶

 過日、九州大学医学部精神医学教室の初代教授、榊保三郎博士と彼が創設した九大フィルに関わるノンフィクション小説「光芒の序曲」(半澤周三著)が葦書房から出版されました。残されている限られた資料をもとに掘り起こされたもので、記録としては不十分なところがありますが、本学の歴史の一部を語るものとして意義のある書物と思われます。
 本の案内はhttp://www1.ocn.ne.jp/.ashi/shinkan.htmlで見ることができます。葦書房の新刊案内です。
(まつむら しょう 放射線物性学)


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