二十一世紀の科学に挑む
応用力学研究所 教授 伊藤 早苗

応用力学研究所の伊藤早苗教授を代表者とする研究プロジェクト「乱流プラズマの構造形成と選択則の総合的研究」が、科学研究費の特別推進研究(平成十六年度-二十年度)に採択されました(注1)。内外から期待されるその内容について、伊藤教授にうかがいました。

Q: 研究計画の概要を分かりやすくご説明ください。
伊藤:
図1: プラズマ研究の爆発的進展の例。これらの研究フロンテイアを貫く研究の柱に、乱流プラズマと電磁場の構造形成の問題がある。
 一口で言えば、プラズマ(注2)についてこれまで作ってきた理論をふまえ、シミュレーションや実験と統合して、プラズマの理解を体系的に発展させようというものです。
 今回の採択の背景の一つに、近年のプラズマ研究の活発な展開があります。例えば、核融合研究におけるJT-60UやLHDなどの大型閉じ込め実験をはじめとする進展や国際熱核融合実験炉ITERへの展開、宇宙・天体観測に関する急激な知識の増加、プラズマによる新機能物質創成への応用の進展など、枚挙に暇がありません。(図1)
 こうした研究を貫く共通課題に、プラズマと電磁場の乱流構造形成に係るメカニズムの探求があります。爆発的とも言えるプラズマに関する知識の増大の中で、プラズマの根本的理解が求められているのです。「知識から理解へ」の進展を求める世界的な機運が盛り上がっており、それはまさに二十一世紀の科学探究の一大潮流となっています。

Q: その辺りを、具体的にお話しいただけますか。宇宙・天体観測が進んだことも、この研究に関係があるのでしょうか。
伊藤:
図2:太陽−プラズマの乱流・電磁構造の理解
 太陽はプラズマで、星、星雲、銀河、オーロラも全て「乱流」、乱れたプラズマでいっぱいです。高温部と低温部が不均一であることや、電磁場の影響によってもプラズマの格好は変わるのですが、なぜあんな格好になるのかということは分かっていない。つまり、どのような構造が実現されるのかは不明なのです。
 例えば太陽は、真ん中の芯の部分とそれを腹巻きのように取り巻いている部分とは回転速度に差があります(図2)。黒点は、二十二年周期で高緯度に出て赤道へ動き、また高緯度に現れる。それも、北緯六十度以南南緯六十度以北の腹巻きの部分にしか出ない。そういうことが観測で分かっていますが、なぜそんなことが起こるのかは分かっていない。
 また、プラズマの構造は順々に変わるとは限りません。ある時突然に変わるということが起こります。「何故?」というわけです。

Q: その何故を解明しようとされている?
伊藤:  プラズマの線形力学、電磁流体力学、非線形物理、確率、その他物理のあらゆる手法を使って解明し、学問体系を作っていきたいのです。
 この研究計画の目的として、「高温磁化不均一プラズマについて乱流と構造形成の機構を解明すること」並びに「構造の遷移と選択法則を得ること」を掲げており、「現代プラズマ物理学の創成」、つまり学理の体系化という大目標へと進みたい。ちょっと難しい言い方をすると、「プラズマ乱流の確率統計理論を進展させ、乱流の多重非線形構造や選択肢と遷移確率などに関する研究を更に進め、実現構造を与える選択則(注3)、状態の相図、寿命や次元性などを新たに解明していく」となります。

Q: まだ実態がよく分からないプラズマの構造や動きを解明して、その根本的理解につながるプラズマ物理学を創ろうとされている、ということですね。
伊藤:  以前は、プラズマ研究というとどんな学問なのかイメージがはっきりしないところがありました。ところが今は、核融合、宇宙天体、半導体やナノテクなど本当に広い分野でプラズマに関わらざるを得なくなり、それらの根本的理解を支えるものがプラズマ研究だと思われるようになっています。これから二十一世紀の学問として成長していく分野です。
 そもそもこの学問の本質にあるのは、自然の物の有り様を究めるというギリシャ以来の永遠のテーマです。そのアプローチ方法としては二つあって、一つは物の究極の構成要素である原子を求める道。もう一つは、万物は流転するもので、時が流れるとそれがどう変わりゆくかということを知ろうとする道。私たちの研究は、「活動するプラズマ」の法則を示すことで、流転する自然の法則の解明へと大きく前進することを目指しています。

