水素キャンパス構想
安全で地球に優しい水素社会実現への挑戦
工学研究院 教授 村上 敬宜


迫る地球環境の危機
 今、なぜ、「水素社会」の実現が求められているのでしょうか、人類は地球の資源を食いつぶし、その結果として、CO2による地球温暖化、環境の悪化を招いています。一九九二年の地球サミット(リオデジャネイロ)において初めて「持続可能な開発」という概念が提起されました。一九九七年の京都議定書は世界各国の危機感をもとに作られたものですが、残念ながら地球環境に大変大きい影響を及ぼしているアメリカと中国は批准を拒否しております。このままCO2など有害排出ガスの増加が続くと、そのガス濃度は二〇三〇年に倍増、二一〇〇年に気温三度上昇、海面六十五cm上昇と予測されています。そして、五十年後は食物連鎖によって野生動物の十六%〜三十五%が絶滅すると予想されています。地球温暖化は台風や地震のように一過性のものではありません。危機が顕在化したときには後戻りが不可能です。多くの人がこの危機を実感として持っていないことこそ人類の未来を危うくしているのです。

(図1)
水素をエネルギーとして生かすために
 私たちの身の回りを見てみますと、車や家庭での生活活動で排出するCO2は全排出量の約五十%にもなります。人類が次世代にこの負の遺産を残さず、地球上で生存を続けていくためには水素エネルギーを生かすほか道がないと考えられております。
 水素をエネルギーとして生かすために開発が続けられているのが「燃料電池」というものです。細かい原理の説明は省きますが、水素を供給すると電気が発生する仕組みになっています。まだまだ、効率も十分でなく価格も大変高いものです。燃料電池を使って家庭の電力供給や冷暖房を行い、車を動かすシステムを燃料電池システム(図1)といいます。現在のところ経済性の問題の他に安全の問題が大きな課題です。
 家庭用、業務用燃料電池システムについては各社が開発競争にしのぎを削っています。あと一、二年で市場に出回ることになるでしょう。現在は一千万円程度ですが、やがて百万円程度になるでしょう。
 燃料電池車の開発も盛んですが、一台三億円程度ですから、まだまだ庶民の車とは言えません。燃料電池車の実用化には燃料電池の他に超高圧の水素を積むタンクの開発や水素を圧縮する技術、その他、関連する安全技術の開発が必要であり、世界各国で研究が行われています。私たちのプログラムでもこれらの問題を重点的に研究しています。
(図2)
 (図2)は燃料電池車に関わる機械工学上の重要課題を取り上げて示しています。水素を利用するが故の難しい問題が山積しています。約一万点の部品の集まったシステムとなっています。


「統合技術」構築を目指す二十一世紀COEプログラム
 そこで、私たちの二十一世紀のCOEプログラムでは、研究者集団を三つの研究グループに分けて研究開発を行っています。一つは、「水素製造・供給技術グループ」、二番目は「水素利用技術グループ」、三番目は「安全評価グループ」です。ただ、個々のグループが別々に研究をやるだけではこのような複雑なシステムの性能と安全は保証できませんので、三つのグループが一堂に会してシステムの安全を考える「統合技術会議」を毎月開催しています。
 このプログラムで行っている研究の幾つかを紹介します。研究内容は問題の性質上、原子のレベルからトンネル、駐車場、水素ステーションなどの大型構造物までをカバーしています。

九大方式風力発電とそれを利用した水電気分解…水素ステーションへの応用。
ロボットによる超高圧水素タンクの製造方法の開発。
燃料電池の性能向上の研究…運転状態の診断法の開発、触媒。
水素の燃焼に関する研究…火災の際の水素の挙動と水素エンジンへの応用。
金属材料の強度に関する研究…水素の金属への侵入による強度低下。金属疲労の研究。
トライボロジー…摩擦、摩耗、シールの研究、水素侵入による軸受の損傷。水素のリーク。
駐車場の安全に関する研究…車から水素が漏れた場合の駐車場の安全対策。

水素社会モデルを新キャンパスから世界に発信する
(図3)
 これらの二十一世紀COEプログラムの活動を強化、継続的なものにするために新キャンパスに「水素利用技術研究センター」を設置する計画をすすめています。「九州大学水素利用技術研究センター」は水素利用に関する統合技術を研究するセンターとしては世界で唯一のものです。
 これと並行して、福岡県と九州大学が中心となり、我が国の企業、経済産業省、福岡市、北九州市などの支援を受けながら「福岡水素エネルギー戦略会議」を発足させることが決定しています。「九州大学水素利用技術研究センター」はこの戦略会議の活動の核になって、技術的な課題を解決するとともに、新キャンパスをミニ水素社会モデルとして世界に示すことに貢献できるでしょう。今こそ、水素を利用する社会が実現可能というモデルを世界に示す時なのです。そのモデルが「九州大学水素キャンパス構想(図3)」です。

(むらかみ ゆきたか 機械工学)

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