情報セキュリティの確保が重要な課題となっている現在、データ保護のための暗号技術を徹底的に研究。数学的アプローチで次世代暗号の研究にも果敢に取り組み、CRYPTREC(クリプトレック)暗号技術評価委員会のメンバーの一員に選ばれるなど、まさに暗号業界の若手エース。3人の娘さんを溺愛する家族想いのパパでもある。
情報セキュリティの確保が重要な課題となっている現在、データ保護のための暗号技術を徹底的に研究。数学的アプローチで次世代暗号の研究にも果敢に取り組み、CRYPTREC(クリプトレック)暗号技術評価委員会のメンバーの一員に選ばれるなど、まさに暗号業界の若手エース。3人の娘さんを溺愛する家族想いのパパでもある。
大阪府出身、奈良育ち。小学生時代はサッカーをメインにスポーツにハマる。強豪のサッカーチームにスカウトされ、県代表選手に選ばれたほどの手腕で、スポーツで生きて行こうと決めていたが、中学に入ると夢中になっていったのは数学。「勉強しているという意識はなく、ただ面白い」と数学への道を決意し、京都大学理学部数学科に入学。2002年卒業後、東京大学大学院数理科学研究科へ進み、2007年博士号(数理科学)取得。同年、株式会社富士通研究所に研究員として入社、暗号技術の安全性評価やプライバシー保護情報活用などの研究に携わる。2015年3月に退社後、4月より現職。総務省所管の国立研究開発法人情報通信研究機構、経済産業省所管の独立行政法人情報処理推進機構によるCRYPTREC暗号技術評価委員会のメンバーの1人でもある。大学で使用する教科書づくりも積極的に担うなど、数学という学問の枠を超えて多方面で活躍中。
「数学は、答えの導き方が何通りもあって、最終的に誰でもわかりやすい形になるのが非常に面白い学問だと思います」と先生。柔和な物腰でじっくりと話してくれた。
公開鍵暗号技術に利用されている、y²=x³+ax+bで表される楕円曲線。数式にすると実にシンプルだが、それぞれの値が何百、何千桁となることで暗号化強度を高めている。
伝えるための工夫の一つに「資料は必ず絵を添える」というマイルールがある。高校での出張授業で作成した資料も絵や図がふんだんに。「伝わらないと意味がないし、伝えたいから」
「数学は、答えの導き方が何通りもあって、最終的に誰でもわかりやすい形になるのが非常に面白い学問だと思います」と先生。柔和な物腰でじっくりと話してくれた。
皆さんはインターネットをどう活用していますか?ネットショッピングをしたり、WEB上でお得なサービスを利用したりと、日常生活が便利になる一方、個人情報や秘密情報が外部に漏れる事件も起きていますよね。現代のネット社会において、情報セキュリティを確保することは、重要な課題となっています。例えば皆さんがオンライン上で飛行機のチケットを予約するとしますよね。そこで入力した個人データは暗号化されて、サービス元(航空会社)に届き、そこで復号されてサービスに利用されます。ネット上で情報が盗聴されずにデータを保護するには暗号技術が必要になってくるのは言うまでもありません。現在、その技術には「RSA暗号」と「楕円曲線暗号」と主流が2つあります。どちらも暗号化と復号に別個の鍵を使い、暗号化の鍵を公開できるようにした、公開鍵暗号技術です。私はその楕円曲線暗号の研究を主に行っています。
公開鍵暗号技術に利用されている、y²=x³+ax+bで表される楕円曲線。数式にすると実にシンプルだが、それぞれの値が何百、何千桁となることで暗号化強度を高めている。
暗号方式は用途によって異なります。現在最も利用されているRSA暗号は鍵長(=鍵の長さ)が長いため強度も高いですが、使用データ量が大きい(鍵長と呼ばれるデータ量が2048bitもある)ので、処理速度も遅くなるデメリットがあります。RSA暗号は先ほどのチケット予約のように大きなデータを取り扱う場合に向いており、クレジットカードやネット決済などに利用されています。一方で楕円曲線暗号は、RSA暗号と比較してデータ量が小さく(160bit)、処理速度が速いというメリットがあります。楕円曲線暗号が使用されている身近な例として、ICカードや学生証(コンテンツ保護)、ブルーレイのデッキなどでDVDが正式なものか海賊版かを判断するなど(著作権保護、コピー防止)があり、省電力用のデバイスに向けたものです。現在では仮想通貨bitcoinにおける電子署名としても利用されています。
伝えるための工夫の一つに「資料は必ず絵を添える」というマイルールがある。高校での出張授業で作成した資料も絵や図がふんだんに。「伝わらないと意味がないし、伝えたいから」
暗号技術は数字と計算から導いていくものですが、理論的に言って暗号技術は必ず解けるという事実は否めません。鍵長(データ量)が大きいほど、解読にかかる計算時間が長くなるため安全になりますが、実際に2015年度には、主流の一つであった1024bit暗号の強度が不十分であると見積もられています。そして、現在推奨されている2048bitを使った暗号は2030年前後には安全ではなくなることが計算上、すでに予想されているのです。またセキュリティはコストに比例するものですが、今後、より進化したスーパーコンピューターの登場により、今までの暗号技術が予想より早く破られてしまう可能性もあります。そこで対策として次世代暗号(格子暗号)の研究開発が、現在世界中で競うように行われています。
