研究紹介

 今回は、医学研究院長・医学部長の桑野信彦(くわの みちひこ)教授から、がんとの戦いの最前線を、分かりやすくご紹介いただきました。

 なおこの研究は、新たな学問領域の創設や教育の推進を目的とする本学独自の制度「教育研究プログラム・研究拠点形成プロジェクト」(通称P&P)に、平成10-11年度に採択されたものです。桑野教授を代表とする研究組織に加わったのは、医学部、生体防御医学研究所、薬学部、歯学部、農学部でした。

チロシンキナーゼ阻害剤による血管新生阻害
〜新しいがん分子標的治療に向けて〜
桑野 信彦(医学研究院 分子常態医学部門 医化学分野 教授)

血管新生とは?

 がんが増大するときにがん細胞は栄養や酸素を得るために新しい血管を引き込もうとします。この現象を血管新生と呼びます。この血管新生を阻害しがんを兵糧攻めにするという概念が提唱されて、以来注目されています。

 がん細胞はVEGF (vascular endothelial growth factor)という血管新生を誘導する物質を産生したり、EGF (epidermal growth factor)というがん自身の増殖を促す物質を産生したりしてがんを増大させていきます。これらの物質に対する受容体は血管内皮細胞やがん細胞自身が持っていて、これらの物質が受容体と結合することにより受容体自身がリン酸化(活性化)され、その結果細胞内に増殖や遊走など様々な命令が伝達されます。この受容体のリン酸化を阻害することで細胞内の伝達を阻害し、血管新生阻害、さらに抗がん効果を示すことが期待できます。

 私たちはチロシンキナーゼ阻害剤であるVEGFレセプター阻害剤(VEGFR-TKI) とEGFレセプター阻害剤(EGFR-TKI)の血管新生阻害作用について検討しました。

もう少し詳しく 血管新生とは?

 血管新生刺激によるもともと存在している血管内皮細胞の活性化に始まり、基底膜や細胞外基質の消化、細胞の増殖・遊走、そして再分化(管腔形成と基底膜再生)と周皮細胞による血管壁の再構築の各段階からなります。

EGF受容体チロシンキナーゼ阻害剤
(EGFR-TKI) の血管新生阻害作用

VEGF受容体チロシンキナーゼ阻害剤
(VEGFR-TKI) の血管新生阻害作用

 EGFやその受容体は多くの固形がんで高発現しており、一般に浸潤・転移・予後不良と相関があるといわれています。EGF受容体チロシンキナーゼ阻害剤(EGFR-TKI) はがん細胞の増殖・生存・血管新生などを抑制すると考えられています。
 今回私たちは、EGFR-TKIが間接および直接的に血管内皮細胞に働き、血管新生を阻害することを示しました。
1がん細胞において、EGF誘導により血管新生促進因子(VEGF, IL-8)が産生されEGFR-TKIはその産生を濃度依存的に抑えました。

2ヒト微小血管内皮細胞において、EGFR-TKIはEGF誘導による管腔形成を抑制しました。
 VEGFは、Flt-1とKDR の二つの受容体に結合することができ、血管内皮細胞では増殖や遊走などに関与しています。
 KDR のチロシンキナーゼを阻害する血管新生阻害剤について、私たちはVEGFのもう一つの受容体であるFlt-1のキナーゼも阻害することを発見しました。
1KDRには結合しないでFlt-1にのみ結合するPlGF(placenta growth factor)を用いて、血管内皮細胞の遊走能をみました。PlGF によって誘導された遊走能は、VEGFR-TKIによって減少しました。

2マウスの皮下にPlGFを混ぜたマトリゲルを注入し、3日後に取りだしてマトリゲル内に侵入した管腔を計測し検討しました。PlGFを混ぜたマトリゲルは管腔が著明にみられましたが、VEGFR-TKIを投与することで管腔の数は減少しました。
3マウス角膜法において、VEGFR-TKI はVEGF 誘導の血管新生を、EGFR-TKI はEGF 誘導の血管新生を抑制しました。

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