英語を科学の言語として受け入れ、流暢に話せるようにならなければならない状況にあると思います。

チカノバー教授(以下A.C)…

 まず最初に一つ申し上げたいのですけれども、学生の皆さんには英語をぜひ身につけていただきたいと思っています。英語を話せなければ科学者としてコミュニケーションはできないでしょう。私は日本が大好きでよく訪れますが、日本語という言語を大変難しく感じています。
 もちろん世界には、日本語、ロシア語、ドイツ語、フランス語、ヘブライ語とさまざまな言語があり、それぞれを尊重していますけれども、現実は、科学者同士のコミュニケーションは英語を介して行われています。そのため、英語を科学の言語として受け入れ、流暢に話せるように皆が英語を勉強しなければならない状況にあると思います。
 私は、各国が文学やジャーナリズムのために独自の言語を保持することに異論を申し上げるつもりは全くありません。しかし、科学という限定した分野で考えますと、一つの言語を使用するというのは良い考えだと思います。それは、たまたま英語となりましたが、ヘブライ語や日本語、ドイツ語でも良かったわけです。第二次世界大戦以降に、アメリカが主流になってきたことから、このようなさまざまな言語の中から、英語が科学の分野でも主流になってきたという事実があります。ただ、同時に、自分の国の言語を大事にする気持ち、誇りは持っておくべきだと思います。しかし、事実として、科学に関しては、最良のコミュニケーションの手段は、一つの言語を使用するということです。重要な論文については、その論文が物理の分野であれ、化学の分野であれ、生物学、医学、経済の分野であれ、英語が主流になっています。この事実を認識し、主流の言語になっている英語を深く理解し、微妙な点までわかる理解力を持つことが大事だと思います。しかし、母国では、舞台や詩等の芸術面で、母国語を保持すべきだと思います。英語以外の言語を疎外しているわけではないことを御理解ください。

広報… 順番が逆になりましたが、ノーベル賞受賞おめでとうございます。梶山総長も藤木教授も科学者ですが、ある新しい発見がなされた瞬間、研究で一つ大きな展開があった瞬間というのはどういうものなのでしょうか。どういうお気持ちでいらっしゃるのか、どういうきっかけでそういうことがあるのか、興味があるところです。

A.C… 研究が進展した瞬間というふうに、特に感じたことはありません。黒がいきなり白に変るようなものではなく、しばらく時間を要する変化であります。
 私は当時、まだ大学院生だったのですが、一つの考えがあり、その研究を続けていたわけで、賞を視野に入れていたわけでも、大きな達成を視野に入れていたわけでもありません。私どもの国は大変小さな国であり、私どもは少人数の科学者からなる小さなグループでした。そういった状況にあっては、言ってみればビッグシャーク、大きな鮫と競争することを狙ってはいけないのです。それが一つの考えです。つまり、主流とは離れた方向を見ておりました。主流から離れ、自分のオリジナルな研究をしていくこと、それが大事だと思います。主流、つまり高速道路には多くの車が走っております。その場合、空いている横道を通ったほうが賢明でしょう。それで我々は横道を選んだのです。当時は、DNAやRNA、たんぱく質の合成などに、科学の焦点が集まっておりました。誰も、たんぱく質の分解には気を留めておりませんでした。そういった意味でも、私どもは反対方向の「破壊」にあえて道を進めたということになります。七年間私どもが行っていることに誰も気づかなかったことで、この戦略は我々に優位に働いたのです。アメリカを始めとする大きな鮫を驚かせることもなく、全システムを解明する機会を得ました。認識されるまでの七〜九年間、競争相手はいませんでした。そういった状況は今日では大変珍しいことではないかと思います。もう無いかもしれません。しかし全くありえない話でもありません。特異だけれども重要なことを取り上げることが、科学の世界で競争力を持つためには重要ではないかと、私は考えます。

梶山… 研究に関しては、毎日毎日の成果の積み重ね、理論の積み重ねが必要なのですが、よく言われるイマジネーションや大きな飛躍といった部分が、先生の研究にあったのかどうか、あるいは努力の積み重ねだけでノーベル賞を受賞することができたのか、その辺をお伺いしたいと思います。

