日本中が猛暑にあえいでいた七月二十二日(日)、造成が進む福岡市西区の新キャンパス予定地で、九大の教職員や学生、地元の方々が参加して竹の伐採が行われました。作業は、繁茂する竹に加え暑さとの戦いともなりましたが、大学と地元が初めて共同で行ったこのボランティア活動は、様々なものをもたらしてくれたようです。

 新キャンパス予定地の生物多様性保全などに取り組んでいる、矢原先生に説明をお願いしました。

理学研究院 教授 矢原 徹一

ボランティアは、新キャンパス用地を育む

 「松竹梅」の一つに数えられることからもわかるように、竹は古くから日本人に親しまれてきた植物である。しかし、その竹が、日本各地の森に侵入し、急速に森を竹林へと変えている。九大移転用地でも、一年間に約十mという速度で、竹が森の中にひろがり続けている。そのため、保全緑地にせっかく残した森(どんぐりの森や杉・檜の植林)に、消失の危機が迫っている。その竹を伐採し、森林を守ろうという呼びかけにこたえて、約六十名の教職員が元岡の九大移転予定地に集まった。猛暑のさなか、七月二十二日のことである。当日はまた、地元の桑原・元岡にお住まいの方々約六十名も、応援にかけつけてくださった。九大が買い取りを始める前は、住民の方々によって竹林が管理され、森林への侵入が防がれていた。竹林は、両手をひろげた間隔に一本ずつという疎らな密度に間引いておかなければ、良いたけのこがとれないそうだ。ところが、現在の九大移転用地では、竹林の中を歩くのも困難なほど、竹が密生している。そのため、竹はたけのこを伸ばす場所を求めて、竹林から周辺の森林へと侵入を続けているのである。竹は、地下茎で繁殖する。竹の侵入が始まった森では、地下茎を通じて親から養分の供給を受けたたけのこが、春先のわずか二週間で十二.十三mの高さまで伸長し、どんぐりの木や杉や檜の周囲を取り囲む。竹に取り囲まれた樹木は、光をめぐる竹との競争に敗れて、枯れ続けている。このようにして森が消え、山が荒れていく様子には、地元の方々も心を痛めていらっしゃったようだ。

 「竹」と一言で書いてきたが、今回のボランティア作業で伐採をしたのは、モウソウチク(孟宗竹)である。モウソウチクは、今日の日本では、もっとも普通に見かける竹の種類であり、そのたけのこは広く食用にされるので、日本古来の竹と考えている人が多い。しかし、このモウソウチクは、実は中国から江戸末期に持ち込まれた竹であり、長い間日本人が親しんできた竹ではない。鹿児島市郊外の磯庭園の碑文によれば、元文元年(一七三六年)に、島津吉貴が琉球からモウソウチクを初めて移植したという。これが、鹿児島以北にモウソウチクが伝えられた、最古の確実な記録である。江戸では、安永八年(一七七九年)に、品川の薩摩藩邸に植えられたのが、最初の記録である。そして、江戸や京都でモウソウチクが広く植えられるようになったのは、一八〇〇年代になってからである。それ以前から日本で広く植えられていたのは、より小形のハチクやマダケである。ハチクやマダケも九大移転用地内に生育しており、果樹園跡地などに侵入して勢力を拡大しつつあるが、モウソウチクより丈が低いので、森林にとってはそれほど脅威ではない。日本の森とのつきあいが長いこれらの種は、森と共存しやすい性質を持っているのである。一方、新参者のモウソウチクは、どんぐりの仲間など、自生の樹木と強く競争し、それらを駆逐し続けている。外国からの侵入種は、在来種と共存して進化した歴史を持っていないために、しばしば在来種からなる生態系にとって大きな脅威となる。人の管理の手をはなれたモウソウチクは、まさしくそのような脅威の例であり、さまざまな動植物が暮らす日本の森を守るためには、侵入種であるモウソウチクを駆除する必要があるのである。そこで九大移転用地では、管理可能な小面積を除いて、モウソウチクを伐採し、郷土の森を守ることにした。

 九大移転用地での竹伐採作業に最初に取り組まれたのは、福岡グリーンヘルパーの会の方々である。福岡グリーンヘルパーの会は、森林を守ったり育てたりする活動を行っている市民ボランティア組織である。福岡グリーンヘルパーの会では、緑地をできるだけ残し、森を育てていこうという九大の方針に賛同し、竹の伐採に加えて、地元の子供たちに呼びかけて、「どんぐり拾い」というイベントを実施されている。昨年秋に開催された第一回には、約百五十名の小中学生・父兄が参加し、九大移転用地内で、どんぐりの実を拾った。その実から芽生えた苗は、各家庭で二年間育てられたあと、九大移転用地内の保全緑地に植え戻される予定である。先日も、この企画に参加された父兄から電話があり、「ようやくどんぐりが芽を出して、苗が育っている。どのくらいの大きさの鉢に植え替えれば良いか」という問いあわせを受けた。こうして育てられた苗から、九大新キャンパスに新しい森ができるころ、どんぐりを拾った小学生は九大生になっているかもしれない。このような夢のある企画が、市民団体によって進められている。

 しかし、どんぐりの苗を植えようにも、今ある森すら竹に侵略されているありさまでは、安心して植えられる場所がない。モウソウチクの伐採は、どんぐりを拾ってくれた小中学生の夢を実現するためにも、急がねばならない仕事なのである。そこで福岡グリーンヘルパーの会では、昨年に続いて、今年六月、七月と竹の伐採作業を行った。九月、十一月にも作業が予定されている。このような取り組みが市民によって進められているのに、九大の学内でどうしてボランティアを呼びかけないのか――そのように総長に訴えた学生の声が、今回の学内ボランティア実現につながったと聞いている。こうして、市民・学生・教職員の協働が、元岡の地で実現した。この一歩は、たいへん大きな一歩だったと、後に振り返られるようになるのではないかと思う。