Q: 以前、鉛筆でひたすら計算し続けるのが私の研究方法、とおっしゃっていましたが、このような大きなプロジェクトの代表になられて大変ではありませんか。
伊藤:
図3:この研究のメンバーと国際研究協力者
 今回の採択で、とにかく忙しくなりました。私の仕事が「紙」と「鉛筆」であることに変わりはありませんが、このプロジェクトは、理論、シミュレーション、実験の各方法の統合によって、実験的検証つまりチェックに耐える理論体系の構築を目指しています。研究メンバーには河合良信教授(総理工)、矢木雅敏助教授(応力研)、篠原俊二郎助教授(総理工)をはじめとする分担者六名と国際協力研究者二名がおられ、皆の顔が見えるよう計画を推進して世界最高水準を目指します。(図3)
 もちろんこれだけの人数では足りないので、これまでの共同研究の経験を生かし、国内外の学者たちに助っ人や共同研究をお願いしています。幸い多くの一流の学者たちが呼びかけに応じてくれて、今年度の前半と後半でそれぞれ一ダースくらいずつ来てくれます。私たちの若い頃は、外国の資金で渡航して雇われて研究していたわけですから、日本も捨てたもんじゃなくなったなと感じます。予算の裏付けがあることはもちろんですが、文字どおりCOE(Center of Excellence)と呼べる学問レベルになりつつあるのではないかと密かに思っています。

Q: 成果が期待されます。
伊藤:
図4:プラズマの乱流構造形成の研究の展開は、科学技術研究開発重点8領域はじめ研究最前線に新たな進展をもたらしうる。
 計画発足後三年をめどに中間総括を行う予定です。国際評価も準備を進めています。研究期間の完了時点で、「現代プラズマ物理学叢書」や「核融合解析規範コード」などの総合的な形で研究成果を世に問いたいと思っています。
 この研究によって成果が得られれば、その先に広い研究の展開が期待できます。重点八領域というような形で研究開発をとらえることがありますが、乱流プラズマの構造形成と選択則の研究は、研究開発のフロンティアにとって規範となる学問方法を提供することができるだろうと考えています。(図4)
 実は、科学研究費の特別推進研究にプラズマの研究が正面切って採択されたのはこれが初めてなのです。プラズマ研究が、そういう認識をされる新たな発展の入り口に立ったことを実感しています。ここでいい結果を出すことが、次につながると思っています。
 それだけに、この計画の実現まで様々な形でご支持やご指導をくださった方々にお礼を申し上げたいし、計画を推進するにあたってご協力やご鞭撻をお願いしたいと思っています。

(注1)特別推進研究
 「国際的に高い評価を得ている研究をより一層推進するために、研究費を重点的に交付することにより、格段に優れた研究成果が期待される一人又は比較的少人数の研究者で組織する研究計画」という意図で実施されるもの。平成十五年度の統計(平成十五年七月現在)では、科学研究費全体で新規採択総数は二万六百六件あり、うち十六件が特別推進研究である。
(注2)プラズマ
 プラズマとは何かという質問に、「九大広報」第二十二号(二〇〇二年一月号)のインタビューで、伊藤教授はこう説明している。
 (ライターに火をつけて)この炎の中にもプラズマがいます。プラズマというのは、固体、液体、気体というのと同様に、ある状態を意味します。それまで結びついていた分子がばらばらになった状態が気体で、さらにその分子がイオンと電子に電離しているのがプラズマという状態です。高温になれば何でもプラズマ状態になります。さらに高温になれば核融合が起こり得ます。太陽はプラズマ状態で核融合反応が起こっていて、あの熱エネルギーが生じています。オーロラもプラズマです。
(注3)実現構造を与える選択則(ルール)の解明
 構造(格好)がどのような物理的ルールに従って生まれ、変化を遂げつつ実現されていくのかを探ること。

伊藤 早苗

(専門:プラズマ物理学)
昭和四十九年東京大学理学部物理学科卒業、昭和五十四年東京大学大学院理学系研究科物理学専門博士課程修了。広島大学、名古屋大学(客員)、文部省核融合科学研究所を経て、平成四年から九州大学応用力学研究所教授。仁科賞、日本IBM科学賞、フンボルト賞など受賞多数。






