そのA九大の教育理念

 九州大学は,平成12年11月21日の評議会において,「九州大学教育憲章」の制定を決めました。明文化された九州大学の教育理念とも言える教育憲章を御紹介するとともに,草案の起草に携わった内田法学研究院長に,周辺事情を解説していただきます。

九州大学教育憲章制定の周辺

九州大学教育憲章案起草委員会座長・法学研究院長 内田博文

1 .教育の国際化

 教育は国内的な問題にとどまらず,国際的な問題だとされるのが,第二次大戦後の特徴である。20世紀は戦争の世紀といわれるように,二度にわたる世界大戦を引き起こし,ホロ・コーストをはじめ,繰り返してはならない悲劇を歴史に刻印した。戦争の惨禍から将来の世代を救う様々な制度的枠組みが戦後,整備された。教育の国際化もその一つである。教育はすぐれて国際的な問題だと認識された。そして,教育の目的等についても,各種の国際条約が定めるところとなった。

 例えば,世界人権宣言は,その第26条第2項で,「教育は,人格の完全な発展並びに人権及び基本的自由の尊重の強化を目的としなければならない。教育は,すべての国又は人種的若しくは宗教的集団の相互間の理解,寛容及び友好関係を増進し,かつ,平和の維持のため,国際連合の活動を促進するものでなければならない。」と規定している。

 経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約も,その第13条第1項で,「・・締約国は,教育が人格の完成及び人格の尊厳についての意識の十分な発達を指向し並びに人権及び基本的自由の尊重を強化すべきことに同意する。更に,締約国は,教育が,すべての者に対し,自由な社会に効果的に参加すること,諸国民の間及び人種的,種族的又は宗教的集団の間の理解,寛容及び友好を促進すること並びに平和の維持のための国際連合の活動を助長することを可能にすべきことに同意する。」と規定している。

 「児童の権利に関する条約」も,その第29条第2項で,「締約国は,児童の教育が次のことを指向すべきことに同意する。

  1. 児童の人格,才能並びに精神的及び身体的な能力をその可能な最大限度まで発達させること。
  2. 人権及び基本的自由並びに国際連合憲章にうたう原則の尊重を育成すること。
  3. 児童の父母,児童の文化的同一性,言語及び価値観,児童の居住国及び出身国の国民的価値観並びに自己の文明と異なる文明に対する尊重を育成すること。
  4. すべての人民の間の,種族的,国民的及び宗教的集団の間の並びに原住民である者の間の理解,平和,寛容,両性の平等及び友好の精神に従い,自由な社会における責任ある生活のために児童を準備させること。
  5. 自然環境の尊重を育成すること。」と規定している。

 わが教育基本法第1条「教育は,人格の完成をめざし,平和的な国家および社会の形成者として,真理と正義を愛し,個人の価値をたっとび,勤労と責任を重んじ,自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。」との条文も,その前文と合わせ読むと,これら国際条約と共通の教育観に立脚するものと解しえようか。国立,公立,私立というように学校の設置形態が異なっても,この教育の公的な性格は同一で,高等教育の場合には,この公的な性格,なかでも国際性はより強いものが求められることになろう。

2 .重点化された総合大学

 このような観点から,教育の目的等に関する内外の法的な枠組みを参照しつつ,それを重点化された総合大学の教育目的等にふさわしい形に,すなわち「人間性」,「社会性」,「国際性」,「専門性」の各原則の下に再編成したものが本九州大学教育憲章である。重点化された総合大学が追究する「専門性」とは,何よりも「人間性」,「社会性」,「国際性」に支えられたものでなければならず,かつ,それらの各内容は国内的のみならず,国際的な水準に立脚して構想され,具体化されなければならない,ということを謳ったものである。

 重点化された大学における学部教育の在り方に関して近時,キーワードとして浮上しつつある「リベラル・アート」の理解について九州大学としての一定の方向性を打ち出すことも,本憲章の含意の1つである。

 もとより九州大学の高等教育は,国立大学というその設置形態に適合すべく「国民による国民のための国民の高等教育」という視点を当然の出発点とするが,この視点は国際化を踏まえたものでなければならないという20世紀の教訓を生かすことが,21世紀の国立大学にはより強く求められると考えられるからである。第1条において「九州大学は,日本国民のみならず,世界中の人々からも支持される高等教育を一層推進する。」とし,また第2条において「九州大学の教育は,日本の様々な分野において指導的な役割を果たし,アジアをはじめ広く世界で活躍する人材を輩出し,日本及び世界の発展に貢献することを目的とする。」と規定した所以である。

 現在,国立大学においては,法人化等の問題と関連して,「長期目標・長期計画」及び「中期目標・中期計画」が重要な課題となっているが,この脈絡で見れば,本教育憲章は「長期目標」に匹敵するものといえよう。とすれば,この教育憲章を具体化し,肉付けするような長期の教育計画を全学のレベルで,そしてまた部局のレベルで策定することが次の課題となろう。

 しかし,我々にとってより重要で本質的な課題は,教職員及び学生の意識改革であるように思われる。本教育憲章はその第7条第1項において「九州大学は,全学一体となって,上記の教育目的及び原則の達成に取り組むこととする。九州大学の教職員及び学生は自己の使命を自覚し,その職責等の遂行に努めなければならない。」と定めているが,21世紀の九州大学の行き末は,まさにこの意識改革如何にかかっているといっても過言ではなかろう。

(うちだ ひろふみ 刑事法学)

前のページ ページTOPへ 次のページ
インデックスへ