白水隆(著)の紹介

白水標準図鑑の編集に携わって
比較社会文化研究院 教授 矢田 脩(やたおさむ)

図鑑出版の経緯

 白水隆(しろうず たかし)本学名誉教授は日本の蝶学(自然史学)の草分け的存在で、その研究の普及・発展にも大きく貢献された。先生は、私が本学の旧教養部の助手時代からずっと蝶学の手ほどきをして下さり、分類、形態、系統、生物地理といった自然史学に軸足におきながら、進化、遺伝、生態、生理、そして民族、文化などにいたるまで様々な分野からの総合・横断的な研究の重要性を教授下さった。大学でただ一人蝶の自然史研究の看板をあげ、私ども後進の指導をされる一方で、全国に散らばるアマチュアと呼ばれる多くの研究家、愛好家への指導もきわめて熱心であった。そのことは、先生が心血を注がれた、多数の蝶の図鑑類の出版をみれば頷けるに違いない。これらの図鑑類によって育てられた青少年や一般の同好者は数知れない。

 今回出版された図鑑も先生が生前に自らの喜寿を目安に出版を計画されていた。しかし、先生は、自分の構想された図鑑を手にとることなく、二〇〇四年四月二日にこの世を去られた。そこで、先生から直接に教えを受けた我々が先生の遺志を引き継ぐべく、先生の遺稿をもとに各科の専門家に協力を要請し、この図鑑を編集することとなった。出版については、幸い白水先生の蝶学の教え子でもある学研編集部の里中正紀氏が尽力して下さった。


図鑑の特徴

 この図鑑は、先生がご存命中に執筆された中で、最後の日本産の蝶類図鑑となった「学研中高生図鑑 昆虫Tチョウ」(一九八三年刊)をベースとしている。それに、先生が準備しておられた加筆・訂正の原稿を盛り込んで編集したものである。しかし、先生のこの原稿もすでに古くなった部分があり、これらのデータについては専門の編集担当者が最新の知見をもとにさらに加筆・訂正している。白水先生がとくに力を入れておられた地理的変異については、出来るだけ多く、しかも煩雑にならないように全国の同好者から標本の提供をうけ、図版を構成した。したがって、白水先生の原稿をもとに最新の日本の蝶に関する基礎情報(成虫の原色写真、和名・学名、分類、分布、変異、生態など)がこの図鑑に集約されている。蝶を使って研究しようとする研究者は、個々の種の最新の情報を知る必要があり、そのベースとなるこの図鑑を是非参照していただきたい。たとえば、これまで長年一種とされてきた「キチョウEurema hecabe」は、図鑑としてここではじめて二種(キタキチョウとキチョウ)に分割されている。

 この図鑑にはもう一つの特徴がある。それはプロの研究家とアマチュアの研究家・愛好家との真の合作になっていることである。白水先生は生前、プロの研究家を厳しく指導なされた一方で、アマチュアの愛好家・研究家には温かい目で指導されていた。そのご尽力のおかげで、日本には多くのアマチュア蝶類研究家が育ち、集められる情報量も膨大になり、日本の蝶類学も大きく発展・進歩してきた。そのアマチュア研究家とプロの研究者が一致協力して図鑑を編集できたことは我々にとっても何より嬉しいし、白水先生もきっと天国で喜んでいただいていると信じている。


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