まず先生がカーデザインに興味を持つようになったきっかけをお教えください。 小学校高学年の頃、当時流行っていた二十四分の一スケールのスロッ トルレーシングカーを、父親がお土産に買ってきてくれました。アルフ ァロメオのカングーロという車です。それまでも絵や音楽で感動した ことはありましたが、この時は箱のふたを開けた瞬間から鳥肌が立っ て、涙がボロボロこぼれたんです。しかも何度見ても同じように感動す る。「こういうものを創る人になりたい」と強く思ったのが最初です。 大学の進路を決める時にも、やはり車のデザインがしたいと思い、いろ いろ探して工業デザインが学べる九州芸術工科大学に第五期生として入 りました。 その後イタリアに渡られ、ジュージアーロ氏の下で働くという夢を実現されますね。 大学卒業後は自動車メーカーで車のデザインをしていたのですが、メ ーカーではどうしても売ることが中心になります。もっと本質的にデザ インを極めたいと思うようになりました。とりわけ二十世紀最高のカー デザイナーに選ばれたジュージアーロは憧れでしたね。イタリア語で何 度も手紙を出して、来日した時に作品を見てもらうチャンスを得まし た。ジュージアーロ本人はとても気さくな人で、当初は二十分だけとい う約束だったのですが、結局一時間半も話を聞いてくださり、最後はホ テルの玄関まで見送ってくれ、その人柄に感激しました。その後、イタ リアでもう一度プレゼンテーションをして、イタルデザイン社に入るこ とができました。 イタルデザイン社はどんなところでしたか。 イタルデザイン社は純粋にデザインやコンセプトを売っている会社で す。世界中のメーカーの、ありとあらゆる車をデザインしています。厳 しい競争社会ですから、みんな必死の形相でやっているのかと思った ら、歌声も聞こえる、まるで幼稚園のように陽気でたのしい場所でし た。自由度は本当に高かったですね。日本ではカーデザイナーの仕事は細 分化されています。外側をやるエクステリア、内装をやるインテリア、 そして色彩を考えるカラーといった具合です。でもイタリアではひとり のデザイナーがすべてをデザインします。そのためコンセプトの明確な 車が生まれやすいのです。私も軽自動車からスーパーカーまで、とにか く仕事をたくさんしました。量もスピードも日本の数倍です。メーカー もさまざまで、今日はドイツ、明日はフランス、その次は中国や韓国と いった調子です。 憧れのジュージアーロ氏と一緒に働いた感想はいかがでしたか? スーパースターと一緒に仕事ができるのですから、カーデザイナーに とってこれ以上の喜びはありません。私がイタルデザインにいたのは 一九九〇年から二〇〇〇年までの十年間でしたが、巨匠の下で直接プロ ジェクトに携わることができて、本当に素晴らしい体験でした。
デザインを教えるということ 二〇〇〇年に日本に戻られて、九州芸術工科大学で教鞭をとられるようになりますね。 ずっと車のデザインをしてきましたが、もっと自分の視野を広げたい と思っていたので、ちょうど大学から声がかかったこともあって日本に 戻ることにしました。イタリアは料理もおいしくて住みやすく、もし大 学からの話がなかったら、そのままイタリアにいたかもしれません。今 でも大学と企業の産学連携プロジェクトや、ミラノ工科大学とのパイプ 役などをやっています。 そこに学生に教えるという仕事が加わったわけですが。 これは難しいですね。日本を離れていた十年間で、学生の気質もモチ ベーションもずいぶん変わりました。以前は茶髪にピアスの学生など いませんでしたから。それまでは車という硬いものをデザインする仕事 でしたが、今は柔らかい人の心を動かす、つまり人の心をデザインする 仕事だと思っています。 特に「デザイン」を教えるのは難しいでのは。 その通りです。デザインにおいて最も大切なのは個人個人のオリジナ リティです。これには国民性も関係してきます。イタリア人の場合は教 えても簡単には変えようとしません。ところが日本人の場合は教える とすぐに変えます。またドイツ人になると教えたことと自分の考えを合 わせて中庸をとったりする。ですから日本人の場合はあまり強制せず、 「私はこう思うけど」と提案する程度で自由にやらせるのがいちばんい い。今は学生たちにも、私がイタルデザインで経験したような自由を最 大限与えるようにしています。
