[研究紹介ー九大自慢の研究を御紹介します]

九大発 「化学」が見える天気予報

応用力学研究所 教授 鵜野 伊津志

 観測史上もっとも早い黄砂が2001年1月2日に西日本の広い範囲で見られました。また、福岡での黄砂の観測日数は、5月上旬の段階で、既に過去最多の記録を更新しています。黄砂は、アジア大陸の内陸の砂漠域で巻きあがった砂が、春の強い偏西風に乗って数千kmの長距離を飛んで来る現象で、古来から「春がすみ」の一因となっている物質です。黄砂は肉眼でも見分けられますが、黄砂と同時にアジア域の人間活動に伴って排出される大気汚染物質が流れてくることは意外と知られていません。大気中には様々な物質が存在し、お互いに複雑な化学反応をし、雲粒形成、温暖化などの気候変化に関連します(図1)。

 応用力学研究所では、大気中に漂う黄砂や汚染物質である硫酸塩粒子などの物質の流れを予測できる「化学天気予報システム」の研究・開発を進めています。従来、「天気」予報は、気圧配置や降水などの気象のみを対象としていますが、このシステムでは、3次元の気象状況(温度、水蒸気、風向、風速、雲・降水など)の時間変化予報をもとに、人為起源物質(一酸化炭素、二酸化硫黄、硫酸塩粒子、燃焼によるスス成分)と自然起源物質(黄砂、海塩粒子、ラドン、火山ガス)等の大気中の約20の化学成分の流れを、東アジアの東西8000km、南北7200km、上空23kmまでの範囲で72時間先まで計算し、「化学成分の濃度(化学天気)」予報をします。

 この予測計算には、大気の流れ、乱流拡散、化学反応などの膨大な計算が必要となりますが、市販のパソコンを17台組み合わせてネットワークで結合したLinux クラスター(並列計算機)を構築して、安価に高速度で計算する環境を整えたことで初めて実現しました。このシステムの開発は、科学技術振興事業団の特定研究として、1998年10月に着手し、実現までに約2年を要しています。

 この4月に地球大気化学国際共同研究(IGAC)の一環で、日本、韓国、台湾、米国などから100人以上の研究者が参加した大気中の浮遊粒子(エアロゾル)の国際共同観測が、大型の航空機、船舶、地上観測網を用いて過去最大級の規模で行われました。この化学天気予報システムは、航空機の観測計画の立案に積極的に用いられるとともに、観測後のデータ解析にも国際共同研究として活用されます。観測期間中には数度の大規模な黄砂が発生し、特に、4月6日から8日にかけて中国の砂漠で発生した黄砂は、沿海州北部の寒冷渦(低気圧)に巻き込まれ、高濃度のまま北太平洋を横切り北米東岸まで達しました(図2上段)。また、その翌週には、黄砂が西日本を覆う様子が予報されました(図2下段)。

 現在、化学天気予報の結果を解析することで、黄砂が硫酸塩に数時間の遅れを持って日本に飛来することや、従来知られていなかった、東南アジアの焼き畑に伴うススや一酸化炭素が日本に輸送されることが明らかにされつつあります。

 このような化学天気予報システムの開発は世界的にも少なく、酸性雨の原因物質となる硫酸塩粒子の越境大気汚染やアジア大陸からの黄砂輸送、地域大気環境の予測に威力を発揮することが期待できます。開発されたシステムは、現在アジア域を対象としていますが、このシステムは任意の地点、任意の空間分解能に変更することが可能です。具体的には、九州地域の大気濃度予測や、福岡平野の都市汚染予測、関東地域の広域光化学大気汚染予報、桜島や三宅島等の活火山からの火山性ガスの拡散予測などへの適用が可能で、今後の研究課題として取り組むべきテーマとなっています。

(うの いつし 大気変動力学)

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