“できない技術はない”を信条に、第三世代有機EL発光材料を世界に先がけて開発した有機エレクトロニクス界のトップランナー。その素顔は大のコーヒー党で、出張先で珍しい石けんをお土産に買うのが密かな楽しみ。
“できない技術はない”を信条に、第三世代有機EL発光材料を世界に先がけて開発した有機エレクトロニクス界のトップランナー。その素顔は大のコーヒー党で、出張先で珍しい石けんをお土産に買うのが密かな楽しみ。
長野生まれの東京育ち。「千波矢」の名は、百人一首第17番の枕詞「千早(ちはや)ぶる」にちなむ。無類の実験好きで、研究分野として確立していなかった有機ELに大学院時代からいち早く着目。1991年九州大学大学院総合理工学研究科材料開発工学専攻博士課程修了後も、(株)リコー化成品技術研究所研究員、信州大学繊維学部機能高分子学科助手、プリンストン大学Center for Photonics and Optoelectronic Materials研究員、千歳科学技術大学光科学部物質光科学科助教授および教授として一貫して有機ELの研究に従事。2005年九州大学未来化学創造センター教授に着任、2010年より同大学工学研究院教授、最先端有機光エレクトロニクス研究センター長。
「できない技術はない!」と常に前向きに取り組むのがモットーの安達先生。
極限まで薄くした有機物の膜に電流を流すと発光する有機ELのサンプル。
安達研究室では分子設計・合成・デバイス作成・評価まで各学生が全て自ら一貫して行う。これにより新しい画期的な材料・デバイスを生み出すことができる。
「できない技術はない!」と常に前向きに取り組むのがモットーの安達先生。
私の専門は有機エレクトロニクスです。簡単にいえば、金属などと違って電気を流さない絶縁体の有機物に電気を流しつつ、その電気を100パーセントの効率で光に変換し、エレクトロニクスの新素材として応用するための研究に取り組んでいます。髪の毛の太さの200分の1にあたる100nm(ナノメーター)という極めて薄い有機物の膜をつくって極限状態に追い込むことがポイントで、2012年に第三世代有機EL発光材料(TADF(熱活性化遅延蛍光)材料)の開発に成功し、世界的な権威を持つ『ネイチャー』誌で発表しました。
その功績や影響力などが認められ、2016年には名誉ある第4回リサーチフロントアワード(※)を受賞することができました。客観的な統計基準に基づく評価なので心からうれしく、開発に携わったラボのメンバー全員を誇りに感じています。現在は、新技術を実用化するため2015年に設立したベンチャー企業、(株)Kyulux(キューラックス)の技術アドバイザーとして、2018年の商品化を目指しています。
極限まで薄くした有機物の膜に電流を流すと発光する有機ELのサンプル。
私たちが開発した第三世代有機EL発光材料によって、有機ELの研究分野はさらに可能性を広げています。柔軟性が高く、面状発光体である利点を最大限に生かし、今後は壁紙自体が光る照明や、アップルウオッチのような軽量でウェアラブルなデバイスがどんどん商品化されていくでしょう。しかし、次の“第四世代”がいずれ登場すると考えれば、私たちも立ち止まることなく、新しい未開の地を目指して走り続けなければなりません。歴史が物語るように、進化した生物しか生き残ることはできませんからね。そのための組織・施設が最先端有機光エレクトロニクス研究センター(OPERA)です。特定の分野から日本人のみを集めても発想に限界があるため、各国から多彩な分野の優れた研究者を招くなど、常に新たな人材の確保と組織の活性化に努めながら、だれも成し遂げていない価値ある成果を得るために切磋琢磨しています。
安達研究室では分子設計・合成・デバイス作成・評価まで各学生が全て自ら一貫して行う。これにより新しい画期的な材料・デバイスを生み出すことができる。
私たちが、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業・総括実施型研究(ERATO)の採択を受け、有機ELに続く次世代発光デバイスとして実現を目指しているのが有機半導体レーザーです。有機物に流す電流の密度を上げることで、いつかレーザー発振に至ると信じています。第三世代有機ELと同様にゼロを1にする研究で、現在は山頂を目指してさまざまな方向から登っている段階ですが、実用化できればディスプレイ・情報通信・計測・分析機器などに劇的な変化をもたらすことは間違いありません。これからも常識を覆し、教科書に残るような新しいサイエンスの扉を開き、次の日本を支える産業を育てていきます。
※リサーチフロントアワード
米国に本社を置く世界的な情報サービス企業、トムソン・ロイター社が分類する22の学術分野において最も高い頻度で引用されている上位1%の論文のうち、のちに発表された論文と一緒に引用されている論文を分析、卓越した先端研究領域で強い影響力を持ち、世界的な活躍や貢献が認められる研究者を特定・表彰している。
有機物には無限の分子設計の可能性があります。レゴブロックで家や車などを組み立てるようにうまく設計できればユニークな新機能が見つかり、それがデバイスなど実際に動くものに繋がっていくことが魅力ですね。しかし、最先端の装置や環境がいくら揃っていても研究が思いどおりに進むことは少なく、むしろ人と人とがディスカッションを重ね、お互いに刺激し合うことで突破口が開かれ、新発想が生まれやすい点も研究の面白いところです。何より自分が立てた仮説が証明できたり、思いどおりに実現できたりした瞬間が一番の醍醐味で、言葉にならない感動が全身を突き抜けます。ただ、1時間も経てば、次の新しい山に登りたくなってしまいますけどね(笑)。
サイエンスの世界は無限で、研究に終わりがない。だからこそ面白いといえます。しかも大学ではゼロを1にする、つまり無の状態から芽が出るまでのプロセスに集中することができる。その点に大学の存在意義と価値があるのです。
軽量で走り心地がよく、通気性にも優れたリーボックとプーマのシューズを愛用。自らのシンボルカラーというブルー系を選ぶことが多い。
月1〜2度の海外出張に備え、いつでもすぐに出発できるよう常に携行。これまで訪問した50カ国以上の中で特に印象深い国は、異国の地、サウジアラビア。「車で駆け抜けた大砂漠は、まるで別世界でした」。
英語・特許・デザイン・経理など各分野のスペシャリスト。「彼・彼女たちがいないと何も動かない。みんなのおかげで研究に専念できる」と、安達先生は全幅の信頼を寄せる。急な撮影も快諾。そして緊張しながらもこの笑顔…チームワークの良さがうかがい知れます。
感動を積み重ね、自分の可能性を広げてください
人間は感動の集積でできています。一人ひとりが異なる環境の中で、それぞれの感動を体験していくことで個性が磨かれ、特殊な能力や思考、発想などが育まれていくのです。いわゆる“お勉強”だけを頑張ってきた成績優秀者がいい研究者になるとは限りません。若い時からできるだけ多くのものに触れ、一冊でも多くの本を読み、ひとりでも多くの人と出会って自分の可能性を広げてください。そして大学で自分の個性とは何か、好きなものや興味があることは何かを見つめ直し、歩むべき将来を見つけてほしいですね。このキャンパスには、そのための時間と環境があるのですから。
取材日(2016.8)