 七月二十二日には、元岡の森で新しい発見もあった。保全緑地に残された照葉樹林で、マヤランという珍しい野生ランが発見されたのである。マヤランは、葉をつけず、土壌中の菌類から栄養分を吸収して成長する変わったランである。地表面近くに咲く花は写真のように可憐である。福岡県内では、二箇所で発見記録があるが、いまも生育しているかどうかは定かではない。もともと希少な植物であることに加え、照葉樹林の伐採によって全国的に自生地が減少し、環境省植物レッドデータブックでは絶滅危惧IB類としてリストされている。マヤランという名前は、最初の発見地である神戸市摩耶山に因むが、神戸市摩耶山では絶滅してしまった。神戸市森林植物園では、他の産地のマヤランを譲り受けて、増殖を試みている。元岡で発見されたのはわずか二株であり、これだけ少なくては、ちょっとした環境の変化で絶滅しかねない。九大でも何とか増殖させて、この貴重で可憐なランを保全したいものである。

 モウソウチクの伐採作業を通じて、新しい人との出会いもあった。「矢原先生ですか」と声をかけてくれたのは、九大広報十八号「九大人」特集に登場した佐藤剛史さんだった。百姓にあこがれて農学部に進学したという佐藤さんは、農学部の建物の屋上に田んぼを作り、一方では百姓バンド「種」のリーダーをつとめるユニークな人だ。九大広報の記事を読んで、一度会ってみたいと思っていた矢先の対面だった。元岡で竹伐りに汗を流す佐藤さんには、実践力がともなった人に宿る力強さを感じた。そのほかにもきっと、ユニークな方々が参加されていたに違いないのだが、ゆっくり知り合う時間がなかったのが残念だった。元岡の森や自然を守るボランティア活動を長く続けていくためには、参加者どうしが交流を深め、仲間として協働する気持ちを育てあうことが必要だろう。次回以後のとりくみでは、そのような点にも配慮したい。

 それにしても、七月二十二日は暑かった。しっかりと太ったモウソウチクを一本切り倒すだけで、意識がかすむほど、暑かった。暑い中を、元岡にお集まりいただいた参加者のみなさんには、この場を借りてお礼申し上げたい。次回は、もっと涼しい時期に学内ボランティアを行いたいものである。ボランティア活動は、楽しくなければ長続きしない。春先であれば、たけのこを収穫する楽しみもある。九大移転用地に見られるような里山の自然は、人と農業との関わりを通じて今日まで残されてきた。このような里山の自然を未来に受け継いでいくためには、人と農地や森との関わりを新しい形で再生する必要がある。そのための一つの方法は、キャンパスで暮らす私たちが、たけのこを掘ったり、つくしをつんだりして、もっと自然の恵みを利用することだろう。私たちは、あまりにも自然と距離を置いた日常生活を送っているが、みんながもう少し自然との距離を縮めることで、新しい未来が見えてくるかもしれない。今回の竹伐りボランティアがきっかけとなって、もっと多くの方々に、移転用地の自然に関わっていただけるよう、期待している。

(やはら てつかず 生態学)

九州大学学術研究都市シンポジウム

−新たな『知の拠点づくり』への展望−

東京で開催

 21世紀は「知の時代になる」と言われています。国際競争力を強化し、経済成長を生み出すためには、世界最高水準の大学を実現し、共同研究・技術移転などの産学連携の促進や、大学発ベンチャーの育成が不可欠です。

 このような状況の中、九州大学は、大学院における「学府・研究院制度」の創設などの先導的大学改革と、福岡市西部へのキャンパス統合移転事業を進めています。これを契機に、平成10年6月に設立された「九州大学学術研究都市推進協議会」(会長:大野茂(社)九州・山口経済連合会会長、代表委員:大野茂会長、麻生渡福岡県知事、山崎広太郎福岡市長、杉岡洋一九州大学総長)は、平成13年6月、産官学連携型の新たな国際的、先進的学術研究都市の形成を目指して、「九州大学学術研究都市構想」を策定しました。

 これは、最先端の技術・研究・教育の設備が有機的・機能的に連携し、九州大学の新キャンパスを核に、人材養成や学際的研究・交流を展開する、21世紀の新たな「知の拠点づくり」構想です。

 この「知の拠点づくり」を目指す構想の理念、社会的役割を、産学連携、地域との共生、科学技術システムの構築などさまざまな視点から、さらに日本の大学全体の課題として、行政・産業・大学の関係者がディスカッションし、提言していくシンポジウムが、東京で開催されます。

 中心となるテーマは

  • 「科学技術創造立国と大学改革」
  • 「“知”の拠点としての大学の役割」
です。

とき平成13年11月2日(金)
午後1時30分〜午後5時
ところ経団連会館 国際会議場(11階)
東京都千代田区大手町1-9-4
TEL(03)3279-1141(代)
基調講演「新世紀の科学技術政策」
講師 前田勝之助(東レ会長・元経団連副会長・総合科学技術会議議員)
パネルディスカッション「“知”の拠点としての大学の役割」
コーディネーター 藤田 太寅(NHK解説委員)
パネラー桑原 洋(総合科学技術会議議員)
竹内佐和子(東京大学大学院助教授)
矢田 俊文(九州大学副学長)
ほか
参加対象一般(200名)
主催九州大学学術研究都市推進協議会
(九州・山口経済連合会内 TEL(092)761-4261)
「お知らせ」
※シンポジウムの模様は,NHKのBS-1「BSフォーラム」並びに教育テレビで放送されます。

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