耕作放棄地(みかん園跡地)の未利用草資源を活用して、おいしい牛肉をつくる?
〜次世代型の持続的牛肉生産システムの模索〜

農学部附属農場・高原農業実験実習場 助教授 後藤 貴文

九重連山の麓にある高原農業実験実習場
日本の牛肉生産システムとその問題点

 牛は本来、家畜として、ヒトが消化できない粗い繊維質(繊維性が高く、単胃動物では消化できない植物多糖資源)を分解し、草資源からタンパク質源としての食肉を生産し、それをヒトに供給するという重要な物資循環機能を担った草食動物です。近年、輸入飼料に過度に依存している日本の牛肉生産はBSE(牛海綿状脳症)等の発生に見られる食の安全性に関する問題、集約的経営形態から排出される大量の糞尿処理問題、それに関わる環境問題等の多くの問題を抱えています。特に日本の牛肉生産では肉牛一頭の肥育に四.五トンの濃厚飼料(穀物)を必要としますが、その穀物飼料のほとんどを諸外国からの輸入に頼っています。また、牛の飼料利用効率は低く、計算上、採食された穀物の多くは糞尿という形で排出され、それらの堆肥化処理には莫大な費用と労力が費やされています。発展途上国に目を向けると国連食糧農業機関(FAO)の調査では現在、世界中で食糧不足に悩む人は八億人以上であり、米国の研究所の二〇〇三年度の調査では世界的な異常気象により世界の穀物生産量は消費量を下回り、世界的な穀物不足に陥っていることが報告されています。この皺寄せは発展途上国における餓死者の増加という形で顕著に現れています。したがって日本は先進国として世界的な食料バランスを考慮し、少しずつでも輸入飼料に依存した牛肉生産システムからの脱却を計る必要があると思われます。

日本の農業全般の問題点

 日本の食料自給率は四〇%以下と世界の中でも極めて低く、有事の際、国の存続は困難となるかもしれません。この混沌とした時代には有事だけでなく、異常気象等や未知の伝染病発生等で食料が輸入不可能な状態も想定されます。何よりもまず、自分たちの食料は自分たちでつくれる基盤は残しておかなければならないのではないでしょうか。日本の農業全般において農業従事者の高齢化、後継者不足、あるいは外国からの安価な農作物の流入により経営を放棄された多くの”農地が荒廃“しています。このいわゆる”耕作放棄地“は年々増加しています。日本の食料自給率の低下を防ぎ、消費者に安全な食料を供給するためには、耕作放棄地を今後も食料生産が可能な用地とする環境保全・物質循環型の新しい農業システムの開発・構築が必要不可欠であると考えます。

耕作放棄地における長期の牛放牧利用の可能性を探る

牛導入直後の耕作放棄地における放牧風景

 以上のような問題を踏まえ高原農業実習場では現在、大分県西高地方(国東半島)の耕作放棄地(みかん園跡地)をお借りして、”牛“の放牧活用研究を行っています。この地域では昭和四〇年〜五〇年代に大規模なパイロット事業によりみかんの栽培が盛んに行われていました。しかし、現在では、価格の暴落や後継者不足等により経営できずに放棄されてしまったみかん園が年々増加しています。その面積は大分県だけでも三千ヘクタール以上と言われています。
 我々のグループは二〇〇一年八月よりこれらのみかん園跡地において牛の放牧を行い、耕作放棄地活用の可能性について予備データの収集を開始しました。まず、みかん園跡地という植生環境に未経験である牛の血液中のストレスホルモンおよび放牧開始後の行動調査、体重測定を行い、放牧導入後の新しい環境への馴致過程を調査しました。その結果、牧草地における放牧経験牛は健康に飼養できること、また無事に出産もできることが分かりました。それどころか放牧圧(単位面積当たりの牛の頭数)の調整により牛の体重が増加することが明らかとなっています。みかん園跡地の導入前の植生は、セイタカアワダチソウが繁茂し、その上部をつる性のクズが覆うという構造を示していました。その後の詳細な調査で耕作放棄地にはその他イネ科、マメ科およびキク科草本など多様な植物が混在していて、それぞれが季節ごとに交替しながら生長のピークをむかえるという複雑な植物構成を示しているようです。また、放牧牛の採食嗜好性もそれぞれの植物種によって異なり、選択的に採食される植物や採食されない植物がありますが、存在する植物の現存量が季節的に変化するために放牧牛の採食対象も流動的に変化しています。我々は、耕作放棄地に長期に牛を放牧し、そこで牛肉を生産するところまで見据えています。そのために、牛が採食できる雑草はどのようなものがあり、季節によってそれがどのように変化し、牛の導入により植生がどのように推移して行くのかを詳細に調査しています。そして、このような土地での牛放牧のための”効率的な最低限の管理“とは何が必要かを模索しています。

