特別対談@


スチャダチュラロンコン大学学長(中央)を挟んで
梶山九州大学総長(右)、柳原九州大学理事(左)

変化に直面するタイの大学
梶山 スチャダ学長、今日はお忙しい時期に本学の卒業式にお越しいただきありがとうございました。今日のお話で学生たちもたいへん勇気づけられたことと思います。

柳原 九州大学とチュラロンコン大学は長らくパートナーシップを結んでおり、学生の交流も進んでいます。日本の国立大学は二年前に法人化され、この間に大学を取り巻く状況も大きく変わってきましたが、タイではいかがでしょうか。

スチャダ 今、タイの大学も多くの変化に直面しています。ここ数十年にわたって大学経営の独立性を求められてきており、中にはかなり成功した大学もありますが、多くは日本ほど進んでいないのが実情です。最近、大学法人法という法律が国会で可決されました。政府の予算政策も変わり、今後いろいろな影響が出てくるでしょう。  チュラロンコン大学は伝統ある古いタイプの大学ですが、一方で新しく独自の個性を出している大学もあり、タイの大学にも多様性が生まれてきています。グローバル化が進み世界の垣根が低くなってきている中で、大学にも考え方の変革が求められているのです。チュラロンコン大学には国の将来をリードする人材を育てるという使命がありますが、今後は特に世界のさまざまな人々と競争しながらも協力できる人材、新しい自由な経済や世界に対応できる人材を育てていくことが必要です。
 そのためには単なる知識の伝授だけではなく、他文化を理解し、多様性のある企業やビジネス環境のなかで能力を発揮できる教育が必要で、そのためのさまざまな場の提供、新しい教育方法を考えています。日本をはじめ中国、ヨーロッパなどの、それぞれにさまざまな戦略を打ち出してきている大学との協力関係も重要になってきます。
 チュラロンコン大学では独自のカリキュラムづくりをめざしています。単に他の大学や研究機関との協力だけでなく、他の研究分野との協力の中で新しい知を生み出そうと考えています。そこで、学生に大学の外の世界や人々の多様な考え方・価値観に触れてもらい、言語ばかりでなくITをはじめとするいろいろな知識、さらに経営管理や組織の中で活躍できる能力、起業家に求められる能力を培っていこうと、さまざまなプログラムを実施しています。
 例えば夏休みには、農村の暮らしを知らない学生に実際に農村のコミュニティを体験してもらうプログラムがあります。そのコミュニティの問題を分析し、また農村の人々の考え方や暮らし方からも良い点を学んでもらう。そしてその問題の解決への支援にも取り組むというものです。地域コミュニティを支援するための財務会計コースも設け、財務の知識がないために困難に陥りがちな農村の人々の手助けになればと考えています。

法人化で変わる研究者の意識
柳原 大変興味深いお話をありがとうございました。日本の大学も二年前の法人化以降、非常に速いスピードで変革しつつありますが、梶山総長から、九州大学が世界水準の大学を目指してどのような改革を進めているのかについてお話しください。

梶山 二〇〇四年に導入された国立大学の法人化には、良い点と悪い点があります。良い点は、教職員の意識が大きく変わってきたこと。今までは大学の中でだけ活動すれば良く、自分の成果は自分のもので必ずしも社会のためのものではない、いわゆる『象牙の塔』だった。だが法人化以降「国立大学は国費によってまかなわれているのだから、成果を社会に還元して新しい技術、科学の発展に活かしていこう」という意識が広がってきました。その一番良い例が産学連携です。従来に比べ大学と企業が非常に強い信頼のもとで協働できるようになってきました。悪い点は、国からの予算が減ってきていることです。九州大学のような大きい大学の場合は少々減らされても予算運用の自由度が増した分、法人化のメリットは大きい。ところがより小規模な大学では、もともと余裕がない上さらに予算が減るため、今後運営が行き詰まってくるところも出てくるのではないかと心配されています。

スチャダ タイの大学でも、人材管理、学問研究、教育、財務などの面でますます独立化が求められてきています。タイには七十八の公立大学、六十の私立大学がありますが、やはり政府からの予算の配分が変わってくるでしょう。より実績が重視され、質と量の両面で実績が求められるようになる。例えば国の発展に必要な分野で多くの卒業生を輩出しているような大学には多くの予算が配分されることになるでしょう。これは一方で、研究者や教員の意欲を刺激するという効果も生むと思います。いずれにしてもすべての大学である程度の予算削減は避けられないと思います。
 こういう状況の中でチュラロンコン大学でも、研究をもっとビジネスと連携させていこうと考えています。産業化における価値と同時に学問の発展にも貢献できる価値を持つ研究を目指します。その点で、九州大学はたいへん素晴らしい活動をなさっていて、良い例をたくさん学ばせていただきました。タイの不利な点は、まだ経済が弱く企業の研究開発予算が少ないことです。将来のために、産学連携を推進してよりよい成果を生むことで、国からの予算獲得につなげていきたいと思います。