特異だけれども重要なことを
取り上げることが、競争力を
持つために重要です。

A.C… 先ほど申し上げましたように、突然のイマジネーションがあったというわけではなく、時間をかけて考えたことがあり、それを時間をかけて展開していったわけです。しかし、最初に課題を選ぶ際には、イマジネーションやインスピレーションが必要になってきます。第一に重要なことは、主流から外れ、重要で、まだ誰もが行っていないことを選ぶことです。これが、第一のルールです。二つ目に、パラダイムから離脱する際、明らかに、多くの想像力が必要となります。パラダイムに考えが固執してしまいますと、そこから発展することができなくなります。技術的な詳細については申し上げませんが、代わりに、どうやって私どもがパラダイムから離脱したかを申し上げたいと思います。例えば、目の前に分岐点があります。そこで選択肢が二つあり、全く新しいものか、正しくないようにみえるものかの選択をしないといけない時、やはり人は、想像力を、そして勇気を必要とするのだと思います。人間は保守的になりがちですが、科学においては、保守性と想像力とブレイクスルーのバランスをとることも重要です。保守的な考えが主流になってはいけません。

梶山… 私の専門は化学ですが、科学にはやはり柔軟な考え方と非常に深い観察力が必要だと私は思います。それに加えて、イマジネーションを適切な時に働かせることが、科学が発展する道だと思います。科学というのは、もともと、現在の常識が非常識になる過程で進歩していくものですから、そういう意味で、現在の常識に固執してしまうと、新しい発展につながりませんね。

A.C… 私も全く同感です。

○×式や暗記式のものを超えて柔軟な頭で考えて欲しい。―――藤木

藤木… 総長がおっしゃったことに私も同感です。私は生命科学の分野ですが、よくノーベル賞を受賞された方々がおっしゃることで、私も同じような経験をしたことがあります。つまり、常識で考えたら「こういう実験をして、こういう結果が出るというのはどうしても間違いだ」と思って捨ててしまったものに、一晩経って翌朝見てみると不思議なことが起きていたりすることがあります。そこから新しい発見が生まれる。私のアメリカでの先生であったクリスチャン・ドデューブ(ロックフェラー大学教授、一九七四年ノーベル医学生理学賞受賞)という方は、やはり翌朝見ると不思議なことに気付きました。なぜこういう反応が起きたか調べてみて、それがリソソームの発見につながった…膜(細胞小器官)の中に加水分解酵素がたくさん詰まっていることを初めて見出したわけです。しかしこのような歴史的発見を知っていても、総長がおっしゃるように、常識で判断して宝物を捨ててしまいがちです。
 私が若い方に望むことは、予備校で習うような○×式や暗記式のものも大事ですけれども、それを超えて、総長がおっしゃるように、柔軟な頭で考えて欲しいということです。こんなことが起きるはずがないと思い、間違いだと思うかもしれないけれども、それを注意深くとらえて、次のステップに進める。こういうことがきっかけになるということはよく聞く話で、生命科学分野でも、多くの方々が経験していることです。

A.C… もう一つ付け加えさせてください。少し微妙な内容ですが重要なことです。私は今、日本に滞在しておりまして、この国のことを多くの理由で大変すばらしい国だと認識しております。実際、来年には、長期休暇をとりまして、日本に長く滞在する計画も持っております。
 ただ、わが国イスラエルのことをお話させていただければ、イスラエルは科学推進のために、ある意味、日本とは違う制度を取り入れました。イスラエルの歴史は古いものですが、近代国家としては、まだ建国五十七年です。四十年前から五十年前にイスラエルに大学が設立された際、アメリカの方式を導入しました。それが良いことであるか、悪いことであるかは別にしても、アメリカ式は個人の独立性を謳っています。例えば、研究の分野では、若い教授に対しても、先輩の教授たちと同様に資格と資金が与えられます。そして、若い教授個人の考えが重要視されます。若い教授は他の誰でもなく、自分自身のために研究をするのです。そういった若い教授であっても、力があれば、六、七年で、大学で終身雇用の地位を得ることもあります。個人の成果のみで評価されるのです。科学の分野では、彼の想像力と能力は独立して発揮できるのです。

藤木… 若い教授というと、アシスタント・プロフェッサーのことだと思うのですが、私もアメリカに十年近くいましたが、それは非常にすばらしい制度だと思います。要は、力ある者が評価され相当の扱いを受ける。一言で言うとそういうことですよね。そういう活力を引き出すようなシステムが、あれだけの多民族が集まって一つの強力な国家を造り上げるのにいい面で働く。もちろんそれは、チカノバー先生がおっしゃったように、両面があると思います。つまり、日本の伝統的な、文化的な面には非常にいいところもあるのですが、もう少し若い人に、いい意味のアグレッシブさを身に付けて欲しい。私もそう思いますし、私が理解する限りでは、それが先生のメッセージかなと思います。


