壮大な伊都キャンパスに
期待する

横山 本日は真のリーダーのあるべき姿について、またリーダーをいかにして育てるべきかについて、ご意見を頂戴したいと思います。よろしくお願いします。

柴田 先ほど、伊都の新キャンパスを見学されたばかりですが、まずはその感想をお聞かせください。

稲盛 驚きました。敷地は広大ですし、工学部の建物も非常に立派で、そのダイナミックなことは中国の大学を連想しました。発展を続ける中国では次々に新しい巨大な大学キャンパスが造られています。九州大学の伊都キャンパスも、旧帝大による今までになかった壮大な計画で、ぜひ早い時期に完成して成果を出してほしいと思います。

梶山 今、これだけの規模の大学キャンパスの移転は世界でもあまり例のないことです。ですから従来型のキャンパスでは意味がありません。ぜひとも市民参加型の教育研究拠点を造りたいと考えています。

稲盛 スケールも考え方も、これまでの日本の国立大学ではあり得なかった構想だと思います。ぜひ理想的なものを、文部科学省や民間の協力のもとで実現していただき、二十一世紀の大学のあり方を九州大学に示していただきたいと思います。

柴田 伊都キャンパスは単なる移転ではなく、新時代の大学を造る意気込みで取り組んでいます。キャンパスでは実際に学生たちと話をされましたが、いかがでしたか?

稲盛 今の若者に対してはネガティブな印象を持っていたのですが、伊都キャンパスの学生は非常に心やさしい素直な若者たちでした。話を真剣に聞いてくれて、私もいい気持ちで話すことができました。

真のリーダーとは
人格者とは

柴田 日本で今、リーダーが求められています。改めて、稲盛会長のリーダー論をお聞かせ願います。

稲盛 政界・官界・財界、日本の各界において素晴らしいリーダーに恵まれていないのが、現代の不幸の最大要因だと思います。日本に限らず世界的にもリーダーに人格者がいないため、社会が混迷を深めていると考えます。人の上に立つ人は、己を無.にできる覚悟を持った人でなければなりません。どの業界でもトップになると権力が伴います。その権力を駆使するときに私心があってはならないのです。リーダーくらい損な役割はありません。自分を優先する人はリーダーになってはいけないのです。確固たる志を持ち、世のため人のためには自分を犠牲にしても構わないという人だけがリーダーになるべきであり、そういう人を選ぶべきです。大変難しいことだと承知していますが、リーダーがそういう人でなければ、その集団にいることは不幸です。

梶山 私もリーダーとして無心でありたいと願います。先日、役員会で九州大学に何が欠けているかを話し合ったところ、リーダーとしての心構えを教える必要があるという結論になりました。リーダーとは、歴史観・倫理観・社会性・国際性などを理解して身につけている人です。そうした人を育てる教育の必要性を感じています。もちろん教育したからといって誰もが真のリーダーになれるわけではありません。けれども百人のうち一人でもリーダーが出ればいいし、学生がそういう話を聞き、折にふれて思い出すことに意義があると思います。

梶山総長

稲盛 よく真のエリートを育成しようと言われますが、中にはエリートを間違って解釈している人もいます。頭がいいことがエリートではありません。高潔な志と、人間的なやさしさや思いやりを兼ね備えているのが真のエリートです。アメリカ合衆国は大統領が強大な権力を持っていますが、これは初代大統領ジョージ・ワシントンが素晴らしい人格者だったから、議会の決定への拒否権など、強大な権力を付与したのです。二十世紀後半は、そのような真のリーダーがいないためにたいへん不幸な時代になっています。現代は、リーダーが人格者でないと大変危険な時代です。欠陥のある人が権力を握ると国を危うくします。かつても先進国から独立した数多くの国々は、いいリーダーに恵まれなかったために内紛や戦争、経済問題などで苦しんでいます。

梶山 ジョージ・ワシントンは特にリーダーシップの教育を受けたわけではありませんが、人々を先導し、指導していく見識がありました。これは学校ではなく、家庭や社会で学ぶべきことではないかと、教育者としては悩むところです。

稲盛 基本はその人の倫理観です。それは、人としてどうあるべきかということで、難しいことではありません。理屈ではなく原理原則として、人として必ずなすべきこと、絶対やってはいけないことがあります。例えば親孝行は理屈抜きになすべきこと、人として基本的なことです。そういう人としての基本的な倫理を学校で教えるべきです。また、ベーシックな倫理観で日常の行動を律している人、日常生活で実践して生かし切っている人こそ人格者です。そういう人をリーダーに選べばいいのです。