世界の三極の一つアジアの中で連携を
柳原 先ほどスチャダ学長が、国境を越えた大学同士が競争関係と同時に協力関係になくてはいけないということをおっしゃいましたが、これはちょうど九州大学の国際戦略と同じで驚きました。九州大学は国際戦略として「競争的協力関係」、「共生」と言い換えたほうがいいかもしれませんが、こういう関係を特にアジアの大学との間で作っていきたいと考えています。この国際戦略について梶山総長からご説明いただければと思います。

梶山 私たちの大学の基本構想には二つの柱があります。一つは「新しい科学領域への展開」、もう一つが「アジア指向」。これを決めたのは五年前ですが、当時はまだアジア指向を掲げている大学はあまりなかったと思います。欧米のような成熟社会にある大学との競争も必要ですが、九州大学は自らが身を置いているアジアの激しい変化をちゃんと掴んでおかないといつの間にか置いていかれる。そこでアジア指向を掲げたわけです。
 アジアはアメリカ、ヨーロッパと並び立つ世界の三極の一つです。そういう風に見ないとアメリカ、ヨーロッパというすでに制度が確立している国々と対等につきあえない。
 例えば私は工学部出身ですが、今、工学分野で技術士という資格が非常に重要になっています。欧米ではこの資格が制度として確立しているのですが、アジアにはまだありません。この資格を取るためのカリキュラムには、サイエンスやテクノロジーの他にカルチャーや宗教も含まれている。そうなると、やはりアジアにはアジア独自の技術士資格が必要でしょう。そういう意味でもアジア指向は大切です。
 もう一つ最近よく話すのですが、アジアの人々は共通の遺伝子を持っている。これが特に重要になるのが創薬の分野です。今、遺伝子に合った薬を創る「テーラーメイド医薬」の研究が進んでいますが、アジア人に合った薬を創るには遺伝子解析などの分野でアジアの国々が協力し合う必要があります。

大学人が協力し合いよりよい世界を作ろう
スチャダ 「アジア指向」という九州大学のビジョンをうかがいたいへん嬉しく思います。私どもは長い間西洋ばかり見ていました。それが原因で、私たちは自らの問題や内なる価値を忘れていたのかもしれません。実際には、アジア指向はあらゆる領域において必要になってくるビジョンだと思います。それによって私たちが持っている可能性をお互いに伸ばすことができます。
 アジアの大学はこの変化する世界の中で「win-win」の状況を作り出す必要があります。単独で教育や研究を進めるだけではなく、さまざまな人と相互理解、相互の価値を共有し認め合いながら協力し合うことで私たち大学人はよりよい世界を実現できるのではないかと思います。政治やビジネスではそれぞれに利益がつきまとう。学問に携わる我々なればこそできることが、協力によってよりよい世界を創ることではないかと思います。そうした意味で今後も世界の優れた大学と協力関係を促進していきたいと思います。

柳原 アジアの大学間の連携がとても大事であるということでお二人のご意見が全く一致したようです。これを機会にチュラロンコン大学と九州大学との間で一層交流が深まり、具体的なプロジェクトが進むことを期待しております。梶山総長、最後に一言お願いします。

梶山 私どもは「アジア学長会議」を二〇〇〇年から五回行っています。二〇〇三年にはチュラロンコン大学で開催していただき、その時にアジアの大学を結ぶ「ユニバーシティネットワーク」が生まれました。これを活用して、世界の三極の一極にふさわしいいろいろなアクティビティを共有できればと思います。今年は第六回目が上海交通大学で行われますが、そこでまたスチャダ学長ともお会いできるのを楽しみにしています。

柳原 それではスチャダ学長、最後に本学の学生たちへのメッセージをお願いします。

スチャダ 学生の皆さんがこれから出て行く世界は、多様性に満ちてチャレンジに溢れ、そしてダイナミックに変化する世界です。みなさんは世界で最も素晴らしい大学の一つである九州大学で勉強できることに心より感謝し、大学にいる間に能力を磨いて、自分の可能性をフルに咲かせるための準備をしていただきたいと思います。同時に世界について、世界の友人についても多くを学んでください。皆さんと私たちの国の学生が将来、よりよい世界の中でともに歩んでいくことを切に希望しています。

(このインタビューは、平成十八年三月二十七日、福岡山の上ホテルで行われました。)


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