梶山… チカノバー教授のお考えは、私もアメリカで学生でしたので、よく分かります。おそらく九十五%は個人の独立性を重視したやり方でいけると思います。でも、あと五%、グループでやらなければいけない研究があるんです。アメリカは今、高分子化学分野では、X線結晶解析をほとんどしなくなっている。今、やっているのは基本的に日本だけです。その背景には、日本に講座制というものが活きているということがあります。自分の経験から、その辺の学問の性格というものを考えないといけない場合もあるかなと思います。本当に、X線結晶解析というのは、グループとなって研究しないといけない分野なんですね。それと、日本では、大学ができておよそ百年になるのですが、大学のシステム、特に、研究・教育のシステムにドイツ式のシステムを採り入れました。講座制はここに起因するわけで、これがいいか悪いかについては議論がありますが、九州大学はまだ、基本的にはチェアー・システムなんです。私は総長として、その弊害が今かなり出ていると思っています。しかし、チェアー・システムは簡単に変えることができない。そこで、研究者個人々々をどうやって励まし意欲を高めるかを考えました。チェアー・システムというのは基本的に、教授がお金をとってきて若い研究者にそれを配るわけですから、甘やかされてしまうのですね。そのために、若い人たちが積極的に研究費を取ってくることが、だんだんなくなってくるんです。そういう意味では、やはり若い研究者というのは、教授から独立しているべきだと私は思います。それを促す仕掛けとして、「研究スーパースター支援プログラム」を始めました。それは、四十人ほどの卓越した成果を挙げている研究者を選んで、個人の研究を後押しするためのものです。

A.C… これまで、合計で一年ほど日本に滞在した経緯もございまして、日本の大学制度には皆さんの想像以上に熟知しているつもりでおります。アメリカの制度を模倣することがすべてではありません。各国の必要性に応じた制度を取り入れるべきです。
 ただ、大事なことは、そういった革命は、一夜にして成し遂げられないということ。また、一夜にして成し遂げようと無理をすることによって、築いてきたものを壊してしまうようなことになってしまうかもしれない。そういったことも、考慮しなければなりません。先ほどお話のあった、五%はグループによる努力があってこそ科学の発展がある、という事実は、確かにそうであり、忘れてはいけません。研究者個人の努力だけですべてを達成できるものではなく、皆で力をあわせて、達成する部分もあるかと思います。しかし、結局一番大切なことは、目的を忘れるなということです。その目的とは、科学者が独立心を持つこと、また、自由な考えを持てる環境にあることです。これがはっきりしていれば、すべては明解です。

藤木… それが、大きな目的になるということですよね。その辺りを含めて、総長、大学全体をご覧になっていかがですか? 私は、理系の生命系に属している者として、申し上げたいことがあります。日本は、学術振興会を含めて、若い人達に対して、研究者としてだけでなく産業界で活躍できる人を育てようと、いろいろな努力、工夫をしてきたわけです。ところが、一生懸命に旗を振っているのは我々教員サイドで、受ける側からは、「指示待ち症候群」などといわれているそうですけど、なかなか熱意が伝わってこない。今日明日の楽しさの方が大事だという雰囲気が日本に根付きつつあるのではないかと、少なくとも生命科学の分野に身を置く者として、大変危機感を覚えています。これだけ日本が国をあげて育てようとしているのに、それに応えようとしない。我々の側にもすごく責任があると思いますが、その辺りをなんとか、ぜひ良い方向に向かわせたいと思っています。
 このような状況は、かつて日本が黒字国で豊かだといわれたのが引き金となっているのかもしれませんね。私は、一ドルは決して百円ではないと思っています。一ドルには、その二倍、三倍の価値があると思うんです。どうも、日本は誉めそやされてその気になっているのかもしれませんが、非常に状況として良くないと思っています。それは、ひしひしと感じていまして、毎日黒板をたたいて学生たちに熱く語るのですが、一度は伝わってもすぐに抜けてしまう。そういうジレンマに陥っています。

