梶山千里新総長に聞く

 九月十四日(金)、杉岡洋一第二十代総長の任期満了を受けた次期総長候補者選挙の本選挙が実施されました。その結果、梶山千里(かじやまちさと)工学研究院長が次期(第二十一代)総長候補者に選定され、引き続き開催された評議会で次期総長候補者に選考されました。そして十一月七日には、文部科学大臣の発令を受け、正式に第二十一代九州大学総長に就任しました。
 法人化や統合移転を目前にした九州大学の舵取り役となる梶山新総長に、抱負を語っていただきました。


 梶山千里新総長は、昭和15 年福岡県生まれ。昭和39 年九州大学工学部卒業、昭和41 年九州大学大学院工学研究科修士課程修了、昭和44 年マサチューセッツ大学大学院高分子工学科博士課程修了、Ph.D.取得。昭和50 年工学博士(九州大学)。平成12 年4 月1 日から工学研究院長。平成12 年からの高分子学会会長など学会等の役員を多数歴任。
Q …ご出身は福岡県ですが、大学入学ま ではお父様のお仕事の関係で各地を動 かれたそうですね。どのような中学、高 校時代を過ごされたのでしょうか。また どのような大学生だったのでしょうか。

梶山…九州大学に入るまで、入学してそ のまま卒業した学校がありませんでした。 でも、あちこちに一生の財産となるよう な友だちができて感謝しています。それに、 他人に頼らない気持ちが育ったように思 います。例えば、幾何は違う高等学校で二 回習い、微積分はとうとう習わなかった というようなことがありました。でもま あ自分で勉強すれば分かったし、不満は ありませんでした。
大学は応用化学科に入りました。以前 いた高校の同級生がたまたま同じクラス にいて、私の下宿近くに住んでいました。 その彼と、「高校時代はあまり本が読め なかったなァ、本を読もう」ということに なり、文学部学生だった下宿のお嬢さん を加えた三人で、新潮や角川の文庫本の 外国小説を片っ端から、年に三百冊近く 読みました。お金がないから、三人で回し 読み。そのころ読んだ文章を、今でもふと 思い出すことがあります。それから、でき たばかりのダンス研究部に二年間いて、一 年中ほとんど毎日練習していました。社 交ダンスというのはスポーツですね。先輩 と後輩の関係を学んだり、専門外の友人 ができたり、これもいろいろな意味でいい 経験になりました。

Q … 修士課程修了後、アメリカのマサチ ューセッツ大学に留学されました。アメリ カでの思い出や、お感じになったことな どをお聞かせください。

梶山…
留学時代の梶山先生(中央)と
恩師スタイン先生(左)
なにしろ飛行機に乗ったのもその 時が初めてでした。渡米前に生活習慣な どいろいろ予想し、英会話を練習したり して行ったのですが、聞いたことと実際は 大きく違いました。しかし、感情や思いや りの心はアメリカ人も同じ人間だなとも 感じました。留学先のマサチューセッツ大 学は、二代目の学長が「少年よ大志を抱 け」のクラーク先生という元々農学校なの ですが、高分子に関しては当時世界一で した。日本では京都大学の高分子化学科 がトップの研 究をしていま したし、マサチ ューセッツ大学 でも石を投げ れば当たると いうくらい京 大の人がいま したが、九大からは私一人。空港に迎えに 来てくれた初対面の京大の先輩が大学へ 向かう車の中で「梶山、お前は英語が下 手なんだから、学位が欲しければ土曜日 曜なく勉強しろよ」と言いました。「厳し いな」と思いました。今の日本の博士課程 の学生よりは勉強していたように思いま すが、周りもそうでしたし、根が楽天的な のか、アメリカでの生活は楽しかったな。ア メリカに行かせてくださった恩師の高柳 素夫先生や、お世話になったマックナイト 先生、スタイン先生には心から感謝してい ます。
 留学してよかったことは、良いアメリカ 人の友だちができたのはもちろんですが、 その頃マサチューセッツ大学に滞在あるい は訪問して来た多くの一流の日本人と出 会えたことです。それは、私の人生の大き な財産になったし、帰国してからもいろい ろな面でその方々に助けられました。で すから留学する人には「いい日本人を見 つけて来いよ、一生の財産になるよ」と言 っています。「アメリカ人の研究の仕方や 考え方は持ち帰っていいが、向こうでやって いた研究テーマは持って帰るな」とも。そ れは「独創性に欠ける」という評価につな がりますから。人材の流動のことが言わ れていますが、多くの機関や国を経験す ることにより、体験に基づいて様々なこと を比較することができます。また、物事の 判断や人生の岐路に立って、より良い方 を選択できるチャンスを増すことができ る。いいことだと思っています。