機能性とデザイン 先生はデザインだけでなく、空力(くうりき)など技術的なこともかなり研究なさったとか。 メーカーにいる時に、デザインと空力を一緒にやる長期プロジェクト がスタートしたんです。私はすぐにデザイナーとして手を上げて参加し ました。多くのデザイナーはこうした仕事を嫌がります。日本ではデザ インと機能のどちらを優先するかで、カーデザイナーと空力の技術者 がケンカすることが多い。でも、ひとりの人間で両方を行えばそうした 問題もないわけです。このプロジェクトでは泊まり込みで風洞実験をし ながら徹底的に研究を行いました。貴重な経験だったと思います。今は、 デザインの段階から空力の考えを入れるのが私のやり方になりました。 それは先生が芸術工学を学んだことと関係があるのでしょうか。 そうだと思います。芸術工学は機能とデザインが融合したもの。カー デザインはまさにそれで、形を少し変えるだけで最高速も燃費も加速性 も変わります。空力特性は速度の二乗に比例して変わるので、スピード の出る車なら少しの形状の変更で結果が大きく変わったりします。芸術 工学では「人間の役に立つものを創りなさい」と教わりました。同量の ガソリンなら一キロでも二キロでも遠くに行ける方がいい。単なる飾り ではないデザイン、それでいて美しくあるのがデザインです。 けれどもデザインと機能は相反するものだと思っている人が多いようですが。 本来デザインと空力は相反するものではないのに、手間がかかるので デザイナーは嫌がるのです。イタルデザインではスーパーカーもデザイ ンしましたが、スポーツカーはまさに空力の世界。メーカーでの経験が とても役に立ちました。また、ジュージアーロぐらいの巨匠になると非 常に柔軟性もあります。私のような者でも空力的な提言をすると、造型 的に差し支えない部分であればすぐに変更します。変えたくない部分は クライアントの社長が言っても変えませんが、彼は自分が納得すればす ぐに変えるのです。柔軟性も工業デザインにおいては非常に大切です。 見た目だけがデザインではないということですね。 私がジュージアーロから教わったのは、決してテクニック的なことで はなく、ものづくりの精神です。時間がなくても妥協しない、あきらめ ない。あるいは常に柔軟性を持つなど、ものづくりの心構え、フィロソ フィーといったもの。今はそれを学生たちに伝えています。
カーデザインの魅力 カーデザインの魅力とは何でしょうか。 子どもっぽいですが、やはりデザインしたものが動くことですね。人 の役に立ちながら美しい。まさに「走る彫刻」です。私は必ずしもス ポーツカーのようなものだけがいいとは思っていません。子どもの頃は アメリカ車のような派手な車に憧れましたが、今はコンパクトで均整の とれた車の方が美しいと感じます。日本の軽自動車も、あれだけの制約 がありながら、ちゃんと機能を盛り込んでハリのあるデザインができる のは素晴らしいことだと思います。制約の中に自由があり新しさを追求 する。作品が動いて、乗ることができる。それが面白い。 日本のカーデザインも決して世界にひけをとらないと? いろいろな国のデザイナーと一緒に仕事をしましたが、日本のデザイ ナーはお世辞抜きに優秀だと思います。美的センスがあり、軽自動車に みるように考え抜かれたインテリジェントなデザインをします。残念な のは、あまりにも他人の目や他社を気にしすぎること。それではオリジ ナリティは出せません。もっと大胆になって、アグレッシブなデザイン をしてもいいのではないでしょうか。
車の外観から内装、カラーまで、
企業も経験した先生から見て、現在の大学はどのように映るのでしょうか。 大企業は安定していますが小回りが利かない。反対に小さい企業は不 安定だけど小回りが利く。大学は大きくとも臨機応変に動ける自由度の 高い組織であってほしいですね。私はイタリアに行って日本の良さを再 認識しました。ですから全部を欧米化せず、日本の大学の良さを生かし ながら欧米の良い点を取り入れればいいと思います。九州大学ならでは のオリジナリティを創り出すべきではないでしょうか。 九州大学にはブランド力があり、多くの人がいてパワーがあると感じ ます。統合によっていろいろな可能性が広がるものと期待しています。 これから社会へ出る学生たちにアドバイスを。 今は国籍など関係ない時代。海外へ行きたいのなら、どんどん挑戦す るといいと思います。自分のチャンスのあるところ、面白い仕事ができ る環境に思い切って飛び込んでほしいですね。私はたまたまイタリアで したが、それがインドでもいいし、日本であってもいい。デザインには 「これしかない」という答えはありません。十人いれば十通りの答えが ある。デザインにおいては似ていることがいちばん悪いことです。異質 なものをできるだけ受け入れながら、自分のオリジナルな人生を歩ん でほしいと思います。 最後に先生がこれからチャレンジしたいことを教えてください。 現在研究している地上すれすれを浮いて移動する地面効果機という乗 り物を完成させたいですね。もうひとつ、これは本当に夢ですが、フェ ラーリの量産車のデザインをやってみたい。購入するより難しいことだ と思いますが、カーデザイナーにとってフェラーリはやはり別格です。
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