施設紹介

九州大学理学府付属臨海実験所

臨海実験所長・教授 渡慶次 睦範

天草灘を臨む伝統ある研究教育施設

 日本全国に20ある国立の臨海研究教育施設のなかでも東大・京大・東北大に続く4番目に長い歴史を持つこの臨海実験所は,昭和3年(1928)に九州大学直属の施設として設立されました。その後昭和28年(1953)に理学部附属となり,平成12年には大学院の再編成に伴って大学院理学府附属となって今日に至っています。現在,所長兼教授,助教授,助手,技官及び事務職員の5名に加えて,10人強の大学院生が常駐しており,院生数では臨海実験所中全国1,2位を争う陣容で様々な研究教育活動を行っています。

 実験所のある天草下島は天草諸島の中でも最も西に位置し,雲仙天草国立公園の一端を成し自然環境が豊かで,生物学の野外研究には格好の場です。実験所近くの富岡半島の外海側と早崎海峡に近い通詞島には岩礁海岸が発達し,暖流系生物が豊富に見られます。また実験所の敷地に含まれる面積 57,634.5の巴(まがり)崎には自然状態の海浜性植物群落と転石海岸が広がり,潮間帯棲貝類をはじめとした生物も多く,研究材料に事欠きません。天草下島南部の牛深ではサンゴ類も多く,亜熱帯的な生物群集が見られます。福岡の本学からは陸路で延々4時間強の長旅を強いられますが,2000年春の天草空港開港とともに飛行機を利用すれば福岡から1時間弱で来れるようになりました。

グローバルな研究活動

 天草臨海実験所では創立以来伝統的に海洋動物の系統分類,生態学に関する研究を多く行ってきており,日本における浅海生態研究の中心的役割を担ってきました。現在では,この伝統を生かしつつも従来の臨海実験所の性格を超えて地球レベルで生物多様性及び生物群集の問題を包括的に取り扱うことを大目的としており,ハビタットにとらわれない群集生態学的な研究に取り組んでいます。すなわち,多様な分類群が存在する海洋のみならず,陸水及び陸上群集をも含めて様々な生物群集を対象とし,地球上の色々な系を比較検討することによって,「複数の生物種はどのようにして共存し群集構造を作り上げているか,また群集はどのようにして存続しているのか」を考察しています。これには野外研究と共に群集構造に関する理論的な仕事も進めており,実証・理論の両者による総合的な研究を目指しています。そこで当実験所では,天草のみならず,屋久島・石垣島・沖縄島・西表島等の南西諸島,東南アジア,南太平洋,南アメリカなど生物多様性の高いことで知られる地域を研究対象とした仕事を進めており,潮間帯群集,マングローブを含めた海浜性植物群集,サンゴ礁群集,プランクトン群集,深海群集,河川生物群集ら様々な題材を取り扱っています。また,現教授は前任先のロンドン大学との共同研究も続けており,最近では Science誌に河川動物群集の構造に関する研究が掲載されました。

斬新な教育活動

 大学院重点化に伴い,臨海実験所の役割の中でも大学院教育が大変重要になってきています。国内外から集まった大学院生は現在10名程でそのほとんどが博士課程に属し,大学院生の研究指導が実験所教官の主要な仕事と言えます。大学院生の研究テーマは群集生態学を基盤として海洋,陸水,陸上生態系の多岐に渡り,実験所ではそのような研究の「多様性」を奨励しています。大学院生のノルマとして毎週のSeminarでは自身の研究に関連したことを発表し,Reading Clubでは文献輪読を行っていますが,全て英語での発表,討論が義務付けられており,学会での研究発表もすべてを英語で行うことが慣例となっています。

 学部教育では臨海実験所の重要な機能として臨海実習があります。これは多くの学生にとって様々な生物の生態を観察する非常に良い機会となっています。理学部生物学科の2,3年生を対象に,実験所内にある30人収容の学生宿舎を利用して毎回10日間ほど集中して行っています。この他,他大学の学生を対象とした公開臨海実習も毎年行われています。学部学生対象でも教授の講議はすべて英語で行われていますが,困難さよりも新たな刺激を受けて積極的な姿勢を持つ学生が多いことは,心強いことです。

 研究・教育活動に加え,臨海実験所のスタッフは様々な形で社会的な貢献をしています。特にサンゴに関する研究との関連で野島助教授の仕事はしばしば新聞やテレビで取り上げられ,「地球生き物紀行」,「テレメンタリ−2000」等サンゴ礁についてのテレビ番組製作を援助してきました。また,野島助教授・森助手とも,下は幼稚園児から上は年輩者までを対象とした様々な文化講演会の場に講師としてよばれ,海の生き物とその環境についての啓蒙的な社会教育に貢献しています。また,義務教育の学習指導要領の変更にともない「総合的学習の時間」が増えたことから,地元の小学校の依頼を受け,臨海実験所のスタッフおよび学生総出で海の生物観察の指導を行ったりしています。また,熊本県の中学・高校の教職員を対象とした臨海実習を行っている他,実験所の施設は他大学の臨海実習や研修にも使われています。地球レベルで海の環境問題が注目される中,今後ますます臨海実験所が社会的に係る機会が増えていくものと考えられます。

将来への期待

 生物の多様性や複数種の共存の問題は,生態学のみならず,生物学全体に関わる重要な事柄であり,人類の存続にも関連すると言えます。大スケールでの環境及び生態系変動がクローズアップされている今日,臨海実験所では地の利を活かした基礎的な野外研究から始めて生物とその環境との関係を総合的にとらえ,様々な活動を通して学問と社会の発展に貢献していきたいと考えています。九州大学の中でもユニークな遠隔地にある実験所として,施設・人員面で充実を図りたいと思いますので,関係各位の御協力をお願いする次第です。

図1 臨海実験所本館(photo:T.Hirakawa)
図2実習調査船セリオラ。カラー魚群探知機,GPS,レーダー,ウインチらを搭載する。サンゴ,底生動物,プランクトンなど様々な生物の調査研究に使われている。(photo:T.Hirakawa)
図3実験所の前の海でプランクトン調査を行っているところ。(photo:T.Hirakawa)
図4実験所近辺の天草灘に面する自然海岸。生物種が多く,格好の研究調査場所になっている。(photo:M.Tokeshi)
図5インドネシア・北部スラウェジのサンゴ礁生態系。生物多様性が最も高い地域でマングローブおよびサンゴ礁群集の構造に関する研究を行っている。(photo:M.Tokeshi)
図6及び図7スラウェジの熱帯海域性ウミシダ。多様性が高い地域では未だに分類の進んでいない種が多く見られる。(photo:M.Tokeshi)
(とけし むつのり 群集生態学)

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