暗号業界は日々世界中の研究者から論文が出され、国内最大規模の学会では800人近くの研究者が集まるなど、最もホットな業界です。次世代暗号において高い次元の問題を解き競うため、2010年にドイツの大学が公開したWEBサイトには、世界中の研究者がアクセスし、問題解決にチャレンジし続けています。もちろん私も学生も挑戦し続けていて、一度私の学生が、世界ランキング14位に入ったこともありました。このように暗号技術は日々進化していき、研究もハイスピードで進んでいきます。世の中が便利になればなるほど、データ保護、セキュリティ対策も進化していかなければなりません。そこで数学をベースとしたアプローチと暗号研究の技術を持って、いかに世の中にサービスという形で還元できるか。それが私の永遠のミッションですね。
自分が学んできた数学という学問が、暗号という技術と組み合わせることで実際に世の中の役に立っているという点には、大きな手応えと魅力を感じますね。破られない暗号をつくっているわけですから、同時に破り方もわかるわけです。暗号業界では数々の新しい論文が発表されますが、個人的に怪しいと思ったものは徹底的に検証します。絶対に破られないと公言している論文があったので、「破れますね」という反論の論文を書いたこともありました(笑)。数学には答えはありますが、終わりはありません。子どものころ数学の問題を解く時に、答えの導き方がたくさんあることに夢中になったのと同じで、常に解読のためのアルゴリズムを検証していき、その出口が暗号なんです。そこが圧倒的に面白いところですね。
私が属するマス・フォア・インダストリ研究所(Institute of Mathematics for Industry)では、「産業のための数学」という名の通り、純粋数学・応用数学を産業界・各科学分野と連携して、現場でのニーズの高い数学的な課題や技術の開発にあたっています。産業界から技術を求められ、抱える問題自体は明確だとしても、数学的定式化がなされていないものも数多くあります。つまり研究の伸びしろは無限であり、活用の場を創造していくことにも魅力を感じていますね。
勉強に集中できる環境という点で優れていると思います。街中から離れていて情報が入ってこないということは、いい意味では雑音が入ってこず自分軸で動けるので、自分で考えようとする力を養えます。悪い意味では一人よがりになりやすい。個人の姿勢でどうにでもなるのが大学時代です。伊都キャンパスには文理問わず幅広い学びの場が集まっていますし、留学生も多いので、その環境を学生さんたちにはぜひ利用してほしいですね。自分の専門分野を究めつつも、日常的に他の専門分野に触れ、学生同士だけではなく、先生方とも積極的に交流することで刺激を得ていける場だと思います。
過去に腰の骨を折って、現在はやむなく運動を止めているという、もともとスポーツマンの先生。長時間のデスクワークには腰を固定して、腰痛をサポートしてくれる、シートクッションが欠かせないとのこと。
使っていないPCも含め、研究室には数台のPCや端末が点在。中でもマストは出張にも必ず持参し、もはや身体の一部ともなっている薄型軽量のノートPC。「私の古巣、富士通製しか使いません!」とキッパリ。
「リングだとちゃんと見開いて見られるので」という理由で、秘書さんに大量に買ってきてもらったというノートには、細かい文字で数式がビッシリ。ペンも徹底していてゼブラ社のSARASA0.5の赤と黒を使用。
“自分軸”で行動しよう!
数学だけを見ず、九州から世界を見よう。
大学で数学を専攻した人はほとんどが教員になります。しかし、私は信じています。数学はもっと世の中の広い範囲で役に立つ学問だと。数学というベースの力さえあれば、私は何でもできると思います。私は企業に7年半勤め、世の中の厳しさというものを肌で感じました。与えられた仕事をこなせないならどこに行っても一緒です。ダメなら切り替えるという選択肢もあります。つまり私が言いたいのは、数学だけを勉強していても、直接世の中で活躍できる人材になることは難しいということです。数学→教員という固定概念も思い切って捨ててほしいですね。また大学時代に教授を盲信するのもオススメしません。すべてを疑って自分軸で考えて行動してください。
大学時代に決まりはないのです。世の中は思った以上に広く、九州の大学の机上だけで勉強していても視野が広がりません。勝手に企業のインターンシップを受けたっていいし、異業種交流会に出て幅広い社会人と交流したっていいし、そこでピンとくるものと出合うかもしれない。世の中を知る活動を大学時代のうちから真剣にやってください。そして常に5年後、10年後に自分がどうなっていたいかを具体的に考えて行動してください。そうすればきっと、あなたの学んできたこと、経験したことが世の中で生きる時代がやって来ますよ。
取材日(2019.7)