Q …工学研究院長に加えて、高分子学 会会長など学外の役員も多く歴任して こられ、ご研究もお忙しそうです。総長 就任でますますお忙しくなるのではない でしょうか。工学研究院長になられてか らも、毎朝歩いて大学に来られていまし た。健康法やストレス解消法、ご趣味な どを教えてください。

梶山…歩くのは、ほとんど毎日一万歩は 歩きます。確かに忙しいけど、時間は有効 に使うよう努めています。朝の四時頃家 を出て研究室に来ることもありますが、 これが唯一貴重な自分の時間かな。出張 のときも論文などを持って行って、空港で の待ち時間にはそれを読んだり、運動の ため歩き回ったりしています(笑)。徒歩 通勤はずっと続けたい。
 ストレス解消法と言えば、テニスや果樹 栽培がそうかな。幸い私には仕事に関係 ない友人がたくさんいて、テニス仲間は長 い付き合いで九大以外の人たちです。果 樹は栗やみかん、梅など。母の里が農家で、 叔父から肥料のやり方やせん定の仕方な ど指導を受けながらやっていますが、なる ほどと納得したり、学んだり、いろいろ考 えたりして面白い。自分で実を収穫した ことはほとんどないんですけど、作業の中 に季節の移り変わりや自然の営みを感じ ることができていいです。
 趣味は、様々な「塩・こしょう入れ」を、 旅先で買ったり骨董屋を訪ねたりして七 百個くらいになっています。誰も集めてい ない物を集めてみようと始めたのですが、 いつか、塩やこしょう、あるいは塩・こしょう 入れの歴史など調べたいと思っています。
Q …統合移転は、今年度中に第工区の 造成が終わり、平成十七年度の移転開始 と工学部などの一部開校をめざして作 業が進められています。移転についての 総長のお考え、また新キャンパスで実現 したいことをお話しください。

梶山… まず、理系の立場で言うと、大規 模あるいは精密になっていくサイエンスを 研究する環境として、現キャンパスは十分 ではない。飛行機や周辺からの騒音や振 動は、精密な研究に支障を与えますし、 民家に囲まれているということで制限さ れる研究もあります。ナノテクノロジーの 研究を進めるためには特に精密な測定が 必要ですが、潮の満ち引きの影響を受け る砂地に建つ現キャンパスではそれができ ない。それと、これは文系も含めてのこと ですが、これからの教育や研究には、融合、 学際といった他分野との結びつきが重要 になってきますが、現キャンパスはそれがや りやすい建物や人の配置になっていない。 また、四、五十人程度の教室で、一人一人 の質問にもすぐ答えられるe- learning 機 能を取り入れた講義を行うと、大講義 室に比べて学生の集中力が違うはずです。 新たな発展が可能な新しいキャンパスが 必要なのです。
 新キャンパスでは、学生が住んでたのし い仕掛けと、社会にどれだけ開放できる かを考えなければならないと思います。 その意味で、キャンパスにタウン機能を持 たせたい。
 例えば、できれば四千人くらい収容で きる寮を作って、夏の学生がいない時期に これをホテルとして使う。食堂はレストラ ンとして。そして、他大学学生も参加でき るサマースクールや、数千人規模の国際会 議を開催する。参加者は昼は講義や会 議に出席すると同時に、キャンパス内を散 策したりスポーツ施設を利用することも できる。夜はキャンパス内の博物館やホー ルで一般の劇場では見られない映画の上 映、演劇やコンサートをやって、それを市 民にも開放する。このようなイベントによ って人が集まり雇用も生じ、学生がアルバ イトをすることもできる。新キャンパスに 塀は不要で、みんながたのしく時を過ご せる公園としてのキャンパス経営を考え たいと思います。
 移転したら少なくとも二十年は不便 でしょう。大阪大学が今のキャンパスに移っ たとき、私も中で実験していましたが、教 室で自炊したりしてそれは不便でしたよ。 でも、中之島などの旧キャンパスで今の大 阪大学の発展はなかったでしょう。北で気 象条件が厳しいにもかかわらず北海道大 学へ九州からも学生が行くのは、あのキャ ンパスにロマンを感じさせるものがあるか らでしょう。そういうことは大切です。た だ「不便だ」「田舎で人が来ない」「だから 移転しない」では、九州大学は哀れな大学 になってしまいます。大学に住んで、勉強 ができて楽しみもある。「九州大学の新キ ャンパスはすごい」となれば学生は来ます。 デメリットはメリットに変えられます。九州 大学も少なくとも五十年先まで考えて、 新しいキャンパスを作っていくべきだと思い ます。

