実社会では、
感性がないといけない。
基本を大づかみしておけば、
できる話です。
谷 福丸(たに ふくまる)
衆議院 事務総長

 谷さんは、一九六三年九州大学法学部卒。一九九四年六月に衆議院事務総長に選出され、国会開催中は常に議長の隣に座っていらっしゃいます。古川貞二郎内閣官房副長官(一九五八年法卒 一九九五年二月から現職)とともに、日本の立法と行政の事務方のトップが揃って九大OBであるという状況が六年半も続いています。各界で活躍している先輩の体験に根ざした話を聞く総合科目「社会と学問」に講師としておいでになった谷事務総長の、講義でのお話とその後のインタビューをまとめました。

小泉人気

 今日は、卒業以来初めての六本松です。九大生時代は田島寮や松原寮に住んでいたこともあります。随分様子が変わったので驚きました。

 衆議院の事務局というのは、議員の国会活動を補佐するのが仕事です。その事務総長は、国会議員から選挙で選ばれるのです。ですから不信任となれば辞めなければなりません。時々議員から「不信任案を出すぞ」と脅されますが、七年間幸いまだそんなことはありません(笑)。国会は私、内閣は古川さんと、永田町界隈の事務方は九大コンビで仕切っているわけです。

 小泉人気ですか。国民が国会に関心を持つようになっているのは確かでしょう。議会政治は言葉の戦いが基本ですが、平成になってそれが忘れられていた面がありました。小泉さんが首相になって、言葉の戦いが復活したと言えるでしょう。

 一九五五年に、自由党と民主党が一つになって自由民主党ができ、社会党の左派と右派も一つになりました。いわゆる五十五年体制で、七十年代の国会はこの二大政党が激しく対立しました。しかし五十五年体制が崩れてくるに連れ、この対立時の国会運営のやり方が形骸化して、管理主義的になる弊害が出てきました。私たちは、国会が本来あるべき姿を取り戻せるよう、改善の努力を続けています。今年始まった党首討論はその一例です。国民に意志決定のプロセスを見ていただくことも大事なことです。

 例えば英国などを見ると、議員内閣制というのは、一人一人が日頃生活する中で、自分の考えや生き方を持っているということが前提にある制度だと思われます。それは日本人の不得手なことかもしれませんが、とても大切だと思います。今は、若い、地盤も何もない人がどんどん発言し、政治にチャレンジしています。いいことだと思います。

忘れられない風景

 私は筑豊の出身です。法学部に入ったころは、もう炭坑がダメになってきていました。仕送りは期待できないが就職してもろく な賃金は貰えない、それならということで進学しました。当時九大には、高岩淡さん(東映株式会社社長 一九五四年経済卒)や近藤秋男さん(全日空株式会社最高顧問 一九五四年法卒)がお始めになった学窓会委員というものがありました。今の予備校のような組織で、私も委員になって入学試験の模擬試験を行っていましたが、そのおかげで大学を無事卒業できました。「追われ行く炭坑」という本に感銘を受け、福岡県に就職しました。炭坑がダメになった筑豊を担当して一生懸命やりました。その後、国の行政職に合格して上京しました。

 忘れられない風景があります。当時の筑豊には、家庭内のことや貧困など本当にいろいろな問題があって、それに懸命に取り組んだ私は、筑豊の人たちに少しは好かれているという自負があったのです。それが、上京が決まって挨拶に行く途中、傍らに菜の花の咲く砂利道で会ったこどもが、私の顔を見て、「好かん人が来たよー」と駆けて行った。自分にはこの人たちのために一生懸命やったという自負があった。しかし、その人たちにとって私は「好かん人」だった。ショックでしたが、それからは、物事は半分、努力は半分分かってもらえれば十分なのだと思うようにしました。

大筋をつかんで、はっきり発言する

 例えば、法律をよく読んでごらんなさい。あの法律とこの法律と並び立つのか、なんて矛盾だらけなのだろうと、そういう感じを抱きます。しかし、その法律でそういうことが定められていることの道筋というものがある。それをよく見ることが大切です。その基本的な道筋を間違えると大変なことになる。基本的な大筋をしっかり押さえて、その上で自分の意見を堂々とはっきり言えるということが、社会では必要です。細かいところばかり見ていて、自分の考えや意見が出せない人がいます。

 また、自分のやりたいことがあれば懸命にそれに打ち込んでほしい。それで一年二年遅れても取り返しがつきます。学歴が通用するのは、せいぜい三十くらいまでです。もう学歴にすがって生きる時代ではありません。実社会では、その人がどんな感性を持っているかが大事です。その感性が、その人が瞬時にどんな判断をするかを決める。そういうものを身に付けるためにも、物事の本質を大づかみするような勉強をしておいてほしいと思います。

 衆議院事務局にはおよそ千八百名のスタッフがいて、いろいろな部署で働いています。最近九大法学部から入った女性は、二年間のオックスフォード留学が決まりました。他にも優秀な先輩がたくさんいます。皆さんも国会職員の試験にぜひチャレンジしてほしいと思います。

Q…事務総長の一日を教えてください。ストレス解消法は?

谷…自宅が茨城なので、朝は七時に出ます。会期中なら、午前中は運営委員会などに出て、国会運営上の諸々について説明や打ち合わせ、午後は本会議に出席となります。最近は、牛歩戦術のために徹夜というようなことは、あまりありません。

 月二回、カルチャー・センターで絵を描いています。趣味と言えばそれがそうでしょうか。

 衆議院事務総長とはどんな方だろうと思っていましたが、豊かな精神のパワーをお持ちの方と感じました。梅雨の最中の蒸し暑い講義室で、上着を着たまま熱意溢れるお話をされました。学生時代は田島寮の木のベッドに寝ていた、仕送りがないので入試の模擬試験を実施する学窓会の委員だったとおっしゃいました。初代学窓会委員の高岩東映社長とどこか通じる、人間味あふれる方だと感じました。

「社会と学問」での講義
谷さんが事務総長を務める衆議院は、国会議事堂の向かって左側にある。

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