茶(Camellia sinensis)は、ツバキ科に属する多年生の常緑樹で、その発祥地は中国南西部の亜熱帯地方と考えられています。その歴史は数千年ともいわれ、世界中で最も愛用されている嗜好飲料です。製法的な違いによって、不発酵茶(緑茶)、発酵茶(紅茶)、半発酵茶(ウーロン茶や包種茶)などがあります。その茶葉中にはタンパク質や食物繊維などの不溶性成分が多く含まれていますが、その他にも苦味の素であるカフェイン、渋味の素であるカテキン類、旨味の素であるテアニン等のアミノ酸やビタミン類、フラボノイド、微量金属類、サポニンなどが含まれています。なかでも数多くの生理作用が報告されているのがカテキン類です。緑茶葉には乾燥重量で約十〜二十%のカテキン類が含まれていますが、その約半量を占めるのがエピガロカテキンガレート(EGCG)であり、エピカテキンガレート(ECG)、エピガロカテキン(EGC)、エピカテキン(EC)といった他のカテキン類と比較して強い生理活性を有していることが明らかとなっています。また、EGCGは茶以外の植物には見出されていないことや、ウーロン茶や紅茶にはほとんど含まれていないことから緑茶を特徴的づける成分といえます。
カテキンの生理作用として、抗酸化作用、抗ガン作用、抗アレルギー作用、血圧上昇抑制作用、動脈硬化抑制作用、脂質代謝改善作用などが報告されており、お茶による生活習慣病の予防効果に期待が寄せられています。
カテキン類の保健作用はこれまで、その高い抗酸化活性と関連させたものがほとんどでした。これに対して、私たちは、緑茶カテキンがガン細胞の増殖を抑制し、その抑制効果がカテキンの種類によって著しく異なること、さらに、抑制効果のあるEGCGはガン細胞の表面に結合することができるが、抑制効果のないカテキンには結合性がないことを見出してきました。こうした結果から、私たちは緑茶カテキンを受け取ってその生理作用を仲介する分子が細胞表面上に存在するのではないかと考えました。しかし、そのような分子の存在はこれまでに報告されていなかったため、私たちはカテキンの細胞表面上の標的分子を遺伝子工学的手法により明らかにしようとしました。
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EGCG (-)-Epigallocatechin-3-O-gallate | ECG (-)-Epicatechin-3-O-gallate |
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EGC (-)-Epigallocatechin | EC (-)-Epicatechin |
(1)緑茶カテキン受容体としての67kDaラミニンレセプター
67kDaラミニンレセプター(67LR)は、基底膜の主要な構成成分であるラミニンに結合する細胞膜タンパク質で、悪性度の高いガン細胞に高発現し、その増殖、浸潤、転移などに関与することが知られています。また、この67LRは、プリオンタンパク質の受容体としても機能することが知られており、最近では病原性プリオンタンパク質の増殖に関与していることが明らかにされた分子でもあります。私たちは遺伝子学的手法による検討の結果、この67LRが緑茶カテキンの受容体として働く可能性を見出したため、以下に示した実験を行いました。
(2)EGCGのガン細胞増殖抑制作用には67LRが必要である
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@-67LR+H2O | A-67LR+EGCG |
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B+67LR+H2O | C+67LR+EGCG |
67LRの細胞表面における発現量 | 顕微鏡観察 |
67LRが緑茶カテキンのガン細胞の増殖抑制作用を仲介するかについて明らかにするため、ヒト肺ガン細胞株A549に67LR遺伝子を導入しました。その結果、67LR遺伝子を入れた細胞67LR(+)では、遺伝子を入れていない67LR(-)と比べて、細胞表面上の67LRの発現量が増えました。また、EGCGの細胞増殖への影響を調べた結果、67LR遺伝子を入れてない細胞@とAあるいは67LR遺伝子を入れてEGCGを加えてない細胞Bではぎっしりとなるまで細胞が増えたのに対し、67LR遺伝子を入れてEGCGを加えた細胞Cでは、細胞の増殖が抑制されていました。一方、RNAiという手法で67LRの発現を低下させるとEGCGの結合性とその細胞増殖抑制活性がともに消失しました。