梶山 倫理観とは人間性であり、要するに人を愛することだと思います。異文化、異民族など自分と異なるものを受け入れる心。国際性も社会性も基本はそういうことです。

「世のため人のため」を
人生最大の目標に

柴田 稲盛会長は本日学生たちに、人生の結果は「能力×熱意×考え方」という三つのファクターの積だという話をされました。これからの不透明な時代、後進に何を伝えたいですか。

柴田副学長

稲盛 今日は学生たちに、どういう哲学を持つかで人生の方向性が決まるという話をしました。哲学はこの場合人生観と言い換えてもいいでしょうが、哲学の根本はやさしさや思いやりで、自分は世のため人のために少しでもよいことをしようと生まれてきたのだということを、哲学の基本に置くべきだと思っています。これを人生最大の目標に据え、ここから逸脱しないで生きていくと、物事はいい方向に行きます。
私は二十七歳のときに会社をつくっていただき、社長になりました。セラミックの専門分野で実績を上げ、技術者としては自信がありましたが、経営者としては何の知識も哲学もありませんでした。非常に悩みましたが、何も知らないということを前提として受け入れ、小学校の頃に両親や先生から教わった「人としてやっていいことと悪いこと」、そして「仕事を通して世のため人のために」という初歩的な原則を経営の基本に置くことを決めました。その後は、この「人として正しいことか否か」を判断基準に、仕事を通じて従業員やお客様を幸せにすることを目標にして今日までやってきました。その結果、物欲におぼれることもなく、従業員も結束し、お客様にも信頼していただいてきたと思います。シンプルな経営姿勢を貫いてきましたが、昨今の企業不祥事を見るにつけ、それがいかに難しいかを痛感します。また同時に、そのような原理原則を持った人が政界のリーダーになってもいいのになと思ったりします。

梶山 稲盛会長が設立された稲盛財団が主催する京都賞(※)の授賞式に何度か出席させていただきましたが、必ず「世のため人のためにいいことを」とお話しされますね。まさに稲盛会長の人生哲学なのでしょう。哲学そのものを理解することは難しいですが、自分の哲学を持つことはそれほど難しいことではないと思います。私は小学校の卒業式で先生に言われた「人並みの努力は人並みに終わる」という言葉を今でも大切にしています。

稲盛 それはいい言葉ですね。努力しているのに経営がうまくいかないという人がいますが、本当に一生懸命に頑張ったら経営がたいへんなことになるはずがない。うまくいかないのは人並みの努力に終わっているからで、それは努力のうちには入りません。本当に誰にも負けない努力をすれば必ず結果はついてくるはずです。

幸福は
知足にあり

柴田 私も「一番になれ。人が集まると誰かが一番になる。どんな一番になるかが大事だ」という小学校時代の教えを思い出しました。自分にできることの最大限を発揮することが大切なのですね。現代は、物は足りているけれども心は満足していない時代だと思います。若者たちに精神面での充実の大切さをどう自覚させるかが我々の課題でもあると考えます。

稲盛 物質的に豊かな生活が満足で幸せなものかというと、そうではないでしょう。仏陀は煩悩があるがゆえに人は生きていけると言いました。煩悩とは、自然が与えた生きていくための支えであり、食欲、性欲などの本能が最大の欲です。物がなくても欲しいが、物が満ち足りるとさらに欲しくなるというように、欲には際限がありません。そして欲が満たされないと怒りが現れ、怒りをぶつける対象が強いと、ねたみ・恨みに変質していくのです。欲は人生を誤るもとと仏陀は言いました。現代は物に満ちていますが、物質的豊かさは必ずしも幸福を意味しないのです。まず若い人に「足るを知る」ことの大切さを伝えたいと思っています。

梶山 今の豊かな生活を送れるのは誰のおかげか、という感謝の気持ちを持ってほしいものです。

稲盛 感謝の気持ちは基本中の基本かもしれませんね。

柴田 「利己ではなく利他」という言葉には深い意味があるように思います。本日はどうもありがとうございました。


京都賞:稲盛会長が創設した稲盛財団では、先端技術、基礎科学、思想・芸術の各部門で大きな貢献をされた方々に、毎年、国際賞として「京都賞」を贈り、その功績を讃え、学術、文化の促進と国際相互理解の増進に努めている。

稲盛和夫(いなもり・かずお)
1932年、鹿児島市生まれ。55年、鹿児島大学工学部応用化学科卒業、京都で就職。59年に従業員28名で京都セラミック(現・京セラ)を設立。社長、会長を経て97年から名誉会長。また84年には電気通信事業の自由化に即応して第二電電(DDI)を設立。2000年にはKDD、DDI、IDOの合併によりKDDIを設立、現在は最高顧問を務める。私財を投じた稲盛財団の理事長、全国の若手経営者が集まる経営塾「盛和塾」塾長としても活動。

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