Research 研究・産学官民連携

From Margin to Margin: Arts-Based Approaches in Social Design

芸術工学研究院 研究紹介

From Margin to Margin: Arts-Based Approaches in Social Design

芸術工学研究院 ストラテジックデザイン部門
教授 Melanie Sarantou

      「知る喜びと権力へ無制限にアクセスでき、そこで変革が可能になることは…(中略)
       新しくオルタナティブで対極的な美的行為を思い描く上で極めて重要である」
      (hooks, 1989, p. 15)

ナミビアの辺境地やフィンランド北部、南オーストラリア州の極西地域、ロシアのコラ半島など、世界の周縁地域で実施しているこの縦断研究は、こうした周縁に住む人々によるソーシャルデザインのツールとしての創造性が持つ力を明らかにすることを目指しています。この研究には、例えば2016年から2020年までフィンランドのコネ財団の助成を受けたプロジェクト「Margin-to-Margin: Women Living on the Edges of the World」(Fig.1)や、2022年から2025年までラップランド大学(フィンランド)とアーツ・サウス・オーストラリアの助成を受けて実施中の「TRUST」プロジェクトなどがあります。後者は、グローバルノース(先進国)とグローバルサウス(発展途上国)双方の先住民の文化遺産をデジタル化するための持続可能な実践の促進に取り組むプロジェクトです。

関連する事例研究や写真、ブログ、動画などを以下の各リンク先で紹介しています。

https://margintomargin.com/

https://www.desisnetwork.org/2018/11/01/margin-to-margin-women-living-on-the-edges-of-the-world/

https://culture360.asef.org/news-events/exhibition-margin-to-margin-women-living-on-the-edges-of-the-world/

https://www.teachered-network.com/projects/trust/

https://research.ulapland.fi/en/projects/promoting-sustainable-practices-for-digitalizing-indigenous-cultu

Fig.1 南オーストラリア州の辺境やロシアのコラ半島など、「世界の端」にある辺鄙な地域であることに起因する疎外化など、周縁であるがゆえの様々な課題に取り組む手段としてアートを利用する試み。(撮影:Daria Akimenko、2016年)

2016年から探求している主要な研究テーマである「マージナリティ(周縁性)」は、権力と同様に、複雑性、流動性、遍在性の要素を持ち合わせています (hooks, 1989) 。周縁は、例えば異なる地域間での分断や「互いの位置を交換できない関係」の発生によって明らかになる場合があります(Chaudhury et al., 2000, p.138)。多くの場合、周縁は、例えば鉄道(hooks, 1990, p. 341)やコミュニティ間の道路など、富裕層とそうでない人々を隔てる目に見える分断線になっています。写真家ジョニー・ミラーによる航空写真は、南アフリカのケープタウンとジョージを結ぶN2高速道路に沿って富裕層と貧困層が分断されている様子を見事に捉えています(Taylor, 2016)。しかしながら、周縁は主観的に認識されるものでもあります。アイデンティティと同様の複雑な心理的プロセスに本質的に結び付いているのです。イギリスの文化理論学者Venn(2006, p. 79)はアイデンティティを、「人種、性別、階級、民族、セクシュアリティ、仕事や職業などのカテゴリー」に関する個人や集団間の関係的側面と定義しています。個人はこれらのカテゴリーのうち複数を同時に自己と同一視する場合もあれば、それぞれ異なる時点で同一視する場合もあり、また、その体験は内的な場合と外的な場合があります(Lawler, 2008)。

周縁化された人々によって提起される問題は、ポストコロニアル理論学者のChaudhury、Dāsa、Chakrabarti(2000, p. 139)によって明らかにされた通り、「代表され得ないもの」として「外部」に存在し、「吸収された声」を受け入れる力関係から生じるものです。カナダの教育者Duckworthが作成したインフォグラフィック「The Wheel of Power and Privilege(権力と特権の輪)」(2020)には、様々なアイデンティティのカテゴリーや、アフリカ系アメリカ人の社会活動家hooks(1989, p. 15)が「oppressive boundaries(抑圧的境界線)」と呼んだものが示されています。しかし、Duckworthの「インターセクショナリティ(交差性)」についてのインフォグラフィック(2020)の方が、おそらくカテゴリー間のダイナミックで流動的な関係性をより分かりやすく示しているでしょう。重要なのは、周縁化された人々がそのような境界線を打破しようとすることです(hooks, 1998; hooks 1990; Chaudhury et al., 2000)。したがって周縁化された人々が疎外されている状況は、依然として本質的な問題をはらんでいます。

ソーシャルデザインの文脈の中でアートベース・リサーチ(Leavy, 2018)や芸術的実践といった芸術的手法を利用することの意義は、ウェルビーイング(心身の健康と幸福)と前向きな変化を促進するツールを提供できることにあります。個々のストーリーやこれまでの人生を可視化することは、その人の置かれた状況に対する新たな理解を形成できる内省的なツールとなります(Sarantou et al., 2020)。このようなツールを用いることで、自身が直面する周縁性と折り合いをつけながら現実に対処することができるようになります(Sarantou et al., 2018)。個々の問題に向き合うストーリーテリングによって、自尊心が高まり、周縁化された人々の福利を支える「抵抗」への道が開かれます(Sarantou et al., 2018; Seppälä et al., 2019)。知識とアートが持つ変革の力は、スキルや才能を認識することを通じてセルフエンパワーメントや自己評価を可能にします(Sarantou et al., 2018; Seppälä et al., 2019; Leavy, 2018)。

