歴史探訪

第六代総長荒川文六関係資料について

大学史料室 助教授 折田悦郎

 近年、大学史料室には、いわゆる公文書だけでなく、本学関係者の私文書や「モノ」資料も寄せられるようになった。平成十五年十月二日、荒川和生氏(荒川文六令孫、東京都町田市在住)より第六代総長荒川文六関係資料の寄贈をして頂いたので(後掲リスト参照)、今回はこの荒川資料について紹介してみたい。

 荒川文六(一八七八年.一九七〇年)。明治十一年(一八七八)十一月十八日、旧福知山藩士荒川省吾の長男として横浜市に生まれた。明治二十七年(一八九四)九月、第一高等学校入学。三十年七月、同校卒業、九月には東京帝国大学工科大学電気工学科に入学した。三十三年七月、同大学を「恩賜の銀時計」組で卒業、三十四年四月には母校の助教授に任じた。明治四十年十月〜同四十三年十二月の独・英・米留学を経て、四十四年(一九一一)一月、九州帝国大学創立と同時に本学工科大学教授に就任した(電気工学第二講座)。四十四年十一月工学博士。大正十一年(一九二二)四月〜同十四年四月、評議員。昭和六年(一九三一)七月〜同八年七月、工学部長。昭和十一年(一九三六)十一月〜同二十年(一九四五)三月までは第六代総長を務めた(写真1は在任中の肖像。時に荒川六十二歳)。本学の現役専任教授から選出された最初の総長で、その在任期間八年三ヶ月は、大正期の総長(第二代)真野文二の十二年十ヶ月に次いで歴代第二位の長さである。昭和二十年十二月、九州帝国大学名誉教授。二十一年三月、貴族院議員勅選。二十三年十一月、福岡県教育委員会初代委員長。二十六年七月、福岡ユネスコ協会会長。四十年(一九六五)十一月には文化功労者の表彰を受けた。四十五年(一九七〇)二月九日、久留米大学医学部附属病院(久留米市)にて逝去。

1 昭和16年1月(於本部事務局前).
昭和46年2月刊『父・荒川文六』口絵写真より転載
2 『荒川電気工学』上巻(明治37年).
『父・荒川文六』口絵写真より転載
3 第一高等学校卒業証(明治30年7月8日)
4 「恩賜の銀時計」(明治33年7月10日).
成績優等生に授与された
5 学位記(明治44年11月17日)

 電気工学の権威で、なかでも明治三十七年(一九〇四)に出版された『荒川電気工学 上・中・下』三巻(写真2)は著名である。初版以来版を重ねること十数回、発行部数は十数万部に達したという。熱心なクリスチャンとしても知られ、また九大工学部時代は、九大フィルハーモニー会に奏者、音楽部長、指揮者として参加した。総長時代は就任直後に日中戦争が勃発、そして太平洋戦争への拡大と本学の最も困難な時期に当たったが、多年の懸案であった理学部の創設(昭和十四年四月)をはじめ、研究所の附置、附属医学専門部の併設など、大学の整備・拡充に尽力した。その評価は、『九州大学五十年史 通史』の「九州大学を飛躍的に拡充させた功績は著しい」(五一六頁)という記事に端的に表されている。

 荒川資料はわが国の大学制度が確立・展開する時期の受験エリート、官学アカデミズムを代表する人物の資料であるが、以下にそのいくつかを選んで簡単な説明を加えてみよう。まず写真3は当時高等学校受験の最難関と言われた第一高等学校(現東京大学教養学部)の「卒業證」(一高首席卒業)。写真4は東京帝国大学工科大学卒業時に下賜されたいわゆる「恩賜の銀時計」である(時計には「御賜」と刻まれている)。優等生の代名詞でもあったこの銀時計制度は、帝国大学においては明治三十二年(一八九九)〜大正七年(一九一八)までの間に実施されたもので(因みに本学でも明治四十年から大正七年まで行われた)、荒川は東大第二回の銀時計組だった。時計の実物を所蔵している大学は少なく(大学史料室関係で所蔵の確認されるのは東京大学史史料室のみ)、本学でも学内の所蔵が知られるのはこの時計だけである。写真5は工学博士の学位記。当時の学位制度には「総長推薦博士」ともいうべきものがあり、荒川の場合はこれに相当する。学位記本文中の「九州帝國大學總長」は本学初代総長の山川健次郎。九大にとっては二人の「総長」が関係した珍しい資料である。写真6には荒川が昭和十九年(一九四四)十一月、総長在任中に授与された「勲一等旭日大綬章」を掲載した。写真7は文化功労者顕彰状。九大関係者のものとしては、これも初の現物資料である。

 ところで、今回の寄贈にあたってはご令孫荒川和生氏は勿論のこと、同じくご令孫の小泉直彦氏からも多大なご助力・ご寄贈を頂き、本学大学院システム情報科学研究院西哲生教授にはご仲介の労をお取り頂いた。また本論のカラー写真は、全て荒川和生氏の撮影によるものである。ともに記して謝意を表したい。

(おりたえつろう/大学史・大学論)
6 勲一等旭日大綬章(昭和19年11月15日)
7 文化功労者顕彰状(昭和40年11月4日)

荒川和生氏寄贈荒川文六関係資料リスト
第一高等学校卒業証書明治三十年七月八日一枚
東京帝国大学卒業証書明治三十三年七月十日一枚
恩賜の銀時計明治三十三年七月十日一個
学位記(工学博士)明治四十四年十一月十七日一枚
勲四等瑞宝章勲記大正四年十月十八日一枚
大礼記念章とその証大正四年十一月十日一式
勲三等瑞宝章勲記大正八年十月二十五日一枚
勲二等瑞宝章勲記大正十五年十一月二十九日一枚
大礼記念章とその証昭和三年十一月十日一式
勲一等瑞宝章勲記・勲章昭和十一年十一月二日一式
紀元二千六百年祝典記念章(二点)とその証昭和十五年八月十五日一式
勲一等旭日大綬章勲記・勲章昭和十九年十一月十五日一式
銀杯(三段重)とその証昭和三十九年十一月三日一式
文化功労者顕彰状昭和四十年十一月四日一枚


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