そのB英語教育、IT教育

『A Passage to English―大学生のための基礎的英語学習情報』作成の歩み

言語文化研究院教授 同英語共通教科書編集委員長 徳見道夫

 『A Passage to English―大学生のための基礎的英語学習情報』が2000年10月下旬に九州大学出版会から出版された。この教科書作成の直接の契機は,1999年度から旧言語文化部が導入した新カリキュラムであった。新しいカリキュラムでは,少人数クラスで教える教官数を確保するため,大人数クラスを導入する必要があった。教官の中には大人数クラスの導入に反対する意見もあり,そのため大人数クラスでの効果的な授業方法を緊急に探る必要があった。そこで「共通教科書」を作成し,九州大学の学生全員に,この大人数クラスで基礎的な英語力をつけてもらうという案が浮上した。1998年8月に開かれた英語科教室会議で「共通教科書」作成を認めてもらい,その年の10月頃から教科書作成のための予備会議を重ねていった。その時,押川元重大学教育研究センター教授から暖かい励ましを受けたことや,多くの英語科教官から建設的な意見が出たことは鮮明な記憶として残っている。

 編集委員会の当初からの目標は、英文に注を付けただけのテキストではなく,英語に関する情報を大量かつ多様に盛りこんだものを作りたい,というものであった。「共通教科書」の完成を熱心に支援していただいた柴田洋三郎副学長も同様のお考えであることを知り,意を強くしたものであった。そのため,第1部の英語に関する情報の部分を作成することに相当の時間を費やした。「英語の辞書に載っているから,そんなものを教科書に書く必要はない」という批判もあったが,「共通教科書」編集委員が九州大学の学生のことを考えて,これだけは覚えておいてほしいと願う英単語・熟語や英語表現を選択することは価値あることだと今では思っている。しかも単に単語・熟語を挙げるだけでは なく,それらを覚える方法を詳しく説明したり(第1部第3章,第12章),単語や熟語に例文を付したことは(第1 部第11章,第13章,第14章),この教科書の特徴であると言ってもよい。例文は,2000年8月まで言語文化研究院の助教授であったPeter Rawlings博士と,現九州大学外国人教師のAlastair Horne氏にお願いした。両教官とも忙しい日常の職務をこなしながら例文を作成したことには今でも感謝にたえない。また編集委員である大津助教授や鈴木助教授は,第1部の英語情報作成のために,時には研究室に泊まりこんで教科書の原稿を書いたこともあった。さらに英語情報収集のため,多種多様な本を読み,最後には高校の物理・化学や世界史の教科書にも目を通した。傍から見たら,何故そこまでするかと不思議に思われたかもしれないが,すべて立派な教科書を作りたい一心からであった。1999年の8月には,教科書の編集方針を再度徹底的に議論するために南阿蘇の高原で合宿をしたことがあるが,今では楽しい思い出となっている。

 2001年度前期から,大人数クラスである「英米言語文化演習I」では,この「共通教科書」を用いて授業が行われる。授業方法に関しては,基本的には各教官の裁量に任される予定であるが,一応の指 針を編集委員会で作成する必要があるので,現在その作業が進行中である。編集委員会が現時点で考えていることは,第2部の英文を読みながら,関連のある個所を第1部の英語情報を参照して授業を進めるという形式である。また,第1部の範囲を指定して学生に自主学習をさせ,毎週あるいは隔週に小テストを行うという方法も有効であろう。あるいは,日常会話の得意な教官であれば,第1部第14章の「覚えておきたい口語表現」を集中的に授業することも可能である。このように「共通教科書」は沢山の使用方法を引き出してくれ,教官にとって教えやすい材料を提供していると思う。どのように料理し学生に提供するかは,各教官の力量と熱意にかかっていると言っても過言ではない。

 「共通教科書」作成は,九州大学における英語教育改革の端緒にすぎないと考えている。残念ながら,現在の英語教育は多くの批判を受けている。学校で何年英語を学習しても,ネイティブ・スピーカーと意思の疎通ができないという批判に,「学校で教える英語は基礎的な英語であって実用的ではない」とか,「学校英語は教養である」と反論しても,ますます攻撃されることになるであろう。今日の国際化時代には,そのような反論は全く意味を持たないことは明白だからである。簡単な挨拶や外国人に道順を教える表面的な英語力ではなく,「自分の考えを英語できちんと述べる」ということが,九州大学の英語教育の目標と考えているが,その目標を達成するためには,教官と学生が共に汗を流すことが必要であろう。教官は全力をあげて授業を行い,学生は漫然とそれを受け流すのではなく,毎回予習・復習を怠らず,毎日少しでも英語に接することが重要になる。そうすれば,上に挙げた目標を達成することも,それほど困難なことではないと思われる。新カリキュラムでは,英語力があり熱心な学生には,特別に10人程度のクラスである「選抜英語演習」を開講している。このクラスを受講できる学生は年間100名程度であるが,このクラスの存在は国際的に通用する英語力を持つ学生が九州大学から卒業するという希望に繋がるものと確信している。「共通教科書」がその一助にでもなれば,編集委員の望外の喜びである。

(とくみ みちお エリザベス朝演劇)

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