ビジュアルアートもパフォーマティブアートも、そしてデジタルアートの表現も含め、アートが提供する豊富な手法の数々は、ソーシャルデザインにおいて強力な変革的ツールとして機能します。こうしたツールによって、研究者は周縁化された人々が遭遇するコミュニティや状況を発見し、共感的に理解することにつながります(Sarantou et al., 2018; Seppälä et al., 2019; Leavy, 2018)。ソーシャルデザインのプロセスにおいては、アートベースのアプローチと創造性を利用して、当事者と、他者や取り巻く環境との間でアイデンティティを探求することができます(Fig.2)。当事者の密接な領域に焦点を当てパーソナライズされたアート活動を行うことは、局所的な意義付けを促し、当事者が積極的に関与するためには重要です。こうして、内省と過去の振り返りが可能となります(Sarantou et al., 2020)。

Fig.2 アートベースのアプローチを利用したソーシャルデザインに関与する当事者の内的および外的「世界」のモデル。このモデルを使うことで、複雑なアイデンティティの問題によって境界線がぼやけてくる。(Sarantou et al.(2020)より引用)。

最近の取り組みとしては、2023年1月から3月に、ソーシャルデザインとアートベースのアプローチを利用してデジタルの周縁性を取り巻く問題を理解する目的で、南オーストラリア州極西部でセドゥナにあるアボリジニのコミュニティを対象に研究を実施しました(Fig.3)。デジタルへのアプローチは、先住民の人々がデジタル領域への参加を広げる新たな可能性を提供すると同時に、コミュニティにとって前向きな成果を生み出すものと認識されています。生きた文化遺産を取り扱うプロジェクトでは、参加する文化集団の考え方や権利を尊重することが極めて重要です。このプロジェクトにおけるソーシャルデザイン活動の目的の一つは、デジタル機器を活用して先住民コミュニティによる重要な交流を促進し、創作活動を通じて先住民コミュニティとその生きた文化遺産を可視化し、可聴化し、有形化するにはどうすればいいかを探ることでした。この研究で分かった重要なポイントの一つは、全てのコミュニティがそのような交流を欲しているわけではないものの、例えばアーティストは、個人的な利用の範囲を超えてコンテンツをシェアすることなく、デジタルな手段を利用できるということです。こうした研究成果から、活動の背景にある意図を利用者に対して明確にしながら、そうした意図や意味が誤解されないようにするという課題が浮き彫りになりました。

Fig.3 南オーストラリア州のアボリジニのアートセンター「アーツ・セドゥナ」で行われたワークショップ。セドゥナの先住民アーティストコミュニティから8名、アーツ・セドゥナの芸術職従事者2名、フィンランドのアーティスト兼研究者2名の参加者が、個人用デジタル機器を利用して創作活動とストーリーテリングを記録する方法を探った。(撮影: Amna Qureshi、2023年)

References

Chaudhury, A., Dāsa, D., & Chakrabarti, A. (2000). Margin of Margin: Profile of an Unrepentant Postcolonial Collaborator. Kolkata: Anushtup. https://ddmomtext.tripod.com/eng/mom.doc

Duckworth, S. (2020). Intersectionality [Infographic]. Flickr. https://flic.kr/p/2jy46K4. CC BY-NC-ND 2.0

Duckworth, S. (2020). Wheel of power/privilege [Infographic]. Flickr. https://flic.kr/p/2jWxeGG. CC BY-NC-ND 2.0

hooks, b. (1989). Choosing the Margin as a Space of Radical Openness. Framework: The Journal of Cinema and Media, (36), 15-23.

hooks, b. (1990). Marginality as a Site of Resistance. Out there: Marginalization and Contemporary Cultures, 4, 341-343.

Lawler, S. (2008). Identity: Sociological perspectives. Cambridge, UK: Polity Press.

Leavy, P.: Introduction to Arts-based Research. Handbook of Arts-based Research, 3-21 (2018).

Open Library (2020). Positionality and Intersectionality, Universal Design for Learning (UDL) for Inclusion, Diversity, Equity, and Accessibility (IDEA). https://ecampusontario.pressbooks.pub/universaldesign/chapter/positionality-intersectionality/

Sarantou, M., Akimenko, D., & Escudeiro, N. (2018). Margin to margin: Arts-based Research for Digital Outreach to Marginalised Communities. The Journal of Community Informatics, 14(1), 139–-159. https://doi.org/10.15353/joci.v14i1.3407

Sarantou, M., Kugapi, O., & Huhmarniemi, M. (2021). Context Mapping for Creative Tourism, Annals of Tourism Research, 86, 103064. https://doi.org/10.1016/j.annals.2020.103064

Seppälä, T., Sarantou, M., & Miettinen, S.: Arts-based Methods for Decolonising Participatory Research, Routledge (2021). https://doi.org/10.4324/9781003053408

Taylor, T. (2016). Photographer Johnny Miller Highlights Divide Between Cape Town's Rich and Poor with Aerial Photos, Newshttps://www.abc.net.au/news/2016-06-23/photographer-highlights-divide-cape-town-rich-and-poor-aerial/7535570

Venn, C. (2006). The Postcolonial Challenge: Towards Alternative Worlds. London: Sage.

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