Q … 統合移転を進める九州大学に、法 人化という大きな変革の波が来ます。ま た、大学院の専攻を基本にいわゆる「ト ップ3 0 」が選ばれ、重点的に予算が配 分されます。これらへの対応は、九州大 学にとっても大きな問題なのではないで しょうか。

梶山…
オープンスペース「キャンパス・コモン」のイメージ
法人化と新キャンパス移転が同時 に来る、こんなときに総長になって大変で すねと同情されます(笑)。でも私は、こ の二つが同時に来たことは、九州大学の変 革にとって千載一遇のチャンスだと思って いるのです。教育研究の充実や事業の展 開などという法人として求められること に、新しいキャンパスで着手できるわけで すから。 まず、「九州大学が総合大学として世 界の一流にならなければならない」という 大前提があります。そのための「経営」「組 織」「教育研究」の仕掛けをどうするか、 です。 九州大学の「教育研究」については、九 州大学に居る限り「いい教育、いい研究を して当たりまえ」なのです。文系理系を 問わず、まず教育と基 礎研究がきちっとしてい なければ、九州大学の 存在価値はりません。 この二つに対しては、大 学が財政的にも十分に 手当しなければならない。 しっかりした基礎研究 に独創性が加わってはじ めて、いい応用研究が可 能になるのですから。
 そしてこれからは、ど んな社会貢献ができるか、 何を社会に向けて発信 できるかが重要になって きます。それは、理系な らば産学連携。文系は 市民講座や本の出版、メディアへの登場な ども含めた社会連携。良質の教育・研究 に加えて、これまで意識されることが少な かったそのような社会への貢献があって初 めて、九州大学は評価され得ると思います。 九州大学はどの分野でも教育・研究レ ベルは高い。しかし、自分がどの辺りにいる のか知るために、周囲の教育・研究の状況 と動向を知ることは大事です。九州大学 に限らずどの大学の先生方も「自分たち はよくやっている」とおっしゃいます。「科 研費は三年前の二倍になった」と。しかし 他の研究者は五倍取っているかもしれな い。旧七帝大と言っても分野によって差異 はあり、今は七帝大以外のどの大学のど の分野にも一流になれるチャンスがある。 九州大学も、いつまでも旧七帝大という 感覚では追い抜かれてしまいます。
 もう一つは時間軸。昔に比べて今はこの 概念がたいへん重要になっています。五年 前の三年は今の二年というくらいスピード は上がっており、他はもっとスピードアップ しているかもしれない。九州と東京とは情 報の到達時間も刺激の量も違います。こ のことを忘れると埋没してしまいかねま せん。周囲の状況や社会の要請を感知す るための情報収集は、九州にいるからこそ とても重要で、研究戦略委員会の下に設 置が検討されている企画戦略ワーキング グループ(仮称)は、今後とても大事な役 目を果たすでしょう。