耕作放棄地での良質牛肉生産への可能性を探る

 もう一つの問題はこのような放牧で生産される牛肉の質です。放牧あるいは草資源給与による良質牛肉の生産は一般に難しいと考えられています。それは牛の通常の栄養摂取機構では、ルーメン(草食動物がもつ特有の胃)内の微生物による草中の繊維性植物多糖の分解に相当の時間を要するためです。この草飼養におけるハンディを克服するため、我々のグループでは”草により良質肉を生産できる牛の体質形成“について研究も行っています。初期成長期の栄養環境等によりその後の代謝生理機能が制御されていくような効果を代謝生理的刷り込み(インプリンティング)効果と呼んでいますが、このような効果が牛でも可能であれば、肥満体質を作り上げた牛群による草資源をフル活用した環境保全型の安全で効率的な牛肉生産システムに応用できるはずです。具体的な研究手法は、初期成長期に種々の栄養制御を施した牛の骨格筋から※バイオプシーサンプルを採取して、体質形成あるいは肉質に関連する遺伝子発現の調査を行っています。このような”牛体質の超開発“と”耕作放棄地での放牧“を組み合わせることにより安全で良質な牛肉生産システムを開発できればと思っています。
 農業は食料問題や環境問題、医療問題に対して著しく大きな役割を担っています。高原農業実験実習場では、一見不可能と思われる”雑草“等の耕作放棄地における未利用草資源を活用した”循環型で持続可能な新奇安全良質牛肉生産システム“の開発を目指しています。本研究により行き詰まりを見せつつある日本の畜産に真っ向から参入し、最先端の技術等を融合させ、新しい食料生産システムの基盤を構築したいと思っています。このような未利用な草資源を活かした畜産技術に関する研究体制の進展により、将来は広くアジア地域の畜産の発展にも寄与できるような研究体制を確立していきたいと考えています。
【プロジェクトの全体像】

(ごとうたかふみ畜産学・家畜生体機構学)

※バイオプシー:生検法。生体から微量なサンプルを採取する方法。






新シリーズ

「数字」で知る九州大学

様々な数字によって九州大学を知ろうという新シリーズ。
第1回目の今回は・・

76」そして「45

 七十六と四十五。それぞれ九州の、福岡県の出身者が本学新入生全体の中で占める割合(%)です。このような地元出身者の多さが、旧帝大の中でも目をひくものであることは、比較的よく知られています。
 ここから、
(a)他地方からもっと学生を集めるべし
という意見がよく出ます。しかしそれは同時に、
(b)地元との絆(きずな)を大切にすべし
という考えと相反関係にあるかもしれません。
 教育面では、「多様性」への意識を喚起したいと思います。九州人ばかりの中では気付かない、全国的にみれば特異なことが、高校・受験生活に限ってさえいくつかあります(勉強や部活の熱心さ、公立高の土曜日授業実施率など)。学生にとって社会への助走でもある大学生活を、より豊かなものとするためにも、ちょっと考える価値のある数字ではないでしょうか。

(高等教育総合開発研究センター講師 渡邊 哲司)

[他の旧帝大における地元出身者の占める割合]
北海道大学:北海道地方出身者率四十六%
東北大学:東北地方出身者率四十三%
東京大学:関東地方出身者率三十三%
名古屋大学:東海地方出身者率七十四%
京都大学:(近畿地方出身者率*1五十八%*2
大阪大学:近畿地方出身者率六十%
※1:三重県を含む
※2:学生生活実態調査報告書より推定


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