九州大学のビジネス・スクール&ロー・スクール

平成十五年四月に、ビジネス・スクールが九州大学に誕生します。 ロー・スクールも翌十六年四月の設置に向けた準備が進んでいます。 社会人を含む広範な分野から人材を集め、ビジネスのプロと真の法曹の育成を目指し、全国的に注目されている両スクールについて、現場からの報告です。


九州大学ビジネス・スクールの開校

経済学研究院長
ビジネス・スクール設置準備室長
矢田俊文

国立大学三番目のビジネス・スクール

 九州大学では、平成十五年四月に専門職大学院のビジネス・スクールを開校します。

 国立大学のビジネス・スクールとしては一橋大学、神戸大学についで三番目です。アメリカではすでに多くのビジネス・スクールが開設され、長い伝統をもっていますが、日本では指折り数えられるほど少なく、これから一挙に増えていくものと思われます。九州大学は、こうした流れの先頭集団に位置することになりますが、今後厳しい競争になることは避けられません。また、現在開設されているビジネス・スクールは、ほとんど首都圏か関西圏で、地方都市圏では最初で、人材育成需要の規模・特質などを正確に把握した特有の工夫が求められます。

コンセプトは技術のわかる、アジアビジネスに精通したMBA育成

 本ビジネススクールのカリキュラムは、ビジネス・リーダーに必要な、「組織マネジメント」、「マーケティング戦略」、「アカウンティング」、「企業財務」、「企業倫理」などを必修科目として履修するとともに、さらに進んで、「戦略的人的資源管理」、「企業戦略」、「ファイナンシアル・リスク」、「経営リスク・マネジメント」、「企業価値創造とM&A」などビジネスの戦略マネジメントに関する科目群を履修することができます。また、「知的財産管理」、「技術開発とリスクのマネジメント」、「産学連携マネジメント」、「ベンチャー企業」など、技術とマネジメントに関わる科目群を履修することもできます。この技術とマネジメントに関わる学習が可能なことが、本コースの一つの特徴です。本専攻の英文表記がGraduate School ofBusiness and Technology Managementとしたのもこうした特色を反映したものです。このため、工学研究院から二名の教官が加わり、知的財産権の専門家や東大TLOで沢山の産学連携を実施してきたスタッフが採用されました。

 科目群のなかで技術関連を取り揃えたのを「縦糸」とすれば、個々の講義のなかで、アジアビジネスのケース・スタディをふんだんに取り入れ、アジア・ビジネスに精通したMBAの養成を目指す「横糸」を用意していることが本専攻のもう一つの特徴です。アジアでの国際マーケティングの経験豊富な教官、上海ビジネスのコンサルを多数手がけている教官、中国で日系企業を立ち上げてきた経験をもつ教官が採用されました。また、韓国の釜山大学、中国の上海交通大学、タイのタマサート大学のそれぞれのビジネス・スクールと提携し、単位の互換、教員・学生の相互交流、本専攻の複数の教官による出張講義などを企画しています。教官二十名のうち、ビジネス界から八名の教官を新規に採用しました。すでに就任している三名を加えると、実務経験教官は十一名と過半に達します。これも本専攻の特色です。

学府・研究院制度の活用

 本ビジネス・スクールの正式名称は、九州大学大学院経済学府産業マネジメント専攻で、経済学府の経済工学専攻、経済システム専攻とならぶ専攻として設置されます。ただし、産業マネジメント専攻だけは修士課程です。学生定員四十五名、教官二十名の専攻として認可されました。本専攻の設置が他の基幹大学に先駆けて可能になったのは、コンセプトやカリキュラムの確かさとともに、平成十二年に本学が採用した学府・研究院制度が大いにかかわっています。もっぱら本専攻の教育にかかわる教官は、経済学研究院産業マネジメント部門十名で、このほかに産業・企業システム部門四名、国際経済経営部門一名、計五名の経済学研究院教官が学部、博士課程教官でありながら修士課程のみ産業マネジメント専攻教官となり、また人間環境学研究院一名、工学研究院二名、言語文化研究院二名、計五名の教官が「分担」の形で参画しています。学府・研究院制度がなければ、専任教官はわずか十名しか確保できず、本専攻の設置は困難だったと思われます。 無理な教官の移動をせず、かつ多様な専門の教官が専任として担当できるのは、学府・研究院制度の活用によるものです。

社会人・留学生・技術系学生のビジネス教育による多様な人材の育成

 アジアに近接した地方中枢都市・福岡にあって、いかなる人材の育成を目指しているのか、本専攻の大きな課題となります。

 一つは、北部九州経済圏のビジネスマンを対象に本格的なマネジメント教育を行い、地域の企業の活性化に寄与することです。戦後の日本は、偏差値による大学のランク付け、これに依存した大企業の採用人事、OJT(On the Job Training)と終身雇用制によって日本的経営が確立し、高度成長がなされました。しかし、グロバリゼーションによる複雑かつ速い経営環境の変化のなかで、企業の競争力が問われ、企業内人材教育に陰りがみえ、科学的・組織的なマネジメント教育が不可欠となりました。

 第二は、技術のわかる社会人・学生にマネジメント教育を行うことにより、ベンチャー・ビジネスを増やし、また、大学の研究シーズをビジネスに転化させるコーディネータを育成し、日本的なNIS (National Innovation System 国の技術革新システム)構築を視野に置くものです。つまり、ビジネスのマネジメント(BA : Business Administration)と技術のマネジメント(MOT : Master of Technology)からなる新しいタイプのビジネススクールです。 これは、地域のニーズに限定せず、全国、さらにはアジアの技術者の再教育を目指しています。