これまでEGCGの抗ガン作用に関する研究の多くは、10〜100μMという濃度で行われてきました。しかしながら、私たちが数杯のお茶を摂取しても、EGCGは血中に約1μM程度しか認められません。そこで、67LRをより多く発現させたガン細胞を用いて生理的な濃度(1μM)におけるEGCGの作用について検討したところ、顕著にその増殖が抑えられました。一方、67LRに対する抗体でその細胞の表面に発現している67LRを塞ぐと、EGCGの結合が低下するとともに、その細胞増殖抑制作用も阻害されることがわかりました。すなわち、67LRは生理的な濃度におけるEGCGの作用を仲介する分子ということができます。
(3)67LRは茶成分の中でEGCGを特異的に細胞表面で受け取りEGCGの生理作用を細胞に伝達する
緑茶にはカテキン以外にもカフェインなどの生理活性物質が多く含まれています。そこで、この67LRがこうした他の茶成分のガン細胞への結合性や増殖抑制作用を仲介することができるか検討しました。その結果、EGCG以外の茶成分では67LRの発現に関わらず細胞表面における結合性は認められませんでした。また、EGCGにおいて観察されたような顕著な細胞の増殖抑制効果も示されませんでした。これらの結果から、67LRはEGCGの特異的な受容体であり、その生理作用を仲介していることが明らかとなりました。
本研究では、緑茶カテキンの抗ガン作用を仲介する受容体として67LRが機能することを見出しました。現在、緑茶カテキンの他の生理作用についても67LRが関与しているか検討しています。もし、多彩な生理作用が67LRへの結合を介したものであるとすると、67LRの発現を増強することで緑茶カテキンの作用を受け取りやすくするような食べ合わせがあるのではないか、67LRの発現の仕方の違いによりカテキン作用の個人差があるのではないか、等々「健康増進シグナルとしての緑茶カテキン」の可能性を探るのが目下の課題です。
 (copyright 2004 Nature Publishing Group) |
研究成果を掲載した雑誌(Nature Structural & MolecularBiology 2004年4月号)の表紙は茶畑の風景
タイトル: | 「A receptor for green tea polyphenol EGCG(緑茶カテキン受容体の発見)」 |
執筆者: | 立花 宏文 九州大学大学院農学研究院助教授(生物機能科学部門) |
掲載: | Nature Struct. & Mol. Biol. オンライン版に3月14日 (14 March at 1800 London time / 1300 US Eastern time)に掲載 |
印刷体は3月下旬に発行された4月号に掲載
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〈筆者との一問一答〉
Q1:日頃心がけていること、モットーは?
A:幸運は誰の前にも平等に訪れていることを信じ、それをつかむ感性を研ぎ澄ます努力を怠らないこと、研究のコンセプトを大切にすることなどです。
Q2:どんな学生時代を過ごされましたか?
A:アグレッシブで夢大きな先生(故 村上浩紀教授)の下で、研究を楽しんでいたように思います。
Q3:ひらめきの瞬間、研究が新展開した瞬間について。
A:ご紹介した研究でいえば、他研究室での研究装置のデモンストレーションにおいて、試しに測定したカテキンが発したシグナルを見た時でしょうか。
・学生へのメッセージ
自分の能力を信じて、今しかやれないことにチャレンジして下さい。
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立花 宏文 (たちばな ひろふみ)
九州大学大学院農学研究院 助教授、博士(農学)。1991年九州大学大学院農学研究科博士後期課程単位修得退学。同大学助手を経て、1996年より現職。専門は食品機能制御学、細胞制御工学、抗体工学。 |
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