Q … 先日、第二回九州大学アジア学長会 議が終わり、各大学にネットワークポイ ントを置いたアジアの大学との連携が具 体的に動き始めました。国際交流の今 後の展開についてお考えをお聞きします。

梶山… 国際交流の推進は言を待たない 課題です。ただ、国際交流と言うのは簡 単ですが、真の交流は教官一人一人の地 道な努力が基本にあるという認識は必要 でしょう。多くの文系の先生方が、そうい う交流をやっておられて感心します。
 アメリカがなぜノーベル賞を多く受賞す るかという問いに対する答えの一つに、宣 伝やアピールがうまいというのがあります。 アメリカには英語という世界共通の言語 があって、外国から訪問しやすい環境があ り、かつ研究のアクティビティも高く、非常 に活発に行われている。だから、多くの優 秀な人たちが自然と世界から集まり、彼 らが帰って自国でアメリカの研究活動を 宣伝してくれる。そういう状況にありま すので、アメリカの研究者は有利なのです。
 九州大学でも、一人一人の研究者の積極 的な努力で研究のアクティビティが高まれ ば、自然に外国の研究者や学生は集まっ てくるのです。各国における九州大学の 拠点作りも、一人一人が具体的、継続的 に交流を進めることが大事で、大学がや るべきことは、その組織作りを積極的に 支援することだと思います。草の根から 始まり、それが組織としての交流につなが る。今回のアジア学長会議の成果は、個々 人の交流を組織としての交流につなげる いい契機となると思われます。

Q … 総長選挙後の記者会見で、「これま で築いた伝統を礎に、『変革し飛躍する 九州大学』を作りたい」とおっしゃいまし た。もう少し詳しくお話ください。

梶山…個人個人が自分の立場や状況を 知り、教育や基礎研究をしっかり行い、加 えて社会と連携した活動を行う。それが あってはじめて九州大学としての飛躍が あり、社会から評価される。九州大学の 変革のためにも、個人個人の努力がまず 大切です。
 大学としては、これからは、組織的な運 営や経営を意識しなければなりません。 教官と事務官はそのための両輪で、総長 のリーダーシップとともに事務サイドのリ ーダーシップも必要で、ブレーキをかけた とき片効きにならないようにしなければ なりません。教官に変革が必要なのと同 様、事務サイドの変革も望まれます。産 学連携や国際交流を効果的に進めるた めには、教官だけでなく、専門性を持つプ ロが事務サイドにいることが必要で、諸施 策が成功するか否かは、事務サイドがプロ としての意識と能力をもって対応できる かどうかにかかっています。事務官は何年 か毎に各部署を回るというのでなく、そ ういうプロを養成してほしいし、当面は企 業や学会などから来ていただいても良い と思います。重要な委員会のメンバーに事 務の方が加わることも、大学改革のため に不可欠です。飛躍する九州大学である ためにも、事務組織の強化を強く望んで います。
 杉岡総長はじめ、矢田、柴田両副学長、 執行部の先生方は、様々な変革、改革を 断行され、次の飛躍に向けた立派な礎を 築かれました。とても有り難いことです。

Q …最後に、学生に向けてメッセージを お願いします。
梶山… 「勉強せい」と言いたい(笑)。それ も専門を勉強するのは当たりまえで、社 会や人間を知る勉強をもっとしてほしい。 「学生である前に、良い社会人であれ」と いつも言っています。一生懸命勉強するの は、九州大学の学生であるからには当然 のことです。九州大学は、バイトしながら ゆったり過ごすというような大学ではな い。もしこのようなことが学生に可能で あれば、カリキュラムや教育・研究指導法 を、教官及び大学として見直す必要があ ります。「鉄は熱いうちに打て」です。

インタビューはおよそ一時間にわたって 行われましたが、お読みいただいてお分か りのように、それはとても密度の濃い一 時間でした。統合移転と法人化という寄 せ来る波を越えて、九州大学をさらなる 発展へと誘う、梶山千里新総長のエネル ギーと情熱の強さを感じました。

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