福岡市西区の九州大学新キャンパス用地の生物多様性保全ゾーンでは、「どんぐりの森をつくろう」というイベントが進められています。これは、子どもたちが自然環境の学習ができるような、小鳥や昆虫の生息する森をつくろうという森林保全活動で、ボランティアの方々が近郊の小学校や住民に呼びかけ、九州大学の矢原徹一教授(理学研究院)や薛(せつ)孝夫助教授(農学部付属演習林)が協力して行われているものです。子どもたちは森で拾ったどんぐりの実を大切に育て、それをまたおかあさんどんぐりの木に近いところに植えます。平成十三年十一月十一日に、第二回目となるどんぐり拾いが行われました。

新キャンパスに

ドングリの森を造ろう!
ドングリ拾い

農学研究院 助手 比良松 道一

 (そう、たしか「どんぐりこ」、でなくて「どんぶりこ」だったよなぁ…)と自分に言い聞かせながら、私は、娘といっしょに誰もが小さい頃から親しんできた童謡を口ずさみ、せっせとドングリを拾っていた。

 場所は福岡市の西の外れ、糸島半島の内陸に位置する九大移転予定地。ここで私が家族とドングリ拾いをしているのには理由があった。ドングリ拾いは、九大が大掛かりなお引越しのポリシーとして掲げている「森林面積を減らさない」、「種の絶滅をおこさない」に則ったボランティア活動で、今回で二回目になる。新キャンパスでの森造りに大変貢献して下さっている市民ボランティアグループ「福岡グリーンヘルパーの会」の呼び掛けにより、今回は、小中学生やその父兄を中心とした市民、それに学内の教職員・学生を含む、総勢百名を超える人たちが移転地に集い、午前中いっぱいドングリ拾いに精を出した。

 ドングリと一口に言っても九大移転地の森には、クヌギ、ナラガシワ、コナラ、アラカシ、マテバシイ、スダジイ、ツブラジイなど、さまざまな形や大きさのドングリを実らせる樹種がある。そんなたくさんの種類のドングリを、森に這いつくばったり、時には滑ったり転げたりしながら、泥だらけになって探す小中学生たち。ひょっとすると、木の実が大切な食料だった、遠い縄文時代の子供たちもこんな風だったのかもしれない。足元もおぼつかない一歳の次女は、最初は自分で森を歩くことさえためらっていたが、周りの小中学生たちに刺激されてか、途中からは夢中になってドングリを拾っていた。「こちらは山の小猿?!」とその姿を見て私は思った。袋一杯のドングリを集め、満足気な子供達の表情が印象的だった。

 「実は、ドングリころころの歌詞にある『お池』とは、水田で使う水を溜めておく農業用の『ため池』のことなんです」と、ドングリを拾い終わった小中学生や父兄の前で、新キャンパスの森と生き物の保全に携わる矢原徹一教授は語った。つまりこの唄の歌詞は、あの「となりのトトロ」に描かれているような、ドングリの木が生える森やため池、水田がセットになった、懐かしい農村風景の一コマなのである。

 今となってはなかなか想像し難いことだが、ドングリの木は、石炭、石油、ガス、電気がエネルギーの主役となる高度経済成長期以前には、生活には欠かせない薪炭燃料として利用されていた。このため民家の周囲には、ドングリの木を意識的に残すように管理された雑木林が必ずあった。また、日本各地の遺跡からは、縄文人がドングリを食料としていた証拠が多数挙がっており、彼らの住居の周辺には、人の手で管理されたドングリの雑木林がすでにあったとも言われている。このように、ドングリがころころと転がる森とは、原生林ではなく、非常に古い時代から人が手を加えることで生み出された半自然林(二次林)なのである。興味深いことに、移転地の森の一画から古墳時代から奈良時代の「たたらば」(製鉄所)遺構が見つかっている。きっとこの付近に住んでいた昔の人は、森のドングリの木を燃料にして鉄を造っていたのだろう。

 家に帰って早速、子供たちとプランターにドングリを播いた。私はこれまでにいろいろな植物を育てた経験があるが、ドングリを播くのは初めてである。大人の私でも結構楽しめた。トトロの魔法のようにすぐに大きくとはいかないだろうが、来春に芽吹く姿を子供たちと楽しみに待っている。そしていよいよ今年は、一回目のドングリ拾いで小中学生たちに育てられたドングリの苗木が、九大移転地に戻って来る。

 我が国の里山の森は、太古から、人によってほどほどに、かつ持続的に利用されることにより、氷河期以降に気候の温暖化が進んでも、常緑広葉樹ばかりの森に移り変わることなく生き残ってきた。こうした人と森との関わりは、図らずも、自然の力だけでは成し得なかった独特な環境を創出し、野生状態では失われるはずだった生き物たちを多数育んだ。数千年もの間、我々のパートナーであったその里山の森が、今各地で悲鳴をあげ、急速な勢いで失われつつある。利用しなくなった森の荒廃や、開発による森の消失がその原因である。幸い移転地では、ため池や水田を擁する農場も造営される予定である。それを上手に活かせば、「ドングリころころ」の世界のような、人と生き物が共存する里山空間を新キャンパスに復元することも夢でない!子供達とドングリの森造りを楽しみながらそんなゴールを目指したい。

(ひらまつ みちかず 農業生産生態学/農学部付属農場)

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