日本の教育に不足しているのは、小さいときに、周りの人に質問する習慣をつけてやるということです。――――梶山

梶山… それに付け加えますと、日本の教育に不足しているのは、小さいときに、周りの人に質問をする習慣をつけてやるということです。質問をした子どもを褒めてあげてやる気を起こさせ、質問の喜びを感じさせることが大事なんです。成長する過程では、自分の身の周りにどういう変化が起こっているか、その変化に対して、自分の意見を持つ習慣を身に付けさせることも大切です。それは、自然の変化でもいいと思うし、町の変化でもいい。政治でも、経済でもいいと思うんですね。自分の考えをもっていたら、それがだんだん個性を形作る。個性が育ってくると、独創性を発揮できるようになり、それが積み重なって創造性につながるのですね。これまでの日本にはこの二つが欠けていたと思うのです。アメリカという国は、これをきちっとやっている国だと思います。質問をする喜びを与えることと、自分自身で考える習慣を身に付けさせることです。おそらく、チカノバー先生のイスラエルも、そのことを、国としてちゃんとやっていらっしゃるのではないでしょうか。そういう教育システムというか、人材育成システムのようなものがあるのかどうか、お聞きしたいのですが。

自分自身を失うことなく
独立心をもって考え
指導教授に挑戦してください。

A.C… 梶山総長と藤木先生は非常に重要な問題を指摘されました。一つは一般的な問題で、もう一つは、日本独特の問題だと思います。
 一つ目の問題は、若者の一般的な態度に関係しています。若い世代がイニシアチブに欠け、率先して行動をせず、魔法が自分の身におこらないかと待っている状況は、日本に限ったことではなく、イスラエルでもアメリカでも近年見られる状況です。西洋化によって甘やかされた若者の姿が垣間見られます。現在の世界の中で、唯一の例外は中国ではないでしょうか。未だ力を強く発揮していますし、産業やハイテクの分野では、次期のアメリカ、次期の日本となる可能性があります。中国にしても、同じような病気にかからないとも言えませんが、現実には、今や中国人がアメリカの市場を席巻しつつあります。研究分野でも、アメリカの大学で教授や研究者として席を置く中国人が増えてきています。
 現在の状況を一瞬に変える魔法のような解決策はありません。大きな努力が必要です。どれだけ成功するかはわかりませんが、イスラエルはある決定を行いました。この問題解決には、幼稚園の基礎教育から取り組まなくてはならないと考えたわけです。そのためには、まず非常に質の高い教師も必要です。そして、良い教師を得るは、良い給料が払われなければなりません。小学校や幼稚園で教えることが第二級の職業となったために、教師になりたがる人がいないのです。確かに、教師は大変な仕事です。子どもの親から不満も言われます。今、必要なのは、教師を取り巻く環境を以前の状態に戻すことです。つまり、質の高い人材が、若い世代の教育に魅力を感じるように、教職を尊敬に値する職業に戻し、高い給料を保証することです。
 この問題は大学だけの問題ではないのです。大学の学生は、十二年間あるいは十五年間の教育の成果、つまり幼稚園三年、小学校六年、中等教育六年の結果なのです。大学にできることは何かあるでしょうが、そう多くはありません。教育制度全体が変わらなければ、大学にはあまり手立てが残されていないのです。
 若い世代やその両親に明確なメッセージを伝えるとともに、幼稚園からの教育全体の質を、給与や健康状態などとともに高めていかなくてはなりません。所得が上がれば、よりよい教育が受けられ、より健康になります。所得が上がれば、家族の状態が良くなるのです。教育を受けていない人々が低所得者層に属する傾向にあるのは明らかです。教育の向上によって、この問題はかなり解決できると思います。
 これは、日本だけの問題ではありませんので、心配なさらずに。万国同じ悩みを抱えています。

広報… 最後に、九州大学の学生や若い研究者へ一言メッセージをお願いいたします。

A.C… 自分自身を失わないでください。独立心をもって考え、指導教授に挑戦してください。何でも当然のことだと思い込まないでください。梶山総長のお話にも出ましたように、恥ずかしがらずに、どんどん質問をしてください。

全員… 本日は有難うございました。

(平成十七年二月二十二日事務局貴賓室にて)



藤木 幸夫(ふじき ゆきお)
九州大学理学研究院教授
1976年九州大学大学院農学研究科博士課程修了。コーネル大学博士研究員、ロックフェラー大学助教授、明治乳業(株)ヘルスサイエンス研究所研究室長等を経て、94年から九州大学教授。21世紀COEプログラム「統合生命科学」拠点リーダー。

梶山 千里(かじやま ちさと)
九州大学総長
1964年九州大学工学部応用化学科卒業。69年マサチューセッツ大学博士課程を修了しPh.D.取得。84年九州大学工学部教授、2000年工学研究院長、01年11月から九州大学総長。
● チカノバー博士のプロフィール
1974年ヘブライ大学医学部卒業(M.D.を取得)
1981年テクニオン−イスラエル工科大学でPh.Dを取得
1992年−現在テクニオン−イスラエル工科大学 教授
2004年ノーベル化学賞受賞


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