南氷洋の荒波に揺られ南極圏に観測機器設置

公田さんは、観測機器を設置するため、一人で南極まで行かれたと聞きました。大学院生はそんなこともするのですか。そもそもこれはどのような研究・観測なのでしょうか。

公田 九州大学の宙空環境研究センター(SERC:湯元清文センター長)の目的の一つに、前もって太陽放射線の影響や宙空(ちゅうくう:一般的に、地表からおよそ八万キロメートル上空までの地球磁場が支配する領域)の異常電流の発生・増加を知らせる、いわゆる「宇宙天気予報」の基礎研究があります。そのために、十年計画で、地球上の五十一箇所に地磁気の変動を観測するMAGDAS (MAGnetic Data Acquisition System)磁力計を設置して、宙空域での電磁気及びプラズマ環境変動をリアルタイムでモニターしデータを蓄積する、環太平洋磁気ネットワーク観測システムを構築しつつあります。
 今回私がMAGDASを設置したのは、オーストラリアと南極のほぼ中間に位置するオーストラリアのMacquarie(マッコーリ)島で、南極を経由して行きました。行ったときは計画の中でも最南端の設置場所だったのですが(図@のMCQ)、今回の出張で南極大陸への設置というお土産話を持って帰ってこれたので、現在は南極設置計画を進めています。

観測点は経度に沿ってほぼ一直線に並んでいます。緯度は磁気赤道上にこれもほぼ一直線に。

公田 赤道上の設置はまだこれからですが、経度に沿った線が地球の自転に伴い二十四時間で一周する間に、一つ一つのMAGDASがインターネットや電話回線、衛星電話によって、宙空環境研究センターのサーバーにリアルタイムで地上磁場変動データを送ってきます。この刻々と送られてくる宙空域の電磁気環境などの情報を含んだデータをモニターし解析することによって、地球の周り全体の状態を推定して面で表したのが図Aです。電磁場は様々な理由で変動しますが、大きな影響を与える源となっているのが太陽の異変です。図Aは宙空領域が静穏な時の様相ですが、太陽輻射の影響の大きい夏である半球側で変動が大きくなっています。太陽の状態を観測した別のデータ等、様々な観測データと合わせて、太陽風の変化が地球の磁気圏にどういう変化をもたらすか、太陽が地球の磁場へ影響を与えるメカニズムを究明しようというのが研究の目的です。

図@ MAGDAS/CPMN観測点図

MAGDAS 磁力計本体
図A MAGDAS宇宙天気図


設置に失敗して叱られる夢でうなされる。

研究フィールドは地球全体、研究対象は宙空から太陽まで、ですね。「南極に行くか?」と言われて「はい」と即答?

公田 丁度、年度変わりの時期でスタッフの皆さんの都合がつかず、博士課程の学生は私だけということもあって指名されたようですが、初めて一人で行く海外で、それが南極で、観測機器設置のために英語での交渉もあるということで不安でいっぱいでした。でも飛行機で飛び立ってからは、腹が据わったと言いますか、落ち着いてしまいました。でも、マッコーリ島に到着する前の数日は、失敗してデータが取れず湯元センター長から「困るよ、公田君」と叱られる夢を見てうなされました(笑)。


氷の海の夕暮れ

砕氷船で南氷洋というと荒海のイメージですが。

公田 オーストラリアのタスマニアまで飛行機で行き、タスマニアを出航したのが三月十七日、南極基地に着いたのが三月二十五日。暴風圏に入ると海は大荒れで、床に置いた本は右に左に動き続け、座った椅子が傾いて脚が浮くといった状態でした。ストームの時は船が四十度くらい傾くこともあると聞きましたが、食事が摂れなくなり、ズボンがゆるゆるになって、そうなるとほとんどの時間を横になって過ごしました。出発前に徹夜のようなことをして準備した疲れが出たのかもしれません。他の人たちは皆元気で、よく食べよく話をしていましたが。
 南極に近づき氷海になると波が静まります。起きて食べられるようになり、体力も回復してきました。甲板へ出ると、白い氷の海です。大氷山の向こうに見える太陽、氷山の上や海ではペンギンが元気に活動しています。感動しました。でもマッコーリ島への出発が近づくと、また酔うのではと不安になってきました。親しくなった航海士に「酔わないコツは?」と訊くと、
「Be happy」
とだけ。これが効きました。酔いはじめると波ばかりが気になりますが、今度は会話をしたりして、波が気にならなくなっていました。メールも日に1、2回まとめて遅れて来るくらいで、船は外とは隔絶されています。その中で、若い女性から年取った方々まで皆会話を楽しみ、運動施設で汗を流し、食事やデザートを楽しんで過ごしていました。機器の設置の仕事を含めて、今回はとにかくオーストラリアの人たちの親切に助けられたというのが実感です。MAGDASを設置し、有効に稼働させ維持するというこのプロジェクトを円滑に進めるためには、現地の方々との連携協力が例外なく必要です。今回の設置も、オーストラリア政府の南極庁の協力で実現しました。


感動を大切に。感動したらまずはそれを一生懸命やってみること

九州大学を志望したのは、このような研究をしたかったからですか?

公田 山口県の宇部高校で、センター試験の点数を入力して合格圏内の大学を調べていて、九州大学理学部に地球惑星科学科があることを知りました。やりたいことはいろいろあって志望を一つに絞ることが難しかったのですが、見たことも聞いたこともないような未知のものに興味があって、この学科名に「面白そうだ」と惹かれるものを感じたのです。入ってみると、学ぶ対象が地層、化石、地震、海洋、気象など幅広く好奇心を満たすことができたと思います。今、宙空環境研究センターで進めているこの研究も、他なら衛星からのデータ解析で終わるところを、自分たちで観測点を展開し、機器を設置し、観測を行う。そういう他ではできない魅力、やりがい、おもしろさがあります。「面白そう」という直感は間違っていなかったと思います。

後にこれからやろうとしていること、そして、後輩や高校生の皆さんへのメッセージをお願いします。

公田 目標をがちっと決めてそれに向かって、というのは好きではないのですが、近い目標はまず博士号の学位取得です。チャンスがあれば観測などいろいろな経験をしたいと思っています。後輩の皆さんへ。可能性はたくさんあるし、どれが一番向いているというのも決めがたいでしょう。とりあえず、何でもガツガツとどん欲に一生懸命やってみたらいい。その後に道は開けるはずです。受け身はだめです。
 私自身、高校生時代は受け身でした。九大に入って、ある日「これではだめだ!」「いろいろやってみよう」と思ったのです。テニス部に入ったのもその「いろいろ」の一つです。部活で自分は相当変わったと思います。感動を大切に。感動したらまずはそれを一生懸命やってみることではないでしょうか。それをモットーに今日まで来ましたが、まさか南極に行くことになろうとは思いませんでした(笑)。

世界遺産Macquarie島にて 砕氷船の食堂で行われたチャリティーイベント
MAGDASを納めた観測小屋

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