 第三は、グロバリゼーションのなかで日本企業が中国・東南アジアに進出し、アジア地域も先進国企業の資本・技術力を積極的に導入しています。そのなかで、言語・宗教・価値観など文化の違い、慣習法を含む制度の違いなどからアジアを舞台とするビジネスに多様な摩擦が生じています。これらをケース・スタディとしてビジネス・スクールで活用することは、アジアビジネスを展開する日本企業、これを受け入れて成長を目指すアジア企業に強く求められています。こうしたアジアビジネスをになう社会人や留学生の人材育成を目指しています。

(やだ としふみ 産業政策論)
新規就任予定のビジネス界からの教授陣を迎えて
天神で2回にわたってセミナーを開催し、
いずれも200人の参加で市民の関心の高さがうかがわれた。


九州大学における法科大学院(ロー・スクール)の構想

法学研究院教授 川嶋四郎

 現在、この国では、司法制度の抜本的な改革が行われつつあります。二十一世紀の日本を支える大きな司法制度を構築するために、弁護士、裁判官および検察官という法専門家(法曹)の質を高めつつ、その数を飛躍的に増大させることを目的として、「法科大学院制度の創設」という空前の国家的プロジェクトが進行しています。これは、受験予備校が幅を利かす一発勝負の現行司法試験制度の弊害を除去し、国家の設置基準を満たした法科大学院における正規の法曹養成プロセスを通じて、優れた多数の法曹の育成を目指す新たな計画です。特に、医学部が医師という国家資格と強く結び付いているように、法科大学院は、大学院修士課程のレベルに置かれますが、「国家資格を有する法曹という高度専門職業人を養成するための教育プロセス」という特徴を有しています。

 九州大学では、法科大学院の創設を全学的な課題と位置づけ、数年前から、全国に先駆けて法科大学院の創設に向けた具体的な作業を開始しました。三回にわたる連続シンポジウムを開催し、「九州大学法科大学院構想」や「同カリキュラム案」を公表し、全国の議論をリードしてきました。その基本的な考え方は、法科大学院の基本システムを呈示した「司法制度改革審議会の最終意見書」にも、大きな影響を与えています。

 この日本版ロー・スクールとでも言うべき法科大学院は、二〇〇四年(平成十六年)四月に、全国各地に開設されますが、「九州大学法科大学院」も、同年同月の開校に向けて、現在着々と準備を行っています。

 この教育課程を通じて養成されるべき法曹像として、複雑かつ多様化し国際化した社会状況のなかで、正義と公正に対する鋭い感受性をもち、幅広い社会事象に対する観察力を基礎とする創造的な紛争解決能力を備えた法律実務家を考えています。そこでは、法律知識偏重型の「良き法律家は悪しき隣人」と言われる冷たい法曹ではなく、「地域社会の人々の間に根ざし、他者に対する温かい眼差しで『社会生活上の医師』として活躍できる法曹」や、「英語力にも優れグローバルな視点から世界的に活躍し法と正義の伝道者となり得る国際法曹」をも育成することを計画しています。

 入学者定員については、九州大学法学部および同大学院がこれまで果たしてきた役割とこれから果たすべき役割とを見据えて、西南日本では最大規模の一学年定員一〇〇名程度を予定しています。原則三年間(二年での修了も可能)の教育課程を通じて、多様な専門的知見を背景に複雑多様な現代紛争に対して的確に対応できる法曹の育成を考えていますので、法学部卒業生だけでなく、アメリカのロー・スクールのように、文系理系を問わず他学部等の出身者や社会人にも、他大学の法科大学院と比較してより広く門戸を開放することを計画しています。

 「九州大学法科大学院」の開設場所は、現在検討中ですが、交通の便のよい福岡市中心部に開設することを予定しています(この点は、二〇〇三年一月三十日に行われた九州大学外部評価委員との意見交換の場でも、多くの委員から強く要請されました)。

 入学者選抜に際しても、「九州大学法科大学院アドミッション・ポリシー」を策定・公表の上、全国の法科大学院志願者が一斉に受験することになる「全国統一適性試験」の結果を評価するだけでなく、入念な独自の入学者選抜方法をも採用することを、現在検討しています。「九州大学法科大学院の開設科目」としては、先に述べたような新たな法曹を養成するために、設置基準で示される最低限の法律基本科目等だけではなく、より多様かつ高度な現代的展開科目の開設(「九州大学法科大学院」独自の付加価値の創設)をも企画しています。また、教員としても、学界の第一線で活躍し、しかも、公正でかつ倫理的にも高潔で教育に意欲的な多数の教授・助教授(弁護士資格等を有する実務家教員も含む)を予定しています。授業内容としては、知識伝達型の大講義ではなく、予習を前提とし積極的な発言を求める双方向型(対話型)の少人数教育が中心となります。そこで、言うまでもなく、法科大学院の院生は、専門法曹の使命と責任を将来独立して担う存在であるだけに、教員への依存体質から抜け出し、自学自習に励み倫理感・責任感を堅持する姿勢を貫くことが、強く要求されることになるわけです。

 ただ、法科大学院をめぐる法整備等は、現在進行中です。また、「九州大学法科大学院」の詳細も、現在作成中です。その内容は、今後適宜公表していきたいと考えていますので、本稿は、現時点のものにすぎない点に注意してください。

 現代においては、法専門家の役割が、社会の様々な局面でますます重要になっています。「九州大学法科大学院」は、正義と公正に対する感受性が強く、しかも、公的な利益や他者のために献身的に取り組むことができる意欲ある学生諸君を待ち望んでいます。

(かわしま しろう 民事訴訟法)
(写真:上、左)
法学部では、実際に法的知識を動員して問題解決の方策を探り、
戦略を組み立て、相手方と議論を戦わせていくような教育方法が必須。
模擬裁判は、そうしたニーズにこたえる教育方法として重要な意義を有している

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